Episode 4 : 森の中で小屋を見つけた
ルフトラグナからいろいろ聞かせてもらって、数十分。魔木は傷付くと蓄積された魔力を空気中に放出するらしく、その魔力を吸おうと魔物が多くやってくる。
なので魔力が拡散した頃に出なければ吸いに来た魔物に襲われる危険があったので、すぐには図書室を出られなかったのだ。そろそろ、魔木を派手になぎ倒していたあのドラゴンも巣に戻ったはずだと、ルフトラグナは自身のアニムスマギアを解除する。
「とりあえず森の出口を目指しましょう」
「そうだね〜、お腹も空いてきたし何か食べ物あるといいんだけど……」
「うぅ……やめてくださいよ、わたしも数日何も食べてないんですから……」
「てっきりどこかのお嬢様かと」
「そ、そんな身分じゃないですよ! わたしはどっちかと言うと……いえ、ベルには関係の無い話です」
「………その翼、……と腕。痛む……?」
「……痛みは、もう無いです」
ルフトラグナはそう言うと、左手で右腕を隠すように覆う。翼も縮こまって、怯えて見える。
「それならよかった……。ルフちゃん、助けてくれた恩は返すからね。それだけは忘れないで」
「お、恩なんてそんな! わたしは……」
「いやぁ、あの場面で助けてもらわなかったら私、今頃頭突き喰らわされてたよ? しばらく動けなくされてたって。最悪死んでただろうし……。だから、ありがとう。……うん、なんだかルフちゃんといると良いことがありそうだよ!」
ベルはそう言って歩く先を指差す。ルフトラグナは首を傾げ、その先を見ると、ポツンと小屋が一軒建っていた。
大きめな魔木の横に建てられ、その近くには木の根で作られた天然の水場があった。こぽこぽと音がする。湧き水だろうか。
煙突からは煙が立ち昇っていて、誰かいることは確かだ。
「危ない人かもしれないけど、その時は逃げればいいしね」
「そ、そうですけど……でも!」
小屋の扉を叩こうとしたベルをルフトラグナは制する。しかし、その瞬間可愛らしい音がルフトラグナのお腹から聞こえた。
「…………っ! こ、これはですね!」
顔を真っ赤にして言い訳をするルフトラグナを、うんうんと微笑みながらベルは見つめる。ルフトラグナは天使だ。天使級の愛らしさを持っている。
「───誰かいるのか?」
扉の前で騒いでいたから当然家主に気付かれる。出てきたのは……強面のおじさん。短い灰の髪だ。服の上からでもわかる、筋肉量。ゴツイ。年齢は……わからない。おじさんにしては体格がガッシリしているし、雰囲気は若い。だが顔は少し老けて見える。
「え、えっと……森で迷子になってしまいまして……食べ物を分けていただけると大変助かるのですが……」
威圧に負けず、何とかベルは用件を伝える。扉が開いた時から、何やらいい香りがしてさっきから口の中が唾液で溢れていた。
「……天使と一緒に迷子になった少女か、訳ありだな」
その男は、ルフトラグナを見てそう言った。天使も世界常識だったのだろうか。実は特別な存在とエンカウントしたのではと心を躍らせていたベルは、少し、ほんの少しだけ気を落とした。
「まぁ入れ、訳あり同士のよしみだ」
ため息を吐きながらも、男はそう言って招き入れてくれた。
小屋の中はゴチャゴチャしていた。でも悪いゴチャゴチャ感ではない。壁に立てかけられた剣。よくわからない道具。開きっぱなしの棚の中にもよくわからないナニカ。テーブルの上には肉塊。ナイフ。床には骨が積んであり、動物の毛で作られた木組みのベッドや小さいが本棚もある。
「へぇ……狩人さんですか?」
「ああ、そうだ。ちょうどいい、君たちも手伝ってくれ。その肉を切り揃えるのは面倒だからな」
「が、がってん!」
ベルは、割と料理は得意な方だと思っている。だが肉塊を切ったことはない。
