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いつか終わる世界

作者: ココロのD.N.A.

(注意)

ページを開いてくれてありがとうございます!

この物語には、途中で「視覚」と「聴覚」に関する場面がありますが

障がいや、障がい者に対する差別や偏見に基づくものではありませんので

完全なフィクションということをご理解のうえ、

ご覧になっていただけると幸いです。


いつか終わる世界


Ⅰ はじまり


 むかしむかしなのか今なのか、世界のどこかか誰かの夢か、はたまた絵本の中なのか、そんなどことも言えない場所。

そんなあるところに一人の青年がいました。名前を「ぼく」と言います。

「ぼく」が生きているこの場所は誰も人がいません。今はぼくひとりぼっちです。

ぼくは目がありますが何も見えません。耳がありますが何も聞こえないのです。

ぼくの口は言葉を発することはありません。ぼくは一人ぼっちなので言葉を発する必要もないのですが。

 ぼくが今住むこの世界は、ずっと誰もいなかったわけではありません。ぼくは生まれて来る時とてもたくさんの人に囲まれ愛されて生まれて来ました。ぼくはこの場所が大好きで、昼はこの世界のものみんなに囲まれて遊び、夜はみんなの夢を見ながら眠りにつきました。そのくらいぼくはみんなのことが大好きだったし、この場所もなくてはならない存在でした。ぼくは永遠を願いました。ぼくはこの毎日がこれからもずっと続くと思っていました。ぼくは大好きなこの場所でたくさん食べてたくさん遊んで、そうして世界は少しずつぼくの体を変えていきました。

 ある日ぼくはいつものように、世界の真ん中にある大きな樹の枝からぶら下がる、小さなブランコに乗って遊んでいました。ぼくはそのブランコに乗って遊ぶのが一番好きでした。ぼくはふと、このブランコを漕いだ時にそのてっぺんから見えるいつもの景色が少し違っていると思いました。ぼくは樹に言いました。

「ねえ、いつもと何か違うよ。いつもと同じ景色を見せてよ。」

すると樹はぼくに話し始めました。

「いつもと違う?いったい何が違うんですか?」

ぼくは続けました。

「何だかわからない。でも何かいつもと世界が違う気がするんだ。」

「世界が違う?私はあなたが生まれるよりもっと昔から、ここでこうやって世界を眺めていますが、何も変わったことはありませんよ。何も変わらない、いつも通りの世界です。」

ぼくはすこしずつ不安になっていきました。

「なんだか落ち着かないよ。ねえ、おかしいと思わない?ブランコを漕いだときのてっぺんの高さがいつもより低いのかなあ。いつもみたいにもっと高くまでブランコを振ってよ。」

樹は言いました。

「いいえ、ブランコはいつも通りの高さですよ。ブランコも世界もいつもと何も変わらない。そして今日もいい一日だ。」

樹はそう言って空を見上げました。ぼくはそんな樹の態度を疑問に思いながら、一人でみんなのもとに帰りました。家路につく途中、ぼくはとても綺麗なガラスの玉を見つけました。それを家に持ち帰って、その吸い込まれそうなほどの綺麗さに、ぼくは夢中になっていつまでもそれを眺めていました。

