第1話:魔道少年
「おい扇風機! ちょっと俺に風送ってくれよぉ」
「せ、扇風機って呼ぶなよ」
「ガハハハ、確かに扇風機のがまだ強いもんな! お前を扇風機なんて呼んだら扇風機に失礼だわ!! アッハッハッハ」
背の高い男の子がそう言うと、周りにいた何人かの少年も馬鹿笑いしはじめる。しかしこれはこの学校、いやこの世界で最早見慣れた光景となってしまっている。
何故なのか、その答えを知るには事を数百年前まで遡る必要がある。
太古の昔から、ある星には2つの世界が重なって存在していた。一つは【現世】と呼ばれる世界、もう一つは【幽世】と呼ばれる世界。この二つは重なり合って、しかし交わることなく存在していた。
現世において最も強い力は【知恵】であった。知恵というのは時に世界を変えるほどの力を持ち、どれだけ腕っ節が強かろうと、どれだけ金を持っていようと、知恵を持たざる者では知恵を持つ者には勝てなかった。
一方幽世では、【魔道の力】が世界を動かす最強の力であった。世界の秩序を保ち、世界を平穏たらしめる正義の力であり、同時に世界を破滅させることも出来るほどの強大な力であった。下手な知略など簡単に吹き飛ばせるほどの力である。
では知恵を持つ者が魔道の力をその身に宿したらどうなるのか、この答を知ることを恐れた神は、世界を作るときにこれらの力を二つの世界に分離した、はずだった。決して交わることのないように、神の座を脅かすような不届き者が決して現れぬように、可能性の糸を断ち切ったはずだったのだ。
しかし知恵の世界から魔道の世界は見えないはずなのに、魔道の世界から知恵の世界が見えぬはずなのに、何故かお互いの世界を認識しているかのような動きをする者が幾世代にも渡って現れては消え、現れては消えていった。
そして今から数百年前、神をも恐れぬ大馬鹿者が二つの世界に同時に現れてしまう。現世に生きた一人は神をも欺く知恵を持ち、幽世に生きた一人は神すら凌ぐ魔道の使い手であった。この二人が同時期に世界に誕生してしまったのはなんとも運の悪いことである。いや、それとも更に上の存在による悪戯か、しかしどちらにせよ、これによって二つに分かたれていたはずの世界は混じり合い、最終的に幽世が現世に取り込まれて一つの世界になってしまう。
そして現在、地球と呼ばれるその星には知恵を持ち魔道の力をその身に宿した数多の生物が闊歩していた。そんな世界の覇者は名を【人間】といい、その中でも特に魔道の力が強い者のことを彼らは【魔道士】と呼んだ。
二つの世界が一つに合わさったとき、現世の世界には人間には劣るがそれでも幾分かの知能を持った生物が溢れていた。それらすべての生物も人間と同様に魔道の力をその身に宿すようになってしまい、今では世界中のほとんどの生物は魔道士以外では歯が立たないほどに強くなってしまっていた。
つまり魔道士というのは魔道に秀でた者であるのと同時に、人々を魔道動物、通称【魔物】から守る英雄のような存在であった。そしてそんな魔道士というのは誰からも好かれる皆の憧れの職業であった。
「ぼ、僕は将来、魔道士に……魔道士になるんだ!!」
「え、扇風機が? 魔道士に? …………ダッハッハッハッハ!!! 笑いすぎてお腹がねじ切れちまうって! ギャッハッハッハ」
「お前みたいな雑魚じゃ無理だよ! 一次試験すら通るもんか!」
その通り、魔道士というのは誰でも彼でもなれるようなモノでは無い。試験に合格して魔道士のライセンスを取得して初めて、魔道士であると名乗ることが出来るようになるのだ。具体的に言えば魔物との戦闘に耐えうる魔道の力があることを示し、魔道に関する十分な知識を持っている事を証明しなければならない。
そしてこの二つのうち重要なのは、当然のことながら前者であった。どれだけ知識があろうとも、それを活かせるだけの力が無ければどうしようもない。そして天王 朱春、この物語の主人公の少年は、十分すぎるほどの知識はあったのだが、如何せん魔道の力が貧弱であった。このどうしようもない現実を、しかし少年はまだ諦めるということを知らないがために、直視できずにいた。毎日のように魔道に関する本を読み漁り、少しでも魔道力を強く出来そうなことはすべて試していた。しかしそんな生活をしていればそれに反比例するように体つきは細く弱々しくなり、目つきも悪くなっていき、結果としてどこからどう見ても引きこもりのような少年ができあがってしまっていた。
「それじゃあ授業始めるぞ~」
騒がしい教室に先生が入ってくる。直前まで朱春を馬鹿にしていた少年達も先生を見るなり大人しくなり、ゾロゾロと自分の席へと戻っていった。
「それじゃあ今日は教科書の17ページ、地中海とオリエント史のところからだな」
「先生、ちょっといいですか!」
「……なんだ星名?」
手を高く上げた少女を先生が指名すると、眼鏡をかけたその少女は先ほどまで馬鹿笑いしていた少年達の方を指さして言った。
「あそこの人達がさっき天王くんの事を馬鹿にしてました。しかも天王くんの【血統】のことで」
「そうか星名……教えてくれてありがとう。おい小川、血統に貴賤はないんだ。以後気をつけなさい、それじゃあ今日の授業を――」
「それだけですか!?」
先生はそれだけ言って授業を始めようとしてしまったので、星名は立ち上がってそう言った。しかし先生は星名に鋭い一瞥をくれると有無を言わさず授業に入ってしまう。星名は悔しそうに席に座ると何も言わない朱春のほうを厳しい目で見て何か訴えたあとで、荒々しく教科書を広げた。しかし朱春のほうはそんな視線を送られるようなことをした覚えはないので、狼狽えることしか出来なかった。