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3-2

 アマベルからは時折、鈴蘭商会の商品が届く。お茶や焼き菓子や、髪飾りや化粧品など種類も多く、セシリーはそれをひとりではとても使いこなせない。そういう時はアンをはじめとする友人たちを招いてお茶会を開くことにしていた。


「このお茶、飲みやすくて美味しいわ」

「苦みが強いものが苦手なので、お姉さまがあれこれブレンドしてくださるの」

「紅茶にはミルクを入れないと飲みにくくて、いつまでも子どものようだと思っていたけれど、これなら大丈夫ね」


 アンがあまりに嬉しそうに微笑むので、開封していない茶葉があるかを確認する。ミルクをたっぷり入れて薄めた紅茶は子どもの飲み物だと言われ、ほんものの紅茶を飲めるようになるのが幼い頃の憧れだった。セシリーは今でもミルクたっぷりの紅茶が好きだったけれど。


「お姉さまが喜ぶわ。のちほど、アン用の茶葉を渡すわね」

「ありがとう、嬉しいわ」


 茶葉やお菓子、それから化粧品の類はこうして友人たちの手に渡り、広まって利用者が増えれば良いと願っている。アマベル自身は、友人たちよりも彼女たちのメイドたちへそれらが渡ることで、商会の客が増えることを狙っているようだった。


「あら、このお菓子、ポム夫人のお店のものではなくて?」

 

 ポム夫人は隣国出身の貴族女性ではないかと囁かれている女性だった。貴族向けと平民向けのそれぞれの菓子店を出店し、時折、自らお店に立つというこの国の女性らしからぬ振る舞いで注目を集めていた。それと同時に、菓子自体もおいしいと評判で、セシリーも一度食べてみたいと思っていたのだった。その、平民向けのお店の菓子が、荷物のなかに紛れ、ひょっこりと顔を出していた。


「あら、わたしが以前にお土産におねだりしたお菓子だわ。外出されたのかしら?」

(また、ルーファスも一緒に?)


 ルーファスは忙しいらしく、講義にもあまり顔を出さず、学院内で会うことも殆どない。こういうことは時折あり、学院側も了承しているようだった。なにをしているのかはセシリーも詳しく教えてもらえず、ただ、どうも面倒な術式の構築をしているらしいことだけは知っていた。今回もそういうことなのだろう。その合間を縫って、アマベルと出かけているのなら、それは喜ばしいことのように思えた。


(でも、なにも聞かされていないのは、すこし寂しい)


 思ってみれば、すこしどころではなく、とても寂しい気がした。ひとりだけ輪から外されてしまったような疎外感がある。それが、自ら望んだ結果だったとしても、寂しいと思う気持ちは拭えなかった。


「アマベルさまも、お忍びで外出されることがあるのね」

「お姉さまは、好きなことに対しては真っ直ぐだもの」


 そう口では応えながらも、セシリーはぼんやりとアマベルとルーファスのことを考えていた。



「セシリー、大丈夫?」


 お茶会が終わり、茶葉を渡すために残ってもらったアンが心配そうにセシリーの顔を覗きこんでくる。大丈夫、とはとても言いがたかった。


「ね、アン。お願いがあるの。今度、一緒に街に出かけてほしいの」

「街へ? なぜ?」

「……お姉さまとルーファスが外出している様子を見に行こうと思って」

「冗談ではないのよね?」


 もちろんよ、セシリーは大きく頷いてみせた。冗談なんかでは、とても言えない。ただ、本当に二人が外出しているのか、二人の様子を見てみようと思ったのだった。胸は痛いけれど、セシリーにとっては必要なことだと信じて。


「お姉さまに、次の予定を聞いてみるわ。ね、だからお願い」

「でも、どうやって?」

「なにか、理由を考えてみるわ」


 婚約の顔合わせなどもあって、セシリーはよく外出許可を得るようになっていた。そのうちの一度くらい、誤魔化すことができるはずだ。おそらく。

 わかったわ、とアンは呆れたように頷いた。


「一度だけ、付き合ってあげる。でもそれだけよ。ただ、そうね……あなたたち、もう少し話し合ったほうが良いと思うのだけれど」

「あなたたち?」

「セシリーとルーファスよ」


 その物言いに、セシリーは駄々をこねる子どものような表情を浮かべる。


「だって、ルーファスが居ないのだもの」


 それでも、一度よく考えてみてね、と言い置いて、アンは部屋へと戻っていった。セシリーだって、言われなくてもよくよく考えたことだった。


(もう、ずっと二人のことを見てきたんだもの。考えた結果よ、これは)


 ただ、そう、ルーファスと話し合った方が良いという助言だけは聞いても良いかもしれないと、思ったのだった。ルーファスと会うことができれば。




 アマベルに次の外出予定を聞いた手紙の返信は、すこし時間を置いて届けられた。手紙はルーファスが良く使う、小鳥の影によって運ばれてきた。ルーファス本人からの連絡は小鳥が彼の声で囀るが、頼まれた時はただ手紙を咥えてくるだけのようだった。どうやら、ルーファスはタウンハウスに居るらしい、ということを察して、セシリーはため息を吐く。セシリーの方から尋ねなければ、連絡ひとつ無いのだった。


