Episode16 : 最初の光を冠する剣
魔剣と魔蝕です。
「ど、どうしよう……声、かけた方がいいよね?」
「わ、私に聞かれても困る! 武器のことなんてわかんないし……」
店内に並ぶ多種多様な武器をじっくり見たいのは山々だが、今日の目的はベルが持つ《金色の魔剣》の鞘を相談することだ。店には今も尚、黙々と鋼を打つ年老いた男一人だけ。
「……わけぇのが何の用だ。ここにはナイフも包丁も置いてねーぞ」
「あ、えっと……魔剣の鞘を作って欲しくて相談に来ました!!」
ベルがそう言うと、男は金属を打ち終えたのかすぐ側にあった水に浸ける。
「ベルのそれ、魔剣なの!?」
「え、あぁうん、そうだよ。見てみる?」
「う、うん!」
ベルが金色の魔剣をベルトから抜いて、セフィーに優しく手渡そうとする。────その瞬間、店に爆弾でも落ちたかのような声が響く。
「魔蝕の子に魔剣を触らせんじゃねぇッッ!!!」
男は血相を変えてベルに詰め寄る。男の方が身長が低いので、ベルを見上げる。
「いいか! 魔蝕の子は魔力を一方的に吸収する! 一方で魔剣は膨大な魔力の塊だ! しかも放出することに長けているッ! ここまで言えばテメェらの脳ミソでも理解できるな?!」
「あ……セフィーが魔剣の魔力を吸収して……」
「そこのガキは死ぬし、魔剣も力を失って崩れるッ! わかったな?!」
「は、はい……でもなんでセフィーのことわかって……」
キーンと響く耳を押さえながら、ベルは男に聞いてみた。
「ずっと魔剣作ったりしてりゃ魔力の流れも見える。見た目こそ人間だが、そのガキはもう半分人間じゃねぇ。中身は妖精だ」
「妖精……?」
「……んなことも知らずにこいつとつるんでるのか。ったく、妖精ってのは魔力が生命を持って形を成した生き物だ。魔蝕症で蝕まれると人間だった部分は妖精と同じ、魔力に変換される。半人半妖だよ。……セフィーとか言ったな。お前、あと余命何ヶ月だ?」
「余命……? そんなのないよ……あるわけ……」
「……なるほど、親に隠されたな。その進行速度なら持ってあと二ヶ月ってとこだろうよ」
男はサラリとそう言うと、商品棚を漁り始める。
「なんでそんなことわかるんですか?」
「……オレのせがれもそうだったからだ」
男はそう言いながら、棚から一つの指輪を取り出した。銀色の指輪だ。
「魔剣ってのは危ないからな。本人が意識してなくても極僅かな魔力をが漏れ出るもんだ。だから鞘で隔離して、保護する必要がある」
男はそう言いながら銀色の指輪をセフィーに手渡す。
「こいつは鞘と似たようなもんだ。魔力を弾く指輪……魔蝕の子にとっちゃ命の次に大切なもんになるだろう。……くれてやる」
「……あ、ありがとう、ございます」
男はセフィーに指輪を渡すと、椅子にどっかりと座る。
「魔剣も人も、誰かを殺せる力を持ってんだ。そうやって何かで抑え込まねぇといつかエライ事になる……。天使が人を助けたとしても、たまたまそれを見た奴が襲っていると勘違いしたら、ヴァルンの連中は討伐という名目で強行手段を取れるぞ」
男は葉巻に火を付け、白い息を吐く。男がチラッと横に視線を向けると、そこには張り紙があった。
「魔種、ハーピーの突然変異個体の討伐依頼……これって!?」
「まだ公には貼られてねぇ。そもそも難易度不明の依頼なんておっかなくて誰も受けやしねぇが。そういう方法も考えてるってこった。気を付けとけよ」
ギルドでこちらをチラチラと見てきた受付嬢以外のギルド職員たちは、この討伐依頼を知っていてあの反応だったのだろう。ベルの予想は当たっていた。
「随分お節介焼きだな」
「よォ狩人グランツ。こういう商売してると、騎士やら冒険者やらから面白い話を聞けるんでな。なに、ちょっとした暇潰しだよ。親切なんかじゃねぇ」
そう言うと男は強ばっていた顔を緩ませ、初めて笑顔を見せる。
「改めて、らっしゃい。鍛冶師グロウスの工房へ! 今のお節介がここの売りだぜ。さあ、お前さんの魔剣、見せてもらおうか」
