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しょーたいむ!  作者: 直帰
1/4

部費がない!

 放課後。

 授業後の生徒たちの遊び時間と言っても過言では無いだろう。

 ここ、県立波木高校では、午後四時過ぎからがその時間に当たる。

 一目散に帰宅する人もいれば、友達と待ち合わせて近くの娯楽施設に遊びに向かう人もいる。だが、この高校で一番多いのは、部活動に向かう人だ。


 大天広夢(おおぞらひろむ)もその一人である。

 のんびりと荷物をカバンに纏め、静かに教室を出た。

 広夢がゆっくりやって来たのは、図書室や調理室などが並ぶ特別棟の一階、その一番奥。

 出入り口近くには、「第二化学室」と書かれた室名札が取り付けられている。

 ここが、彼の所属する部活の部室である。


 後ろのドアをゆっくり開けて入室する。普通の教室よりいくらか広い部室内には、すでに二人の部員がいた。二人はまだ、広夢が入室した事に気付いていないようだ。広夢は、

「おつかれー...」

 と、控えめに挨拶をする。

 返事はなかった。

 代わりに、声量の多い会話が耳に突き刺さってきた。


「だーかーらー!わたしは人体切断がいいと思うの!」

「何を言われても、私がやりたいのは瞬間移動よ。譲れないわ」


 会話の主は二人の女子部員。

 机を挟んで向かい合い、椅子に座ったまま話している。というか、言い争いをしている。


 会話の内容を把握した広夢は、この会話に関わらん方がいいな、と悟った。一瞬帰ろうかと考え、それも癪だと思い直す。

 ひとまず、可能な限り気配を殺し、手近な椅子に腰掛ける。言い争いが終わるまで静観しようという魂胆だ。

 が、如何に化学室が広いとはいえ、所詮は教室の括りの中での話である。

 当然、見つかるまでは時間の問題だった。


「「いいところに来たわ!」」


 二人の視線がバッと向けられる。広夢は小さく、

「......うへぇ」

 と声を漏らした。

 経験上、こういう時にロクなことがない事を、広夢はよく知っている。


「「どっちのマジックがいい?」」


「ちなみに、選んだらどうなる?」

 息のあった二人の声に、広夢は念のためにと問い返す。もっとも、答えに予想はついているのだが。

「そのマジックの用品を買う!」

 予想と一言一句違わぬ答えを聞き、広夢は小さなため息を吐く。


 買う、という事は、必要になるのは部費だろう。

 そう考え、広夢ははっきりと言い切った。

「買うのは認めん。絶対に、だ」

「えー!なんでよー!」

 上がる叫び。彼女はそのまま広夢を睨むように見やる。

 束の間の静寂。

 この間に広夢は、やっぱり帰るべきだったか、と少し後悔した。

 どう答えるか考えていると、ドアが開く音がした。


「......おや、終わったかい?」


 一人の男子生徒が、三人を見ながら、悠々と入ってきた。

 もちろん、彼も部員だ。


「お前な、聞いてたなら最初から入って加勢してくれないか?」

「僕はいなくても解決できるじゃないか」

「いや、まあそれはそうだが......」

「それに僕は面倒事には巻き込まれたく無いからね」

「お前な......」

 広夢は、呆れたようにため息を吐いた。

「広夢、ため息ばっか吐いてると幸せ逃げちゃうよ?」

 さっきまで叫んでた女子部員が、広夢に告げる。広夢は、いったい誰のせいだ、と言いかけたが、すんでの所で飲み込んだ。



 さて、以上で部員は揃った。


 大天広夢(おおぞらひろむ)

 この部活の部長である。

 ご覧の通り、部活内ではいつも振り回されている。明るい茶色の髪は、少し癖毛気味である。


 月沢(つきさわ)弓美(ゆみ)

 先程、人体切断マジックを推していた方の女子部員。

 いつも明るく元気。納得するまで意見はなかなか曲げないので、だいたい誰かと衝突する。

 長い髪をポニーテールに結っている。


 三倉穂月(みくらほづき)

 先程、瞬間移動マジックを押していた方の女子部員。

 物静かだが、押しは強い。しかも飽きっぽい。それはもう、どんなに推していても1ヶ月以内には飽きるぐらいだ。

 透き通るような髪を、ミディアム程度に伸ばしている。


 名代幸樹(なしろこうき)

