Episode28 : 本の中身と、共醒
────ただ暗闇から抜け出したかった竜が、外へ出た途端、光によって拒絶された。地へ帰れと言うかのように、外の世界は追い返そうとしてきた。
(まだ……私を迎え入れてくれる暗闇の方がマシだ……)
地竜の全てがこうなる。というわけではない。この個体だけが特殊だったのだ。
生まれつき、光に弱かった。しかしそれも、外に出るまではわからない。外へ出て、外で暮らせないと知り、またあの暗闇に戻るのかという絶望感しか無かった。────だが、成体となった地竜にとって、地中で得れる食事は物足りないものだ。掘って餌を探して、木の根に齧り付いても永遠に腹は満たされない。
地上から追い返された竜は、ただひたすらに、救いを求めて土を掘り進める。────その時、地が揺れた。小さな亀裂が入って、竜は地上の光に目を眩ませる。
(こんなところに挟まるなんて……私はこの星にでも拒絶されているのか)
そこまで大きくない揺れで、地面が割れて挟まってしまった。身動きも取れず、もうこのまま餓死しようかと……そんなことを思ったのも束の間。
「■■くん……もう、安心して───……」
(……人の子の声だ。だが人間がこんなに強い魔力を持つのか……? ……いや、妖精種とかいうやつか。こんな枯れ果てた地でも妖精が生まれるんだな)
竜はしばらく彼女の声を聞いていた。だが、また別の声も聞こえてくる。察するに、誰かと誰かの戦いで、見知らぬ誰かが死んだらしい。竜にとっては関係のないことだ。しかし────
「【リヒトア】…………」
竜は、光が変化したことに気付いて、瞳を閉じたまま見上げる。……暖かな光を感じる。その時竜は、たとえこの目が焼かれても、その光を見たいと思った。だから見た。
(見える……拒絶されない……! 光が私を迎え入れてくれている!?)
光を見れたことより、その存在理由に興味が湧いた。拒絶しない暖かい光……その光というものは見えても、彼女がそれを見せてくれた真意はわからずじまいだ。彼女の次の声を最後に掻き消える。
「アニムスマギア────【フロラシオン】」
刹那。激しい揺れと共に、木の根がどこからともなく伸びて、急速に成長していく。竜もそれに巻き込まれ、静まり返った頃には草木の揺れる音だけが聴こえていた。
(一体……何が起きたんだ)
竜は困惑する。太い木の根っこが、この荒れた土地にあるはずなかった。
(……! この木、魔力を持っているのか)
伸びた根っこから魔力を感じ、竜はひたすら魔力を吸収する。
(これなら……私にも出来るだろうか。【ドゥンケルア・エフェクト】)
地上から聞こえる声から知った魔法というものを駆使し、目を保護する。誰かに救われたということは理解出来た。
(礼がしたい……こんな姿だが、怖がらずに見てくれるだろうか……。早く、地上に出なくては)
竜は急いで地上に出る。根があちこちに伸びてくれたおかげで、亀裂が少し崩れて抜け出せた上へ上へと掘り進め、掘り抜けて、初めて竜は空を飛ぶ。
『─────』
息を呑んだ。外の世界が美しかったからではない。外なんて嫌悪しかない。ただ、初めて地上に出たあの日、ほんの少しだけ見ることの出来た地上は、荒れ果てた荒野というものだった。
だが今はどうだ。木々で生い茂り、泉まで出来ているではないか。そして一番目を引くのは、他とはズバ抜けて巨大な木。この短期間で、何百年はくだらないくらい生きているような大樹が竜を見下ろしていた。
(地上に出ても、地中とそう変わらない。変わらず退屈なただの星だ。だから、この星に生きる意味は無い。……だから、この退屈な世界が少しでも良かったと思えるなら、この木と共に……ゆっくりと最期を迎えよう)
竜は周辺の木々を薙ぎ倒し、巣を作る。
大魔樹に近付く魔物を追い払い、その周辺を縄張りとした。
これが、〈竜の記憶〉の全てだ。
* * * *
「『そして竜は魔に侵され龍と成り、天使と共鳴し、力を我がものとした。』……か」
あとのページは白紙だ。これからの未来が書かれるのだろう。ベルとルフトラグナはそっと本を閉じ、棚に戻す。
「あの時……あなたの名前がハッキリ見えたのは、わたしと繋がったから……なんですね」
『……フン、お前が勝手に私を理解してきたんだろう。まぁ、おかげさまで解放された。だが……《《何故》》、お前と私が共鳴したことで、お互い進化したのか。なんてことは聞くなよ。知らないからな』
アトルノヴァはそう言うと、ベルを見つめる。
『お前の持つ剣は、あの時私が見た光と似ている。同性質の光……だからってわけじゃないが、私もお前を知りたいんだ。退屈をぶっ壊してくれそうなお前を……』
「た、退屈をぶっ壊す……かどうかはわからないけど、こっちばっか知っちゃったしね。でも一個条件がある。これ以上、私たちが戦っても仕方ないから────」
『戦わないでくれ。か。私を退屈させないならそれもいいだろう』
「退屈をどうこうは私にはちょっと……」
『鈍いやつだな。もっと欲張れ。私もそこの天使みたく共に居させろと言ってるんだ』
「ぇへ!? 着いて来る気なの!?」
ベルの思惑は、ルフトラグナのアニムスマギアを使って星龍のことを知り、その上で意思疎通を取って休戦、和解を持ちかけようとしていた。意思疎通が取れなければ出来ないので、最悪被害を抑えるために倒そうとも思った……倒せそうにないが。
『なんだ、不満か?』
「い、いやいやそんな! ことはないけど……! あなたにいろいろ……剣振り回したり魔法撃ったりしてたんだよ?」
『私は楽しかったから気にしてないが。……ああ、私が他のやつに攻撃して傷を負わせたことを気にしてるのか。それはまぁ、ちょっと興奮してやり過ぎた』
「確かにオショーさんとかみんながどう思うのかは気になる……けど。でも……一緒に来るって言うなら、私は受け入れるよ」
そう言った瞬間、ベルはこれから先、この巨体を持った星龍をどう説明して入国なりをすればいいのかという問題に気付く。
『やはりお前は私を退屈から引っ張り出してくれそうだ。……そうだな、この姿のまま飛び出したらまた攻撃されそうだ。またあの光を放ってくれないか?』
「そんな強いのは出来ないよ? このくらいのしか……」
ベルはそう言うと、金色の魔剣に魔力を送って輝かせる。
『────お前の光は、暖かくて包み込まれるようなだけじゃないんだな。心が安らぎ、なんだかスッキリしてくる。浄化の光と言うべきか……』
光を受けながらそう呟くアトルノヴァは、みるみるうちに身体が縮こまっていく。呼吸を整え、変化を受け入れていく。
「お前は特別だということを自覚しろ。剣や仲間の力だけでここまで来たというなら、そこら辺にうじゃうじゃいるぞ」
そう言ったアトルノヴァは、人の手でベルの頭をぽんぽんと、少し荒々しく撫でる。……そう、龍の身体から人間の身体へ変わっていたのだ。
────人間の身体になっても大きいことには変わりないが。
 




