Episode20 : 夢の終わり
大魔樹の塵に魔力を込めて、吸収出来ることがわかり、早速塵を薬とする。実験に、ベルは塵を少し舐めてみたが吸収される感覚は吐き気が凄い。
なので吐き気の緩和と体力低下を抑えるために他の薬草と一緒に磨り潰して、そこに水と小麦粉を加え、指で摘める程度の小さな団子にする。
「これで、【アイスム】!」
すっかり夜になってしまったが、ルフトラグナとグランツのおかげで予定より早く終わらせることが出来た。最後に氷魔法で冷凍保存してしまえば、完成だ。直径一センチ程の薬団子。何回かに分けて呑み続ければ、セフィーの体内魔力も全て吸収してくれる。
「よし! 早速届けてくるね!」
「今からですか!?」
もう既に真夜中。セフィーだって眠っているはずだ。ユナイの町に着く頃には日を跨いでいるだろう。
「待て、夜の森は危険なんだぞ!」
「でも、早くセフィーに渡したいし……!」
「はぁ〜……仕方ないな、俺も行く。さっきの実験で魔力がほとんど無くなった子供を一人で行かせるわけにもいかないしな」
「そ、そういえばそうでした」
大魔樹の魔力吸収は凄まじい。ほんの少し舐めただけで、常人の魔力はほぼ空になる。
焔魔龍に荒らされて一時期は魔力が充満していた魔木の森も、今は正常化している。空気中の魔力も少ないので魔法を使うのにも一苦労だ。
「ふ、二人が行くならわたしも行きます! セフィーが心配ですし……」
「じゃあみんなでセフィーをビックリさせよう! きっと喜んでくれるよ!」
* * * *
同刻────。ユナイの町、魔木の森上空。月の中に三つの影が現れていた。
「アニムスマギア……【分断者】」
刹那、魔木の森の半分が消失する。大魔樹やちっぽけな小屋を巻き込んで、巨大な断崖を形成していた。
「モリ キエタ ハンブン ダケド」
一際巨大な影が、カタコトで喋り出す。
「わたくしも腕が落ちましたわ。森全てを斬るつもりでしたのに……」
「これで腕が落ちたっていうなら、私たちは下の下よ? こんな芸当、シュナじゃなきゃ出来ないわ」
「シュピー、ヴェルト、あなたたちも自分を誇っていいのですわ。……さぁ、今の目覚ましで住人たちも集まってきたようですし、挨拶に向かいますわよ」
出現した三つの影は、ユナイの町へ降りていく。先程の轟音は、絶望の合図だ。
「あら? こんなちっぽけな町にも、これほどまでの魔力を持った人間がいるとは思いませんでしたわ」
シュナは一人の少女を見下ろして言う。
「……あぁ、失礼しましたわ。魔蝕の子……。あなたは何の力も持たずに立ちはだかるのですか?」
町の住人が脅えて建物の影に隠れる中、セフィーが一人立っていた。弱った身体で、異様な気配を放つ三人に立ちはだかる。
「お……お願い、みんなに何もしないで……!」
────死を悟り、最期に憧れていた英雄らしいことをしたかったのかもしれない。セフィーは震えながら声を張り上げて、自分が今、何を思ってこんなことをしているのか、やっと理解する。
「や、やめなさいセフィー! こっちに戻って……!」
「────煩い」
セフィーの母親が叫んだ瞬間、その首が飛ぶ。実の母親が目の前で死ぬその光景は、ただの少女にとって残酷すぎる。
「お……母さん……?」
何が起きたのかわからないまま、セフィーは腰が抜けて地面に座り込んでしまう。その様子を楽しんでいるのか、シュナは笑顔のままセフィーに近付いていく。
「あなたなら知っているかもしれませんわね。……答えなさい魔蝕の子。焔魔龍を殺した人物は今何処にいますの?」
「焔……魔龍……ベルたちのこと……?」
「やっぱり知っていますのね。わたくしはその方々を殺したいのです。殺して殺して、悔いが残るように、来世にまで届くほどの強い殺意を持って殺したいのですわ。教えてくだされば、町にはこれ以上の被害は出しませんわ」
セフィーにとってそれは、究極の選択だった。ベルたち三人か、町か。選べるはずもない。はずがなかったが……母が死んだ混乱で、セフィーはつい、口を滑らせた。