 飄々としており、目立ちたがり屋。

 様々な事に首を突っ込む。そのくせ発生した厄介ごとからは積極的に逃げる、この部のトラブルメーカーである。

 男子にしては長い髪の下で、今日もその目は怪しく笑っている。


 以上四人が、部員である。

 ちなみに、全員一年生である。

 マジック・手品を研究する部──略して、マジック研究部。

 それが、四人の所属する部活だ。


「で、なんで買えないんだい?」

 幸樹は、広夢を見つめ、薄く笑いながら問う。

 その言葉を聞き、弓美がハッとする。対照的に、広夢の顔が固まる。

「そうよ、なんでダメなのよ!?」

 思い出したように、弓美が言う。

「部費がもう尽きてるんだよ」

 広夢は、ため息まじりに答えるのだった。


 マジック研究部は今、一つの問題に直面している。

 それは、部室の有無でも、活動不足でも、部員不足でもない。もっとも、四人で部員が十分とは言い辛いが、今はさして問題ではない。

 目下最大の問題、それは資金不足。それもかなり深刻な。


「なんで部費がもう尽きてるのよ!?」

 弓美の疑問も無理はない。

 何故なら、今はまだ九月。夏休みが明けて一ヶ月も経っていないのだ。なんなら、今年度はまだ半分もある。普通は、部費が使い切られている時期ではない。

 心当たりがないのだろう。穂月と幸樹も、弓美に同調するように頷く。

 しかし、広夢からすれば、ここで全員が頷く事が既に大問題である。


「......そんなに知りたいか?なら教えてやるよ」

 広夢は、幸樹に視線を向ける。

「どこかの誰かが、勝手にいろいろ買い込んだせいだ」

 それを聞き、三人は、いかにも自分ではないという風な顔をした。

「幸樹、お前だぞ」

「僕かい?心外だね」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはこう言う顔を指すのだろう。広夢はそんな事を思いつつ、また、ため息を吐いた。

 広夢の言葉を聞き、弓美と穂月が幸樹に目を向ける。

 三人から視線を浴びた幸樹は、ふむ、と顎に手をあて考える素振りを見せた。それから、

「じゃあ僕はこれで。家でUFOを整備しないといけないからね」

 と言い、カバンを手に立ち上がった。

「えっ、UFO!?」

「いるわけねーだろ、もうちょっとマシな嘘をつけ!」

 驚いた声をあげる弓美。それに覆い被せるように、広夢がツッコミを入れた。

 幸樹は、やれやれと言うように手を振り、

「君はもっと夢を見なよ」

 と言い、再び席についた。

 そんな幸樹に、弓美は寂しそうに尋ねる。

「UFO、ないの...?」

「うん。無いね」

 しかし幸樹はそれをばっさりと切り捨て、微笑んだ。

「いや、ショック受けるなよ.....」

 背後に「ガーン」という文字が見えそうな様子の弓美に、広夢は呆れたような声をかけた。



 数分後。

「とにかく、無いものは無いんだよ」

 広夢は改めて、弓美と穂月に言う。その横で幸樹は、実に気まずそうに目を逸らした。

 不満そうな弓美の前に、広夢は紙を差し出した。


「これは?」

 弓美の横から穂月も覗き込む。

 そこには、様々な商品名と、一部のものには使用用途も書かれていた。

「幸樹が買った物リスト。幸樹(そいつ)はそれだけの物を買い込んだ。それも俺たちに言わずにな」

 幸樹に、女子から非難の目が注がれる。


「僕は無駄のある買い物はしてないんだけどね」

 三人から目を逸らしつつ、幸樹は言い訳をする。それを聞き、女子は改めてリストを見た。

 なるほど、確かに部費の残額は0になっている。無計画に買い物をすれば起こらないだろうし、限られた資金のやりくり、という意味では、無駄のない上手い買い物と言えるだろう。

