第5話:宿した妖魔
「…………取り敢えず対話するか。って言ってもどうすればいいんだろう?」
朱春はしばらく考えたが結局よく分からなかったので、取り敢えず呼びかけてみることにした。
(あ、あの、もし僕に宿ってる妖魔の方がいらっしゃいましたら応答していただけませんかね?)
そう心の中で唱えてみた。しかしこれに何かが反応するとは全くこれっぽっちも思っていなかった。
『…………なんだ今更、なんの用だ?』
(ぴょ!!!?????!!!????)
突然低く轟くような声が頭の中に響いてきた。驚きのあまりかるくチビってしまった。13才にとって小便をチビってしまうことなどほとんど自殺レベルの恥なのに、そんな事が気にならないほど朱春は驚いた。
(ど、ドッドドドどちら様でしょうか!)
『……我の名は赤嶺山天蒼坊』
(ぼ、ぼくの、僕に宿ってるんですか?)
『…………不本意ながら、その通りだ』
(…………不本意ながら?)
『ああそうだ! 誰が好き好んで貴様のような軟弱で弱々し男に宿りたいと思う! そんな物好きいるはず無いだろう!!』
(じゃあなんで僕に宿ってるんですか、嫌なら出て行けばいいのに)
別に好きで軟弱で弱々しいわけじゃないのに!と思って少しむっと言いながらそう言うと、それを何十倍も上回る剣幕で怒鳴られた。
『それが!! 出来たら!! とっくの!! 昔に!! やっとるわ!!!!』
(…………なんかすいません)
『わかればいい、それでなんの用だ?』
(……え~っと、用はないっていうかなんていうか)
朱春は本をめくりながらそう言った。するとなんとか坊と名乗った男は再び凄い剣幕で怒鳴り始めた。
『用がないのに何故呼んだ! 用が出来てから呼べ!』
(あ! 今できました!)
どうして呼びかけたのかを思い出した朱春はそう言ったが、ここからが問題だった。
『早く言え、こっちだって暇じゃないんだ』
(……はいはい言います!)
『おう』
(え~っと、…………僕と仲良くして下さい)
『…………ん?』
まあそりゃそうだろう、突然呼び出されて何かと思ったら仲良くしてくれと、そんなことを言われたら誰だって戸惑うしかない。しかし朱春としては大真面目だった。自分の妖魔に認めてもらうことが魔道の力を強化するための第一歩だと書いてあるのだから。
(最悪仲良くしてくれなくてもいいんですけど、僕のことを認めて下さい!)
『…………何を言ってるんだお前は?』
(どうしたら僕のことを認めてくれますか?)
『本当に何を言ってるんだお前』
段々と低い声になっているのにも気がつかず朱春は続ける。
(僕は強くなりたいんです! そのためにはあなたに認めてもらわないといけない! だから僕のことを認めて下さい!)
『だから何を言ってるんだ! 認めるって何を――』
(認めて下さい!)
『…………どうやらお前には話が通じんようだから、もう二度と話しかけてくるな』
(え、困ります! ちょ、ちょっとほんとに無視ですか! 反応して下さい! すいませんちゃんと説明しますから!)
『…………』
(僕の出来ることなら大体何でもしますから)
『……それは本当か?』
(ほ、本当です)
『……まあそれなら話だけ聞いてやる』
(あ、ありがとうございます!)
そう言って朱春は説明を始めた。妖魔はそれを黙って聞いていた。そして朱春の話が終わると静かに話し出した。
『お前が力を欲していることはわかった。そして我がその期になればお前に力を貸してやることも出来る。そのために自分を認めて欲しい、認めてもらうためならなんだってやるというお前の気持ちも理解した。しかしその上で一つ気に食わんことがある』
(…………なんですか?)
『なぜお前は自分の力で強くなろうとしない?』
(…………え?)
『我がお前に力を貸してやるのは簡単だ。しかしそりゃお前が強くなったとは言えん。お前が強くなりたいのだろう? なぜ自分以外を頼るのだ? 自らを鍛えに鍛えて限界を超えて初めて、生き物というのは、人間というのは成長するのではないのか? それをお前は、お前のやろうとしていることはただの如何様じゃあないか』
(…………)
その通りだと思った。いつの間にか何かを間違えてしまっていた事だけがハッキリと理解できた。朱春がそのまま落ち込んでいると、頭の中に声が響いた。
『我は今でこそある程度強くなったが、強くなるために尋常ならざる努力をした。寝る間も惜しんで学び、寸暇を惜しんで心身を鍛えた。お前もそうしろ。鍛え方なら教えてやる。最近はすることもなくて暇だからな』
(…………さっき忙しいって)
『えぇいうるさい! どっちなんだ! おしえて欲しいのか、そうでないのか!』
(教えて欲しいです!)
『よし! それじゃあ今から基礎を教えてやる』
こうしてここに妖魔と人間の師弟関係が始まった。そしてこれは世界最強の魔道士が誕生した瞬間であった。