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エピローグ:少女たちのお茶会

「それで、それで?」


 セシリーと向かい合って座っていたアンが、頬と眦を緩めながら、先を促した。

 学院の薔薇園の奥にある四阿で、ふたりはいつものようにお茶会を開いている。話題は専ら、休暇前のパーティを抜けだしたセシリーとルーファスについて。薔薇たちも、風にさやさやと揺られながら、普段とは異なりおしゃべりもせずに興味津々な様子でふたりを守っている。

 休暇があけ、新学期がはじまり。休暇中のあいだ、セシリーは婚約と卒業後の準備で忙しく、アンとも直接会って話すことができずにいた。手紙のやりとりはしていたけれども。アンは、新学期をうずうずとした気持ちで待ち、さっそくセシリーの口から経緯を聞き出していたのだった。


「それで、婚約は無事に認められたところよ」

「ふふふ、良かったわねえ」


 ふくふくと笑みを浮かべ、アンは祝いの言葉を送る。ふたりがお互いを見ながら擦れ違っているあいだ、ときおり口を挟みながら見守ってきたのだ。落ち着くところに落ち着いて、本当に良かったと心から思っていた。


「結婚は卒業したらすぐ、と思っていたんだけど、いろいろと落ち着いてからになりそうなの。結婚と後継者披露のパーティを開くから、招待したら来てくれる?」

「もちろん、伺わせてもらうわ」

「ありがとう」


 深い息をティカップに落として、セシリーは紅茶を口に含んだ。保温の術式を施してあるそれは、いつまでも湯気がゆらゆらと立っている。少し緊張をしていたらしく、紅茶のぬくもりが冷えた身体に染みわたり、先端をほぐしてゆく。

 元々、セシリーとルーファスの結婚は卒業後すぐを予定していた。しかし。この長期休暇のあいだに、アマベルの婚約のはなしが持ち上がったのだった。お忍びの体でやってきた、第二王子のウィリアムのことを思い出し、セシリーは心の裡で盛大なため息を溢した。大きな花束とともに煌めく空気を纏い、颯爽と現れたウィリアムはアマベルの前で膝を折り、求婚したのだった。そのときのアマベルの可愛らしさときたら、妹のセシリーでさえ初めて見たようにおもう。


(お姉さまが本当に幸せそうに笑っていて、婚約が破棄されて良かったと思ってしまうくらいだったのよね)


 まだ、内々に進められている話ではあるが、近々正式に婚約となり、発表されることになるだろう。そうなると次に問題になるのは、結婚の順番である。姉であるアマベルを退けて、妹のセシリーと結婚するルーファスが後継者として発表されることを踏まえ、アマベルの結婚を先に進めることとなったのであった。その調整と準備と、ルーファスを宥めるのに、休暇が殆ど潰れてしまった。この一か月のことをおもうと、幾度もため息を溢してしまいそうだった。いくら、子どものように駄々をこねるルーファスが可愛かったとしても!


「そういえば、アイリーンさまの話は聞いた?」

「ええ……聞いたわ」


 休暇前のパーティでのアイリーンの言動から薄々感じてはいたが、やはりレオンはアイリーンに自らの立ち位置をきちんと伝えていなかった。アマベルと婚約していたときに次期伯爵であると周囲に思われていたこともあり、アイリーンが一方的に勘違いしていたこと。それから、レオン自身が鈴蘭商会を自らの商会であると思い込んでいたこと。それらすべてが最悪の形で露呈したのだった。

 実際、レオンは鈴蘭商会に関係者として顔を出そうとし、問題を起こしていた。アマベルとルーファス、そしてウィリアムとも商会の建物の前で遭遇し、ひと悶着あったのだと、セシリーも後々聞かされていた。あのお忍びで街歩きをした日、ルーファスがひどく疲れた様子だった理由を察し、セシリーも疲労感に襲われてしまう。


 そのうえ、休暇のあいだ、レオンは度々タウンハウスを訪れ、アマベルとの婚約破棄をなかったことにしたいとか、アイリーンとの婚約の口添えをしてほしいとか、そういうことを繰り返し主張していったのだった。もう関係のないことだから、と何度説明しても納得することはなく、最終的にルーファスにより、レオンがタウンハウスのなかに潜り込めないような術式を展開させられ、無理矢理この一件を終わらせることになった。

 そうして。ふたりで手に手を取って逃げ出すことまで考えていたアイリーンに対し、折れたバーグ男爵がふたりの結婚を認めたことを切欠に、レイ伯爵も渋々それに頷き、ふたりの婚約が結ばれた。レオンが婿入りする形で。


「アイリーンさまは伯爵夫人に憧れていたのかと思っていたから、婚約することになったのは意外だったの」

「むしろ、レオンさまの方が男爵家に婿入りとなって商会で一から知識を詰め込まれて働かされているのが不本意みたい……。本当に大変だったのよ」


 休暇中に送りあった手紙のなかで、散々レオンに対する文句を聞いていたアンは、大変だったわねえと頷いて苦笑いを受かべることにとどめる。溜まった鬱憤は言いたいだけ言わせるに限る。


「失礼、お嬢さま方」


 冗談のような軽やかな声がふたりの会話の合間を縫って、紡がれた。表情を崩さないようにゆるやかに微笑みを浮かべ、視線を向ければ、ロイが穏やかな表情で立っていた。あの、エスコートの申し出をされた時以来、ロイには会っていなかった。休暇中にエスコートを受けられなかった謝罪の手紙を送ってはいたけれど。