「ベルたちなら……森の小屋に……」
言った瞬間、ハッとして自身の口を押えた。何を馬鹿なことを言ってしまったのだろう。ベルたちを殺して、そのまま町を見逃すなんて真似、この異常者がするはずない。わかりきっていたことだ。
「小屋……あぁ、それならちょうど先程消し飛ばしましたわね。ということはあれで死んでしまったのですか。英雄とは名ばかり……随分簡単に死んでいくのですわね」
「死ん………え……? ベルが……ベルたちが……死んだ……?」
心の中で自分を責めていたセフィーは、その言葉を聞いて絶望する。さっきの轟音……あの瞬間、ベルが死んだ。死という言葉が頭の中を駆け巡る。この状況、もはや余命など関係なく死ぬ。
「つまらないですわ。やはり町ごと潰して帰りましょうか」
シュナはセフィーに背を向ける。町を潰すために。
────背を向けられ、セフィーはどこか安心していた。対象が自分から町になって、死なずに済むかもしれないと思ってしまった。だから────。
「私のバカッッ!」
セフィーの声が町に響く。同時に、セフィーは自分自身を引っぱたく。
「本人は全然そんなこと思ってないかもしれないけど……ここはベルが守ってくれた町なんだ! 壊されるのをただ見ているだけなんて出来ない……ッ!」
セフィーは立ち上がり、シュナの服を掴む。怖い。だからといって引き下がれない。怖いという理由で逃げ出したくない。一人で立ち向かおうとしたのは、朧気に覚えている、この町が好きというベルの言葉のおかげだ。
「行かせない。行かせないから……!」
「……綺麗な髪、可愛らしい赤のリボン……似合っていますわね。本当に……不快ですわ」
シュナはそう言うと、セフィーを蹴り飛ばす。お腹に強い衝撃が走ったことで息が詰まり、地面に這いつくばったセフィーは必死に呼吸をしようと藻掻く。
「人間……あなたは恵まれていますわね。母に愛され、友を持ち、その病を持ちながらこうしてわたくしに立ち向かおうとすることが出来る。もしマギアエクリプスに侵されていなければ……英雄の素質があったかもしれませんわ」
セフィーの頭を掴み、シュナはそのまま片手で少女の身体を持ち上げる。引きずり込まれそうな漆黒の瞳が、セフィーを睨みつけていた。
「ああ……あなた、もう半分は妖精なのですね」
「……カハッ! だから……何……っ」
「わたくし、妖精と人間が一番嫌いなのです。わたくしと同じ、半人半妖……なのにどうしてあなたの方が恵まれている」
笑顔が消え、闇い瞳が渦巻く。シュナはセフィーの頭蓋をそのまま割ってしまう勢いで、握力を強めていく。
「シュナ、やるなら…………」
「…………わかっていますわ」
シュピーの言葉で我に返ったシュナは、セフィーの瞳をじっと見つめながら笑顔を見せる。
「恨むなら星を恨むのですわ」
そう言った瞬間、セフィーを投げ飛ばす。小さな身体を見上げながらシュナは両手を広げ、徐に固く握り締める。
(あぁ……何も出来なかったな……)
────腕がなくなった。グロウスから貰った銀色の指輪も失われる。……星を恨む。そんな言葉は理解出来なかった。
(ありがとう……ごめんね……ベル……)
────足がなくなった。痛みで泣き叫ぶことはもう出来ない。やっぱり、私には英雄みたいなことすら出来ない。
(……私は、今……死んでいる)
────身体の半分がなくなった。お気に入りの服だったのにな……。そんなことを頭の片隅で思う。
(神さま……もし、私の願いを聞いてくれるなら……)
細切れになっていく自分の身体を見ながら、セフィーは最期に願う。
(どうか、ベルたちが無事でありますように────)
投げ飛ばされた身体はもう、少女の形を成していない。そこにはただ……血の雨が降り注ぐだけだった。
シュナは指を鳴らし、自身の黒い服に降り注いで染み付いた紅い血を消し去る。地面には血溜まりと、セフィーが着けていた赤いリボンだけ。
その光景を見ても…………
彼女たちは、何も思わない────。
次回、『 』
 