(肉塊を切る女子高生……そう思うとなんか凄いなぁ)
そんな事を思いながら、ベルは大きな包丁を男から受け取って肉塊を切っていく。
「一口大でいいです?」
「あぁ、構わない。そこの天使は外の湧き水を汲んできてくれ。鍋にする。桶は扉の横だ」
「は、はい!」
二人の慣れた料理の手つきに見とれていたルフトラグナは、男に言われるがまま外に出て、桶に水を汲みに行く。
「君、あの天使のことは知っているのか?」
「いいえ? さっき会ったばかりですよ」
「……そうか」
男はそう呟いて、既に作っていた焼き魚を皿に乗せる。
「お、お水……! もって、来ましたぁ……!」
「鍋に入れてくれ。……そう言えば名前を聞いてなかったな」
「る、ルフトラグナです……!」
「私はベルです!」
「……ルフトラグナ、ベル。俺はグランツだ。よろし───」
「ひゃあっ!?」
その瞬間、ルフトラグナは体勢を崩して桶の水をこぼした。水浸しになった床を見て、ルフトラグナは青ざめる。
「ご、ごごごめんなさい!」
「怪我はないか」
「え、っと……それは大丈夫です……」
「ならいい、奥の棚に古い布があるから、それで拭いてくれ」
「は、はい」
ルフトラグナはてっきり怒られると思ったのだろう。ベルも怒鳴るとばかり思っていた。拍子抜けだ。人は見かけによらない。
「早くしないと魚が冷めるぞ」
「あ、あぁはい!」
狩人グランツ。外見はちょっと怖いが物静かで、何だか父親のような存在だとベルは思った。
やがて料理は完成した。いつの間にか日が暮れて、月っぽいものが空で輝いている。
完成した料理はカンナギの丸焼きと、謎の肉塊鍋。カンナギという魚は名前の割にちょっと食欲が失せる見た目をしている。肉塊鍋はかなりワイルドだ。狩人のご飯と言われるとそれっぽい。
「ほ、本当に食べちゃっても……?」
「何もしてないならまだしも、手伝ってもらったんだ。食べる権利はあるだろう」
グランツはそう言いながらブツ切りの肉をお椀に入れ、べルに渡す。赤身の肉は火を通すと白くなっていた。
「いただきます。……はむっ、んむ……!? じゅるっ、に、肉汁がしゅごい……!?」
「ほ、本当です! 美味しい……なんのお肉ですか?」
「地竜のもも肉だ」
一瞬、吹き出しそうになるのを抑えて、ベルはその肉を呑み込んだ。まさかいきなり殺されかけた地竜をこうして食べることになるとは思ってもみなかった。
「今日狩ったのは若い地竜だからな、柔らかい。理由はわからないが、この辺のボス地竜が不在で狩りやすくて助かった」
と、言うことは。ベルがあの地竜に追いかけられてる間、グランツがどこかで別個体を狩ったのだろう。ルフトラグナも気付いたのうで、苦笑いしている。
「こっちの魚は……うん、見た目の割に美味しい」
「カンナギは今が旬だからな」
なんだかんだで、食事を楽しめるくらいには落ち着いていた。しばらくして食事を終え、お礼も兼ねてベルとルフトラグナは食器を片付ける。
「もうこんな時間か……」
窓から月を眺めていたグランツがそう呟く。
「行くところがないなら今日は泊まっていくといい。ベッドの質は保証しないが、夜の森は魔物が活発になる。野宿は絶対にやめた方がいい」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ルフちゃんもいい?」
「はい! 何から何まで、ありがとうございます!」
「礼を言われる程のことはしてない。それより食器は俺が片付けるから、身体を拭いてこい。泥だらけだぞ」
「はーい! 覗かないでくださいね?」
「いいから早く済ませてこい」
ベルはそんな冗談を言いながらグランツからタオル用と洗う用の布をもらって、ルフトラグナと一緒に外へ出ていった。
ブクマ等々よろしくお願いします!