 それからどれくらいの時間が経ったでしょう。何度目かの眠りの後、ぼくはあの樹のことを夢に見ました。ぼくは久しぶりにブランコに乗りたくなって樹のもとへと行きました。

「やあ、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

その時ぼくは、ふと、あの大きかった樹が小さくしぼんでいて、ブランコも乗れないくらいに小さくなっていることに気が付きました。

「やっぱり!あの時何かおかしいと思ったんだ!きみはとても小さく色褪せてしまっているよ!」

「いいえ、私は何も変わりませんよ。ぼくがはじめてここへ来た時からずっと。私も、ブランコも、はじめに出来た時から今までずっとこのままです。」

「そんなことないよ!君は今はとっても小さくなっちゃった。もうそれじゃあブランコにも乗れないよ!」

ぼくは大好きだったブランコ遊びが出来なくなったことでとても辛くなり、悲しい気持ちになってしまいました。

他にも大好きだった人や物たち、場所が、自分の知らないうちに、形を変えていってしまうような、そんなことを考えてとても怖くなってしまいました。

ぼくは、寝ているうちに世界が変わっていってしまっていることを感じました。

ぼくはぼくのままで、このままの日々がずっと続いてゆく。そう思っていたぼくにとって、それは受け入れることのできない、あってはならないことでした。

「そんな世界なんて、何も見たくない・・・!」

ぼくは世界に目を閉じ、物を食べることも忘れて、一日中部屋の中に閉じこもりました。あまりに長い間、そうやって目を閉じ、何も見ないようにしていたので、それを見ていて怒った神様がやってきて、「何も見ないのならその目は必要ないだろう。」といってぼくから視力を奪っていきました。

それでもぼくは目を開こうともせず、部屋に閉じこもったままだったので、見かねた神様がまたやってきて、「もし、今、目を開いて世界をまた見ようとするなら、お前から奪った視力を返してやろう。」とぼくに話しかけましたが、ぼくは一生懸命に耳をふさぎ、神様の話を聞かないようにしていたので、今度は神様はぼくから聴力までをも奪ってゆきました。

 光も音も奪われたぼくは、外の世界から自分を閉ざし、一日中眠り続け、とうとう夢の中に現実を探そうとし始めました。夢に落ち、夢の中だけに生きるぼくにとって、その夢こそが現実でありすべてでした。

夢の中では何でも自由にすることができました。思い通りにならなかったこともすべて自分の思ったようにできました。

あの時言えなかった言葉

過ごせなかった時間

生きれなかった場所

夢の中なら何でも自由にすることができました。

そして大好きだった、あの小さくなってしまったブランコで大人になってもずっと遊び続けることも。

みんなに囲まれていた、自分の好きなものばかりに囲まれていたあの頃に戻りたい。そう思う心が強くなればなるほど、ぼくは夢の奥底に向かって行こうとしました。

これには神様も困ってしまいました。神様はぼくから視力も聴力も奪ったように言っていましたが、本当は奪っていなかったのです。まだぼくは見ることもできるし聞くこともできるのです。しかし、早くから見ることも聞くこともやめていたぼくはそのことに気付くことができなかったのです。神様はぼくに、わざとそうやって嘘をついて、世界にもう一度自分を開かせようとしたのですが、それが余計にぼくと世界を遠ざけることになってしまい、自分の思惑が外れて頭を抱えてしまいました。

ぼくがそうやって夢に落ちている間に、今度は本当に世界はどんどん変わっていってしまいました。ぼくの母親も父親もほかの人たちも花も木もすべて、僕の周りにいた人たちは一人ずつ、順番に、この世界からいなくなってしまいました。どこか遠い、本当にあるのかないのかわからないような、そんな言い伝えの世界へ、人々は大きな海を渡り、草や木は土の中に潜ってみんな行ってしまったのです。

そしてついにぼくは誰もいない世界で何も見えず何も聞こえなくなってしまいました。ぼくが生きているこの場所は誰も人がいません。ぼくは目がありますが何も見えません。耳がありますがもう何も聞こえないのです。

ぼくはこの世界の中で独りぼっちになってしまいました。


Ⅱ いつか終わる世界


それからぼくはずっと眠り続けました。夢の中ではいつも大切な人たちが自分に優しくしてくれました。目を覚ませば誰もいない世界ですが、夢の中にはみんながいました。幼い日々の自分、若かった父と母、まだぼくを抱きかかえられるほどの元気のある祖父と祖母、ぼくを乗せて揺れるブランコと大樹、その中でずっと続くと思っていた日々。

ぼくの求めていたものすべてが、そこにはありました。僕はこの世のすべてを忘れてのめりこみましたが、夢の世界をいくら抱きしめようとしても、ぼくはあとひとつのところで満たされない思いがありました。ぼくは夢を追いかけましたが、夢はぼくに振り向いてはくれません。ぼくがいくら話しかけても夢は僕に話しかけてくることはなかったのです。

