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一番近いとき、一番遠い。

作者: コーラ

 「ここちょっと分からないんだけど、どういうこと?教えてくれない?」

数学の時間、隣の席の玲奈(れな)さんが話しかけてきた。


 高校1年の俺、(しゅう)はそこそこ勉強ができ、自分でいうのもなんだが高校の中でもまあ優秀な男子生徒だ。ちなみに言うと運動の方は体力テストはかなりできるけど、実際のスポーツになると全くできないという、運動のセンスがないタイプ。顔は普通……だと信じている。


 玲奈さんは、高校に入って初めて会ったクラスの女子だ。この前の席替えで近くになったばかりで、今まであまり席が近くなったこともなかったから、正直あまり分からない。ただ、運動はめちゃめちゃできて、そこそこ勉強もできるらしい。


 俺がプリントに目を落とすと、そこには単位円が割ときれいにかかれていた。

「最初と2問目は分かったんだけどね、最後のこれ、どんなときの値を考えれば答え出るんだっけ?なんかx=1上のなんたらかんたらみたいなだったと思うんだけど……。」

あー、はいはい。ここね。確かにここは他の2つに比べると、そもそもの理解が難しいかもしれない。


 「ここはねー、さっき玲奈さんが言ってたとおりで、まず最初は合ってるよ。で、そこでのy座標を考えて……。ちなみにこうなる理由は……。」

できる限り丁寧に、この場合だけなぜ複雑になるかまで教えたほうが定着にも役立つだろう。


 「あー!そうだねそうだね!ありがとう!」

玲奈さんの顔がパッと輝いた。俺は人の顔がこうやって煌めく瞬間が好きだ。だから、割と人に勉強を教えるのも好きだ。


 「また何かあったらどんどん聞いてー。」

俺が自分が解いていた問題に戻ろうとすると

「ありがとう。多分私この単元苦手だから、結構頼ること多いかも。」

「OK。全然問題ないからいいよー。」







 それから数日たってから、俺は玲奈さんに頼まれて、放課後のちょっとした時間にも玲奈さんに数学を教えるようになった。


 玲奈さんは細かい論理の説明が丁寧で記述がとてもキレイで、グラフや作図も見やすくかくし、疑問点があればガンガン突っ込んでくる。そんな玲奈さんに教えていて、俺は正直言って今まで教えてきた中で一番楽しかった。玲奈さんの顔が輝くのを見るのが、ただただ嬉しかった。


 また、勉強中の雑談を通して、玲奈さんの努力家で、芯が通った思考・行動をするところや、でもたまに人間らしいミスがある親しみやすさもあるところなど、その素敵な人間性も深く知ることができた。








 そして、この単元も終わろうかという頃、玲奈さんに勉強を教えて家に帰った俺は、ふと、あることに気がついた。

「いつからかは分からないけど、数学を教えてわかってもらうことじゃなくて、玲奈さんと一緒にいることに俺は喜びを感じるようになった……?」


 初めは疑いだったその気づきは、次第に大きく大きく膨らんで、確信に変わっていった。

「俺は玲奈さんが好きだ。」


 そしてある日、俺は覚悟を決めた。間違いなく思いは伝わる。今まで一緒に数学をしてきた時間が、きっと俺と玲奈さんを繋いでくれる。俺と玲奈さんの心の距離は、もう触れてしまいそうなくらいまで近い。

「大丈夫。絶対に大丈夫。」

口ではそう言いながらも俺の心には、どこか払いきれない不安感がある、信頼しきれない部分がある今までの時間が引っかかっていた。何かが、今までの何かが、俺の未来を暗示している……。そう思えて仕方ない心を押さえ込んで、俺は待ち合わせ場所に向かった。



 待ち合わせ場所に着いて数分後、玲奈さんがやってきた。俺は、単刀直入に思いを伝える。

「今までの一緒に勉強をするなかで、玲奈さんの素敵な人間性に惹かれました。付き合ってください。」

玲奈さんの返答は……。


 「ごめんなさい。」

心のどこかでそれをすぐに納得した自分が怖かった。

「修くんは本当に数学ができるし、優しいし、いい人だと思う。でもね……、私は修くんのことを、勉強ができるいい友達としか思えないんだ。本当にごめん。友達としか見れない。」







帰り道、玲奈さんとの出会いをぼーっと思い出していた俺は、あることに気がついた。

「tan……?」


 俺と玲奈さんが一緒に過ごすようになったのは、俺が、tanの値から単位円を用いてθを求める方法を教えたことがきっかけだった。そしてそのtanは、単位円上では両端からy軸に寄っていくと、その2つは近づいているように見える。しかし、その両者の間には絶対に越えられない90°という壁があり、x=1上の点は、遠く遠く離れてしまう。


 距離は確かに縮んでいるように見えた。いや、実際単純な距離としては近づいていた。しかし、近づいても、その間には決して越えられない友情の壁があった。そして玲奈さんの中での俺との恋愛的な距離は、もう遠く離れていたのだ。






 俺の告白の結果を暗示していたのはtanだったとわかったところで、俺は泣くしかなかった。

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