お節介にも程があるだろうとベルは思うが、おかげでいろいろ助かった。いつもこうやって客との距離を縮めているらしく、入ってきた次の客にも耳元で何かを囁いていた。
「……じゃあ、お願いします。この剣の鞘、作れそうですか?」
ベルはそう言うと金色の魔剣をグロウスに渡して見せる。
「…………スゲェな、お前これ、まだ一回くらいしか使ってねぇだろ?」
「そ、そんなことまでわかるんですか」
「まぁな。誰が作ったもんだ? ここまでのものを打てる奴、そうはいないぞ」
このことはいつか聞かれるとわかっていた。魔木から、と言っても信じてもらえるかはわからないが、架空の人物が作ったと言っても、このグロウスという鍛冶師はきっと信じない。
「魔木……大魔樹の根元に突き刺さってました」
それを聞いて、グロウスはポカーンと口を開けたままベルと金色の魔剣を交互に見比べる。
「焔魔龍の角を斬ったのもそれのおかげです。誰かに呼ばれた気がして、それで見つけました」
「……名は、この魔剣の名前はなんだ?」
「エアストライトです」
「最初の光か……なるほどな……」
あの大魔樹に何か思い入れでもあるのか、グロウスは金色の魔剣を穏やかな表情で眺める。剣身をなぞり、具合を確かめる。
「大体わかったぞ。この魔剣は主に光を力とする。一番の特徴は初撃強化だな。これが最初の光の名の由来だろう。一個体に対し、与える攻撃が初めてだった場合、凄まじい力を発揮する。この力は日を跨げば同一個体にまた喰らわせられるだろうよ」
見て触れただけでそこまでわかるのかと感心しながら、ベルは真剣にグロウスの言葉を聞く。初撃必殺も狙える魔剣はそう無いはずだ。活かしていくに限る。
「あとそれだけじゃねぇ。光を力とするから、光源を吸収して魔力に変換することも出来る。炎とかでもいけそうだな」
焔魔龍の太陽のようなブレス。ベルがあれを無傷で貫通したのは、金色の魔剣で光を吸収していたからだ。初撃には及ばないものの、それでも高火力を放つことが出来る。
「慣れれば光を纏うみたいなことも出来るようになるだろ。良い鞘も思い付いた。作ってやる。オーダーメイドなんで多少金はいただくが……こんなもんでどうだ?」
「グランツさん、どう思う?」
「……相場より少し高め……だが、ここに並ぶ武具はどれも良い品ばかりだ。この技術力ならむしろ安いぞ」
「よし! じゃあお願いします! ……って言いたいところだけど、角の換金が済むまでは払えません!」
「魔龍の角か……なに、それくらいなら待ってやる。こっちも少し時間はかかるからな。じゃあ後払いっつーことでいいな?」
「も、もちろんです!」
「よし、じゃあちょっと形だけ取らせてもらうから貸してもらうぜ」
グロウスはそう言うと金色の魔剣を台の上に置き、ペンで形を模写し始める。手際の良さに目を奪われていると、いつの間にか目の前に金色の魔剣が差し出されていた。
「じゃ、また時間がある時に覗いてってくれ。出来上がってたら渡す」
「わかりました、よろしくお願いします!」
いろいろあったが、無事に鞘を作ってもらえることになり一安心する。
「初めは凄いビックリしましたけど……いい人でしたね」
「ああ、今度俺の剣も作ってもらおうか……」
店を出て、ルフトラグナは最初に聞いたグロウスの怒鳴り声を思い出して震え上がる。グランツは技術力の高さが充分わかったらしく、刃こぼれしかけている両刃剣を見て言った。
一安心はしたが、別の問題がある。このままここにいると、ルフトラグナが危ない。対抗するためにも、すぐにでも強くならなくてはならない。
そしてもう一つは…………。
「……セフィー、大丈夫……?」
「んぇ?! へ、何が?! へーきだよ!
うん! この指輪つけてからなんか身体が軽くなったっていうか!」
無理に明るく振る舞おうとしていることはすぐわかった。グロウスが言った、セフィーの余命。医者でもない鍛冶師が魔力の流れを見て言ったことなのでアテにはならないが……セフィーには心当たりがあるのだろう。
余命二ヶ月……その間、ベルは自分に何が出来るのか、笑顔を崩そうとしないセフィーを見ながら必死に考えるのだった。
 