しかし夢から覚めても誰もいないので僕はやはりその満たされない夢の中に安らぎを、自分を抱きしめてくれる人を探しました。

しかし、分かっていたことですが、いくら優しい母親が抱いてくれても、それは結局本当の母親ではないのです。自分がこうあってほしいと作り上げた都合のよい姿の母親なのです。ぼくが求めていたのは本当の優しさ、ぬくもり、自分への愛情。一方通行ではない、お互いが交わしあう会話なのでした。自分に話しかけてくれる誰かなのでした。自分を愛してくれる誰かなのでした。

そうやっていくら寝ても、そんなものには巡り合えません。

しかし起きれば誰もいない空しい世界があるだけ。

ぼくは涙をこぼしました。泣き疲れたぼくが、ベットヘまた横たわった時、ぼくはふと、部屋の隅に転がる、一つのひび割れたガラス玉を見つけました。

それはいつか昔、ぼくが大好きなブランコで遊んだ帰り道に見つけたものでした。その時とても綺麗でその美しさに夢中になったガラス球も、今は薄汚れて部屋の隅に転がっているただのひび割れたガラスになっているだけでした。すっかり変わってしまったそのガラス玉を見て、ぼくはもう自分が子供ではないことに気づきました。

どれだけ泣いても、もうここには自分を見てくれる人は誰もいない。

ぼくは誰もいなくなったこの世界で、ひとりで生きる決心をしました。


いつも一緒に生きていると思っていた。

ずっと一緒だと思っていた。

でも人はいつもひとりで生まれ、ひとりで生き、ひとりで死んでゆく

でも、その周りには、同じ道を歩むたくさんの仲間がいるのよ。

だからあなたは一人じゃないわ。


いつかまだ幼かったぼくに母親が言ってくれた言葉でした。夢の中の母親はとても優しかったですが、そんな言葉は一度も言ってくれませんでした。

 ぼくはもう過去を追い求めなくなりました。覚悟を決めたその日から、もう僕は夢を見なくなりました。思いを断ち切り、懐かしかった世界に別れを告げて、ようやく誰もいなくなったこれからを生きはじめる決心がつきました。

そんなぼくがいつか大人になりかけた頃、ぼくはまた、懐かしい景色の夢を見ました。

そこではいつもぼくを迎えてくれた人や、ぼくが好きだったあの光景が、あの日のままでそこにありました。


若い日の父と母

ぼくを抱きかかえる祖父と祖母

大きな樹とその枝に揺れるブランコ


夢の景色は少しずつ色を変えていきます。


年老いた父と母

もうここにはいない祖父と祖母

小さくなってしまったブランコと樹

大きくなったぼく。


ぼくは夢から覚めました。もう祖父や祖母の腕のぬくもりはありません。

夢から覚めたぼくは、久しぶりに見た夢の中で、なくしてしまった大切なものたちと過ごしてとっても懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

ですがもうあの頃に戻りたいとは思いませんでした。

ぼくは夢から覚めてひとつ、覚悟を決めたあの日にはわからなかったことがわかりました。


誰しもなくしたくはない大切なものがある。

でもそれは、時の流れの中にうばわれてしまうこともある。

それは大人になる以上仕方のないこと。

それが大人になることだと思っていた。

でもそれは違う。

人は何かを無くした時に大人になるのではない。どうしても失いたくない何かを無くしたことを、それを受け入れることができた時に、人は本当に大人になれる。


少年だった世界は終わり、ぼくは次の世界へ進む準備をします。ぼくの体はとっくにその準備ができていました。あとはぼく次第です。

過去に別れた人たちとはもう会えないかもしれない。でも、自分の世界から出て、自分の力で歩き始めたぼくなら、いつか見たこともない場所で、会ったことのない誰かに会えるかもしれない。

ぼくは人を求め、次の世界に渡り、そうしていくつもの世界を回って、いつか自分の物語を終わらせる、本当の最後の世界へとたどり着きます。そのためにぼくはこれからを懸け、生き続けます。ぼくも誰もいなくなったこの世界には、また新しい誰かがやってくるでしょう。そうして世界は続いていきます。でも、この話はこれで終わりです。

ある晴れた日の朝、僕はひとり分が乗れるだけの船に、持ちきれるだけの荷物を積み込みます。

新しい世界へと帆を揚げたぼくの手には、ぴかぴかに磨かれたひび割れたガラス玉が持たれていました。


めでたしめでたし


読んでいただき、ありがとうございました。

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