 その手紙を携えて、セシリーはアンと薔薇園の四阿で向かいあっていた。四阿にクッションやらやわらかい敷き布やらを持ち込んで。外が肌寒くなってきたので、ついでに空気を温める魔術を使っておくことにした。

 アンは魔力が少なく、すぐに魔力切れを起こすため、日々の生活のなかで必要なときにしか魔術を使うことはない。こういうちょっとした魔術はセシリーの役目だった。ゆっくりと慎重に術式に魔力を籠めることを忘れない。


「来週の週末に、またお姉さまがお出かけされるのですって。また、お土産をお願いするから、一緒にそのお店に行ってほしいの」


 お願い、とセシリーは胸の前で手を合わせ、アンを見つめた。子どものお強請りのような潤んだ瞳に見つめられ、アンも言葉を詰まらせる。それから、手元のティカップを持ち上げ、紅茶に口を付けた。心を静めるように瞼を閉じていたアンが、淡々と言葉を紡いだ。


「でも、誰が一緒かは分からないのでしょう?」

「きっと、ルーファスが一緒だわ。ね、二人が一緒に居るところを見てみたいの」


 呆れたように吐息を溢しながら、アンは頬に手を当てた。膨らみを持つやわらかな白い頬が掌から零れる。


「でも学院を出る理由はどうするの?」

「アンのお家に遊びに行けないかしら」


 アンはひどく真面目な面持ちで、向かいからセシリーの隣に席を移した。爽やかなラベンダーの香りがセシリーの鼻を擽る。アンの纏う香りはいつも心地が良い。隣に居ると落ち着くことができた。

 アンは胸の前で組まれていたセシリーの手を取った。


「本当に、そうすることが良いと思っているのね?」

「ほんとうよ」

「秘密の相談ですか?」


 二人の背後から投げられた聞き馴染みのある声に、慌てていることを悟られないようにゆっくりと振り返り、セシリーは微笑んでみせた。ふたりを見ていたのはロイだった。

 ロイさま、と思わず呼んだ声に、彼はふわりと微笑み返す。それから、ふたりに近寄ってくる。動きがしなやかで綺麗だと、セシリーはぼんやり思った。


 ロイとアンがお互い名乗り、一通りの挨拶をすませると、ロイはふたたび、「秘密のお茶会?」と尋ねた。秘密の話であることは確かなので、セシリーが口籠もると、アンが呆れたように口を開いた。


「セシリーのお姉さまが、お忍びでお出かけするところをこっそり観察したいんですって」

「お姉さま、というと……」


 後に続くのは、卒業時に婚約破棄された、とかそのようなところだと察し、セシリーはひとつ頷いた。


「タウンハウスでは元気な様子を見せているのですが、外でもそうなのか見てみたいそうなのです」


 ああ、なるほど、とロイは納得するように相づちを打った。こっそり様子を伺うという、穏やかでない物言いに警戒していたようだった。


「お姉さま想いなのですね。行き先は分かっているのですか?」


 ロイは空いていたふたりの向かいに腰を下ろすと、今度はセシリーに尋ねた。


「姉にお土産を頼むのでそのお店の周辺に居れば間違いないかと」


 それを聞いたロイは、幾度か繰り返し頷いて。しばし思案したのち、そうですねと口を開く。


「それなら、マダム・ポムのお店のお菓子をお願いしてください」

「ポム夫人の?」

「ええ、彼女の平民向けの店の近くに知り合いの店があります。そこで待ってはいかがでしょう」

「協力していただけると言うことですか?」


 驚きとともに問いかければ、私で良ければ、とロイが軽やかな口調で告げる。その言葉を、セシリーは胸に抱き寄せた。少女のやわらかな表情を見つめながら、ロイはひとつ、とひとさし指を立てて見せた。


「ひとつ、条件があります。私もお伴させてください。女性ふたりでは心配ですし、私が居れば自由に動ける範囲が広がりますよ」


 婚約者でもない男女がふたりきり、というわけでもないことを思えば、誤解を招くことも減る。どちらかの婚約者候補と思われるかもしれないが、候補はあくまで候補に過ぎない。なにもなければその後の話はなかったのだと察してくれるだろう。幸か不幸か、セシリーにもアンにも、婚約者は居ない。その申し出はセシリーにとってもアンにとっても、甘い誘惑に思えた。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 頭を下げたセシリーの長い髪がするりと落ちて揺れる。ロイはこちらこそ、と微笑んだ。


平日の投稿時間を20時にしているのですが、試しに早い時間にしてみようかなとも思っています。(アクセス解析って眺めるのが楽しいですね…!)

急に時間が変わることがあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

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