「あら、ご機嫌よう。ロイさま。ご一緒なさる?」


 ひととき、どう声をかけるべきか悩んだセシリーの言動を汲み取り、アンが声をかける。セシリーに何か伝えたいことがあることは分かっていた。


「いえ、ありがとう。少しだけ、セシリー嬢とふたりで話をさせてもらえませんか」

「ええ、構いませんわ。アンはここに居て。ロイさま、薔薇を見に行きましょう」


 返事の代わりに、ロイから手が差し出される。その手を取って、セシリーは四阿から軽やかに一歩を踏み出した。アンが、ふたりの姿が薔薇の花弁のなかに溶けてゆくまで見送っていたのを、薔薇たちだけが見つめていた。


 アンの歩調に合わせ、ふたりはゆっくりとした足取りで薔薇園のなかを進んでゆく。言いたいことも尋ねたいことも、山のようにあった気がするのに、こうして二人きりになってみると、不思議と言葉が出てこない。先にふたりを包んでいた沈黙を破ったのは、セシリーの方だった。


「休暇前のパーティのエスコートのこと、勝手をしてしまって申し訳ありません」

「いいえ、セシリー嬢が謝ることでは……。どちらかといえば、ルーファスとウィルの方ですね」


 至極当然のように出されたふたりの名前に、セシリーは笑みを溢した。それは間違いのない事実であったので。ころころと笑うセシリーが顔を上げると、切実さを孕んだまなざしが落ちてきた。その空気に、セシリーはロイの口から、聞きたかったことを語ってもらえるのだと察し、わずかに背筋を伸ばした。


「聞いたかもしれませんが、私はウィルに頼まれて、あなたに近づきました。とは言え、ここでセシリー嬢を心配して声をかけたのも本当で、街歩きは楽しかった。エスコートをするようにウィルに言われましたが、元から申し出るつもりはあったんです」


 あなたの番犬に嚙みつかれてしまいましたが、とそれは口には出さず、ロイは心の裡で呟いた。一方的に優秀な魔術師として認識はしていたが、あの街歩きの日に真正面から向き合った彼は、鋭い牙を持つ獣のようにもおもえた。ウィリアムから聞いていた話と違う、とも。


「婚約の申し出を受けたとき、とても嬉しかった。わたしでも必要としてくれて、一緒に伯爵位を継いでくれる方が居るということが。ロイさまなら、穏やかに暮らしていけるとおもったの」


 パーティの日、ルーファスから気持ちを打ち明けられることがなければ、間違いなく、セシリーはロイの手を取っていた。何度考えても、そのように行動したと思っている。

 ロイは、彼自身の言葉を守り、楽しいひとときにならなかったからなのか、すべてを知っていたからなのか、セシリーに婚約を申し込むことはなかった。そのロイのやさしさに触れて、セシリーもまたきちんと話をしておきたいとおもったのだった。


「その話が聞けて、良かった。嫌でなければ、友人ではいていただけますか?」

「ええ、喜んで。あの街歩きのことも、ここで過ごす時間のことも、決して忘れない大切な思い出のひとつよ」


 薔薇たちの囁き声と華やかな香りに包まれて、ふたりはそのあとも静かな会話とともに庭を巡る。それは、四阿で本や授業のことを話していたときの空気によく似た、異なるなにかだった。


「四阿に戻りましょう」


 ロイの言葉に、セシリーは、少し身体が冷えてしまっていることに気がついた。ふいに、ルーファスのぬくもりが恋しくなる。

 おや、とロイが四阿の方に視線を向け、思わずといった様子で言葉を滑り落とした。視線を辿ると、四阿のなかでアンとルーファスがセシリーのことを待っていた。

 ふたりの姿に気が付いたルーファスが、仔犬のように駆け寄ってくると、ロイから取り戻すようにセシリーを引き寄せて、ショールを肩にかける。


「話は終わった?」


 ええ、とセシリーが頷いたのを確認し、ロイの方を一瞥する。その視線が、今回限りだと釘をさしているようでロイは苦笑を溢してしまう。


「申し訳ありませんが、セシリーは引き取らせていただきます」


 セシリーの腰に手を回し、ぐっと引き寄せるとそのまま転移の術式を展開する。咄嗟に目を瞑ったセシリーが瞼を開いたときにはルーファスの寮の部屋へと移動していた。

 ルーファス、と文句のひとつでも溢そうとしたセシリーの口は、ルーファスのそれで塞がれて。軽やかな音を立てて離れたときには、飛び出すはずの言葉も飲み込んでしまった後のこと。

 強くセシリーのことを抱きしめ、ルーファスは「ごめん、愛してる」と耳元で囁いて。セシリーはそれに応えるように、そっと唇を寄せた。


 ふたりのあいだには、熱を帯びた静けさだけが落ちていた。

本編はこちらで完結となります。後半が長く空いてしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

閉じていた感想欄も開けますので、「読んだよ!」と一言残していただけたら嬉しいです。気に入っていただけましたら、評価もよろしくお願いします。


この後は、誤字脱字などの修正と、不定期にロイやアマベルの話を番外編として書けたらいいなあと思っています。

(まだ一文字も書いていないので、本当に不定期だとおもいます。。)


本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 穏やかな物語で良かったです。
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