第2話:帰り道
『キーン・コーン・カーン・コーン』
終業のチャイムと同時にそれまで静かだった学校は異様なほどの熱気に包まれる。
我先にと校門へ駆ける者、体育館へと向かう者、校庭へと走って行く者、教室に残る者、それぞれがそれぞれの放課後を過ごすために、学校は放課後特有の独特な空気感に包まれていた。
しかしそんな空気は一切気にかけず、ただ校門へと向かってのんびりと歩く少年がいた。少年は分厚い本を夢中で読みふけりながら歩いている。そのすぐ傍の校庭では、中学生にしてはかなり大きな少年達が二人一組で向き合っていた。何かの部活動だろうか? すると次の瞬間、少年達の体が突然大きくなった。ある少年の額からは角が生え、ある少年には4本の筋骨隆々の腕が、またある少年の背中からは羽が生えていた。少年達は変身が終わるともの凄い勢いでぶつかり合い、トラック同士が衝突したかのような鈍い音が辺りには響いていた。
先ほどまで周りになんの興味も示さなかった少年は、どこか羨ましそうな、そして恨めしそうな目でそれを見ていた。しばらくすると少年の目は再び本に戻り、校門へと歩き始めた。
校門を出るとそこには一般的な道が広がっていて、少年は歩きなれたその道を家に向かって歩き出す。しばらく歩くと道は少し狭くなり、入り組んだような道になってきた。しかしここでも少年の目は本から離れることはなく、ひたすら道路の端を歩くだけだった。
そんな風に歩くこと10分、少年は何かに気がついたように目を上げた。目の前は行き止まりでそこには薄暗い店があった。看板には『ウォズドフ古書』とかいてある。辺りの風景になじむような木造建築ではあったが、どこか不自然な建築だった。
普通の人間ならこんな怪しい本屋、ないし古書店には入らないだろう。しかしこの少年は普通ではなかった。端的に一言でこの少年を表すのならば魔道オタク、この一言で事足りてしまうほどに、少年はオタクだったのである。
そんなわけで少年は、恐る恐るその古書店の引き戸を開けてしまう。
『ガッ、ガラガラガラ』
立て付けの悪い引き戸をゆっくりと開けて中の様子を確認してみたが、中には所狭しと本が並んでいるだけだった。そんな様子で中の本を眺めていると、一冊の本が目にとまった。本の背表紙には大きな金の文字で『魔道大全』と書いてある。引き寄せられるように少年は中に入っていってしまい、そしてその本に手を伸ばした。しかし少年の手は本の僅か数センチ手前で一瞬止まった。
少年は迷っていたのだ。魔道の力の中には本にその魂を閉じ込め、後生の者に取り憑くことの出来るようなモノもあるらしい。もしかしたらこれもそうなのではないか、こんなに怪しい雰囲気の店なのだから可能性はゼロではないかもしれないと、少年の理性が好奇心をギリギリのところで制御したのだった。
「いらっしゃい」
そのままの体勢で少年が迷っていると、突然低めの声が聞こえてきた。驚いた少年が凄い勢いで声のした方を振り向くと、そこには前掛けをした背の高い男の人が立っていた。
少年がじっとその男の方を見ていると、男は毛ばたきで本棚を掃除し始めた。かと思うと無愛想な声で呟いた。
「危険な本はないから好きに広げてみるといい」
「あ……ありがとうございます」
少年はそう言って先の本を本棚から取り出して開いてみた。ずっしりと重たい感触が腕に伝わり、古本特有の匂いが鼻先をくすぐった。
本は1章から始まっていて、1章は【龍の血統】の力についてだった。朱春の知らないことばかり乗っていたので彼は夢中になって読み、気がつけば1章を読み終わっていた。顔を上げると外は既に暗くなっていた。
もっと続きが読みたかったので、少年はこの本を買おうと思い値札を探したのだがどこにも見当たらない。仕方が無いので先ほどの店員を探したが、男はどこにもいなかった。
「…………明日来て買うか」
少年はそう呟くと店を出た。そして再び来ることが出来るように、周りの景色をしっかりと記憶した。そして電柱にスプレーで書いてあった「L」というマークを目印として、明日もここに来ようと心に決めて家へ向かった。