Episode2 : 起きたらそこは花園だった
それは所謂、転生回想。
❀7/25 夜にEpisode3も公開します────!
「────私の名は、アイン。私の声が聴こえますか? 私の姿が視認出来ますか? 私の存在が理解出来ますか?」
金髪の少女が目覚めて、最初に聞いた言葉だ。まるで羽毛布団のような柔らかさを感じる草花の寝心地は控えめに言って最高で、ずっと寝ていたい気持ちの方が強い。それでも少女は身体を起こして、欠伸をした。
しかし、ふとそんな動作が出来ることに、少女は驚愕する。それもそうだ。何故なら少女は死んでいるはずなのだから。
「酷い状態の魂でした。出来る限り前のように修復しようとしましたが……」
目の前で、少女の魂の状態を確認するのは、少女よりも幼く、小さな子供。汚れひとつない、完全な真っ白と言えるボブカットの髪は、光に当たるとオーロラのように輝く。
そんな、自らをアインと名乗ったその幼女は、心配するような言葉を述べるが……その顔は無だった。完全な白に完全な無。感情と呼べるものがないのだろう。
「あ……ぇ……」
「無理はしないでください。言葉を発するのはまだつらいでしょうから 」
アインはそう言うと、人差し指を円を描くようにくるりと一回転させて白いカップを出現させる。ゆっくりとアインの両手に収まったカップは空だが、アインが不意に息を吹きかけると湯気が立ち昇る。
「熱いですから、気をつけてください」
「……ん、あ…り……が……ゲホッ!?」
「だから無理はするなと……そのお茶に身体調整能力を与えてます。飲めばだいぶ楽になりますよ」
見知らぬ幼女が出したお茶。場所も存在も、少しどころじゃなく物凄く怪しいが……少女が今出来ることはこのお茶を飲むことだけだった。
「ズズズ……緑茶うまぁ……」
「味、気に入ってもらえたようで何よりです」
色から想像は付いていたが、カップの緑茶を飲み干した少女は喉の違和感が消え、呑気に感想を呟いた。
「改めて、私はアイン。神……ではないですが、世界の監理をしているので似たようなものです。神代行者といったところでしょうか」
「神代行……えっと、ここは天国か何かですか?」
相手は幼女だが、神代行者という言葉に少女は畏まって聞く。さっきのお茶を飲んで身体の調子がいいので、言っていたことが本当であることは証明されている。あまり下手に口をきくと地獄行きにされるかもしれない。
「……ここは、そうですね。ただの綺麗なお花畑。その一輪一輪が美しく咲き誇るためだけの場所。天も地も……私が許可しない限り、他のあらゆる概念も存在しない箱庭です」
(地? 地面も……?)
少女はふと、花弁をそっと退かして見る。アインが言った通り地面はない。空と同じように真っ白だ。
「少しは理解出来ましたか?」
「は、はい、ありがとうございます」
無表情なアインは、少女と同じように花の上に足を揃えて座る。見惚れてしまうほど花の背景が良く似合う。
「────もし、また生きてもいいと言われたら。
あなたはどう答えますか?」
まだ夢心地な少女に、アインは一言、そう聞いた。突然のことに、少女は何も言い返せない。記憶は朧気だが、かなり、残酷な死に方をした気がする。
また生きるということは、また死ぬということだ。
「怖い……です」
やっと出てきた言葉は、生前……死の瞬間に思っていたことと同じだった。何も知らずにまた生きて、また死んで。きっとまた、アインに同じような質問をされる。
「何もかも忘れて、消えてしまいたい。楽に……死ぬのは一度きりで充分なんです」
当然といえば当然の反応だ。一度裕福を知ったものが、また貧相な生活に戻れないように。
生きる希望が出来て、死が怖くなるように。死んでわかる、生きる恐怖。また死ぬという恐怖。その恐怖だけが、少女の朧気な記憶の大部分を占めていた。
だが、しかし。それと同じくらい、このままではいけないという気持ちが強い。死を思い出そうとするほど、生きなければならないと思わずにはいられない。
「あはは……私、自分のことがわからないです……」
消えたいのか、生きたいのか。自分自身が何をしたいのかわからない。もう、そんな自分を笑うしかなかった。
だがアインは少女のことを決して笑ったりはしない。笑わおうとも思わない。花を一輪摘む。……少しだけ、その表情が変わった気がした。
「もし、生きると……生きてくれると言うとなら。あなたが前に居た世界ではなく、全く別の……そう、異世界への転生を考えています」
「異世……界……?」
「はい。その世界に生きる人々は、魔王の脅威に日々苦しめられています。楽に生きれる世界ではないことは確かです。だからあなたには拒否権が存在する。拒むのであれば、出来る限り安らかに眠らせます」
───私にはそうすることしか出来ない。
アインのその呟きは、少女には聞こえなかった。
「その世界で、私にどうしろと?」
「救ってもらいたい」
「……誰を」
「あなたを、です」
「私を…………」
キュッと胸に拳を作り、少女は瞳を閉じて考える。過去は……よく思い出せない。今もなんだか夢のように感じている。でもこれが現実であるとわかっている。だから間違えることは出来ない。
少女は長考の末、ひとつの運命《答え》を導き出した。
アインが摘んで、差し出した花を受け取り、胸が熱くなるのを感じる。
「私は、生きます───」
それが少女の……新しい人生の幕開けだった。
……その記憶が朧気でも、決断する時は必ず来る。
その時が来るまで、アインはこの花園で待ち続ける。
───────鈴音転生。