 買った物が必要な物であればだが。


「買い物そのものが無駄なんだが?」

「フフ、ごめんね」

「だいたいお前、部費を勝手に使うのは人としてだな......」

 広夢が説教を始め、幸樹はそれを薄く笑みを浮かべながら聞き流す。


 その頃二人の後ろでは、弓美と穂月が相談をしていた。

「──つまり、部費は生徒会が配ってるのね?」

「だいたいそういうことよ。

 つまり、生徒会を懐柔できれば」

「部費が増える可能性はあるんだね!」

 二人は顔を見合わせ、深く頷いた。


「わたし、ちょっと生徒会とお話してくる!」

 弓美はそう言うが否や、第二化学室を飛び出し、走り出して行った。

「あっ、おい待てバカ!」

 広夢も慌ててそれを追い、教室を後にした。


「健闘を祈るわ」

「任せたよ、月沢さん」

 幸樹と穂月は、弓美に全ての望みを託すことにした。

 二人からの期待を背に走る弓美。しかし彼女は、ノープランで生徒会室へ向かっているのだった。



 生徒会室。

 休日以外の放課後は、生徒会のメンバーが、全員ではないが集まっている。

 特に、会長と副会長は、放課後になると必ずと言っていいほど滞在している。

 今日も例に漏れず、会長と副会長の二人が静かに作業をしていた。

 二人とも物静かなため、生徒会室は落ち着いた雰囲気が漂っている。

 そんな生徒会室のドアが強くノックされた。

 会長が「どうぞ」と言い切るよりも先に、ドアは一気に開かれた。ノックの主は勢いよく入室し、これまた勢いよく言った。


「部費の増額を要求しますっ!」


 その言葉に、一歩遅れてやって来た広夢は、

「開口一番がそれかよバカ......!」

 と呟き、頭を抱えた。


 そんな二人を見て、会長も副会長も、キョトンとする他なかった。



「さて、どういうことなのか、改めて聞かせてもらおうかな?」

 広夢と弓美は、席に通され、会長達二人と対面していた。

 二人の正面で問いかける生徒会長の清川(きよかわ)めぐみは、あんな押しかけ方をした弓美にも態度を変えず、落ち着いた雰囲気で座っている。彼女と面識の少ない広夢は、その雰囲気に少し気圧されていた。品行方正が服を着て歩いているとまで言われる彼女の様子に、ごくりと唾を飲む。

 そんな様子を察し、副会長の山波成一(やまなみまさかず)は二人に微笑みかける。そして、

「まあ正当な理由があれば認められることもあるからね」

 と言い、眼鏡をクイっと掛け直した。


「部費が足りな」

「ああ、俺が説明します」

 広夢は弓美の言葉を遮った。

「ちょっと、何割り込んでんのよ!?」

「弓美、お前どうせ『部費が足りないから』みたいな雑な説明する気だっただろ」

「えっ、なんでわかったの!?」

「マジでいう気だったのかよバカ......」

 広夢は咳払いをし、説明を始めた。......もちろん、部員が勝手に使ったという点だけは隠した。


「.......っていう感じなんですけど、部費を増やしてもらうことって可能ですかね?」

「ふむ」

 説明を聞き終わり、めぐみはお茶を少し飲んだ。

 そして言った。


「却下だ」


 当然であった。

 この展開を予想していた広夢は、特になんの引け目もなく、

「ですよね。ありがとうございました」

 と言い、立ち上がった。

 弓美の方を振り返り、

「ほら、行くぞ」

 と促す。


 しかし。

「納得しきれません!」

 弓美は、無謀にもまためぐみに食ってかかった。

 広夢は「このバカ......」と小声で呟く。

 当然と言えば当然だが、納得していないのは弓美だけでは無い。生徒会側にも疑問はあるのだ。

「では聞くが、どう使えばこの時期に部費を完璧に使い切れるんだ?」

 成一の問いに、広夢はサッと目を逸らした。


「部員が勝手に買い物をしました!」


 堂々と答える弓美。

 何故堂々と言ったのか、とか、もっと言い訳してもいいだろ、とか、思うことは多くあったが、広夢はすんでのところで飲み込んだ。

 この答えを聞き、成一と広夢は呆れた顔をした。

 めぐみは動じる事なく、

「完全にそちらの不注意ではないか。

 特別扱いして部費を増額する理由にはならんな」

 と言った。

 まさに正論である。

 弓美は「うぐぅ!」といった声を漏らし、たじろいだ。


「だがまあ、部費を手に入れる手段もないわけでは無い」

 めぐみがこう言い足すと、弓美の表情に希望が戻った。

「その方法は何ですか!?」

 勢いよく問う弓美に、めぐみは静かに言い渡す。

「来月にある文化祭。そこでお金を稼ぐ事は認められている」

 それは、部費不足に陥った部活への救済措置。

 もちろんだが、稼ぐことは容易では無い。

 客にお金を払ってもいいと思わせるのは、当然だが難しいのだ。広夢はそれがわかっていたし、やる気もなかったので提案しなかった。

 だが、弓美は違う。

 稼いでいいという事を単に知らなかっただけ。そして、自分の出来ることが理解しきれていなかった。


「じゃあマジック研究部は、文化祭でお金を稼ぎます!」


 だから彼女は、声高く宣言した。


「待て弓美。どうやって稼ぐ気だ?」

「当たり前でしょ?手品を有料で見せるのよ」

「バカ、俺達レベルの手品の腕前で金取ったら苦情が来るぞ!」


 小声で言い合う二人に、めぐみは言った。


「決まりだな。マジック研究部は文化祭に企画参加。そういう事ならこの書類を書いて期日中に提出するといい。

 必要分のお金が稼げる事を祈っているよ」


 かくして、マジック研究部の忙しく騒がしい日々が幕を開けたのであった。

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