第7話:天狗との修行
地面がグラグラと揺れたかと思うと次の瞬間、朱春を囲むように鋼の壁がはえてきた。一気に大きくなっていくその壁は際限なく大きくなっていった。朱春が成長を止めようと壁が止まることをイメージすると、その壁も大きくなるのをやめた。
――勝った
朱春がそう確信した瞬間、右側の壁を突き破って白い風の塊が入ってきた。朱春の体はいつも通り吹き飛ばされる。
「はっ!!!! …………くそっ、だめか」
『いや、今までで一番良かったぞ。忘れないうちにもう一度だ』
そうしてその日は初めてただやられるだけではなく何かしらはすることが出来た。夢の中ではあったが憧れの魔道士のようなことが出来て朱春は少し嬉しかった。
しかしそんなウキウキとした気分も学校に行けばすぐに萎んでしまう。
「よう扇風機~、ちょっとは強い風が出せるようになったか?」
「…………」
「うっわ無視かよ。チッ、なんでこんな雑魚と同じ学校なんだよ。マジで最悪だわ」
朱春が教室に入るなり先に教室にいた少年達がそう言って集まってくる。
「お前マジで学校くんなよ」
「お前がいると俺たちの力まで弱くなっちまうよ」
「それなギャッハッハ」
(…………そんなこと有るわけ無いだろ馬鹿が)
「……なんだよその目は、おい、なんか言えよ」
そう言って少年の内一人が朱春の肩を殴ってきた。それを皮切りに他の少年達が【血統】の力を解放し始める。ある少年の体は赤くなり、ある少年の目は真っ黒になる。すると突然頭の中に声が響いてきた。
『おい小童、どうして何も言いかえさない? 悔しくないのか?』
(悔しいよ! 悔しいけど僕の力じゃ――)
『やれやれ、どうやらおぬしはその根性からたたき治さんといかんようじゃな』
(…………)
家に帰るとまたすぐに特訓が始まった。いつもより厳しいような感じがした。そしてそんな生活が続いて2週間後、天狗が夢の中での特訓中におかしな事を言い始めた。
「よし、これでもう基礎は問題ないだろう。これからはお前の防御法に制限をつける。風の力だけで防いでみろ」
「どういうこと?」
「そのままじゃ、今まで土やら水やら色々と使っておったがな、おぬしには風を操る才能がある。我を宿して居るんだからな。だから今後は風以外の力を使うことを禁ずる」
「けど風ってイメージつきづらいからどうやって防御に使えばいいのか――」
「そんなもん自分で考えろ。いくぞ!」
そうしてまた特訓の日々が始まった。吹き飛ばされる度にどうすればいいのか考え続けた。暴風で周りを囲んでみたり、風を圧縮してみたり、兎に角思いついた端から何でも試した。
そうして一月が過ぎた頃
「ふむ、おぬしの力もある程度マシになってきたな。そろそろ技を教えてやってもいい頃かもしれん」
「あの…………」
「なんじゃ」
「今までずっと夢の中で色々とやってきましたけど、全く成長してる感じがしないんですけど…………」
「まあおぬしの成長など微々たる物じゃ、体感できるまでになるにはもうしばらくかかるじゃろうな」
「なるほど」
「それから一つ教えてやる。夢の中とおぬしが呼んでいる世界は元々『幽世』と呼ばれていた世界の名残じゃ。こっちの世界での出来事はそっちの世界にだって影響を及ぼす。現におぬしの力はまえよりマシになって居るはずじゃ」
「う~ん」
「まあ良い、今日は学び舎をサッサと出るんじゃぞ」
「はい」
朱春が教室に入るといつもの様にみんながジロリと睨んでくる。しかしもう気にならなかった。そんな事を気に出来るような元気は夢の中で使い果たしてしまっているのだ。
だがそんなことは同じクラスの少年達には関係ない。
「おい、扇風機。今日の昼ご飯何持ってきたんだよ?」
「…………」
「おい! なに無視してんだ!!」
朱春はもう諦めていた。別に少し痛いだけだ。我慢してればそのうち終わる。何か言ったってどうせ殴られるんだ。そう思ってただ耐えるようになっていた。
(あ、夢の中で使ってる風の力って現実でも使えたりしないかな?)
夢の中でも常に起きているような状態を続けたせいで頭が疲れてしまっていたのだろう。普段の朱春なら考えもしないようなことが思いついてしまった。
(よし、やってみるか)
朱春はいつも夢の中でやっているように、拳を振り上げている少年に固めた風を勢いよくぶつけてみた。
――キュイィィィン、チュドォン!!!
「…………お、出来た」
(我が少し手伝ってやったからの)
「あ、なるほど。ありがとう」
朱春の呑気な声とは裏腹に、目の前にはもの凄い光景が広がっていた。朱春に拳を振り上げていた少年は教室の端まで吹っ飛び、周りにいた取り巻きもみんなその場に倒れてしまっている。
「……え? 天王、くん?」
いつも庇ってくれていた星名さんが心配そうな、それと同時に怖がっているような目でこちらを見ている。
突然自分がやってしまったことの重大さに気がつく。サーッと血の気が引いていくような感覚がして、頭が真っ白になる。誰かが教室から走って行ったのを横目に、朱春は立ち上がると教室を出た。倒れている少年の頭からは赤黒い液体が流れ出ていた。