第一章 四話 和平と策略と改革
そうして後世に語り継がれることになる戦争の幕が切って落とされた。(とはいうものの、共和国側からしたら形式を整えるだけの作業的な意味合いが強く、戦いの様子自体は苛烈なものではない。)そうはいっても、魔術での攻防戦は4週間にわたり続いた。そしてついに、魔道王国は最後まで抵抗し続けた共和国の市民団体本部を抑え、安全に水門建設を履行するためという名目でそのまま共駐留し、この一連の出来事を鎮静化させた。かに見えた。
ところがここで一転して、今度は聖王国(正式名称:聖ポルトブエレ王国。共和国の南に位置する国)が先の戦争は魔道国側の過剰防衛であり、そもそも水門建設であれば同じく運河の権利を有する聖王国には、事前通達ではなく交渉のテーブルを用意するべきである。これ以上共和国に駐留する気であれば、これを侵略行為ととらえ周辺国と同盟を結び連合軍を結集すると訴えたのだ。
駐留を続けることで今後の交渉を有利に進めようと画策していた魔道王国側側にしてみれば出ばなをくじかれた形である。しかし、国際的緊張感の高まりを危惧し、共和国との対等な和平と、この和平会議に調停役兼公平な証人として周辺国の同席を呼び掛けた。
一連の件を穏便に抑えるため、魔道国は、威嚇射撃や駐留などは国の意向ではなく、当時の軍関係者計三名による独断によるものであるとの立場をとり、迅速に軍法会議にかけ厳正な処罰を下すとした。
加えて、以前から周辺国から問題視されていた国の支出が軍事費に偏りすぎていること(これに関しては魔術研究の費用を軍事費として一括して計上したことがそもそもの原因だが)に対し先手を打つ形で、軍の縮小と軍事費の削減、削減した予算は教育費などにあてることを表明した。これに対して、共和国は、全面同意し調印を済ませようとした。
しかし、おもむろに挙手したのは同席した聖王国含む周辺国の面々。彼らは突如、魔道王国は魔術技術を周辺国に提供するべきであると訴えた。
表向きの理由は、この争いがここまでの事態に発展したのは魔獣とそれらを引く寄せる魔術の性質であり、これらをより深く解明することは恒久的平和のためには必要不可欠とのことだったが、要は大陸屈指の魔術知識をもつ王国からちょうどいい機会だから取れるものは取っておこうという打算に他ならない。
王国側は、この提案をなかなか飲めずにいると「まってました」とばかりに聖王国からある提案が出てきた。
それは、魔術師の素質をもつ生徒間での共同研究、対魔獣を想定した合同練習、対人戦、そしてその年間成果を世界に示し魔術の人道的発展に尽力する大規模な催し物を開くというもの。
直接国が魔導書などを提供しなくていい点、何かあっても生徒、学園に責任の所在がある点などを評価し国はこれを了承。
細部の取り決めなどについてはまた別日に国の使者をたて包括的に規約を作ること、国際組織を創設することで各国は納得し、和平会議は無事閉幕。
この一連の出来事での影響は思ったよりもデカかった。
まず、軍事費をカットし代わりに教育費に充て、並びに軍の規模を縮小するとのことだったが、これは単に軍事費に計上していた魔術の研究費(魔術の研究家や国お抱えの魔術師に対する支援)などを魔術学院などに対する援助、軍で働いていた魔術師を魔術講師として魔術学園に登用させたり、はたまた国立魔術学校の新設(初等部・中等部を含む)の費用に充てた。
さらに国防面で見てみると客観的な数として軍人はたしかに減った。が、魔術教育の拡充を図ったことにより、いざという時に戦力になる魔術師が以前より増えることが十分予期され、長期的に見れば何の問題もないのであった。(あの和平会議で真っ先に本国から軍事費カットなど言いだしたことからこの構想はすでにあったのだろう)
何も変わっていないどころかむしろ、魔術、魔法は身に着けていると将来役に立つ専門的なスキルから、手厚すぎる教育改革により義務、必須レベルになったのである。
ますます俺を取り巻く事態は悪化している。それも日がたつにつれ着実に。
『摩擦』をどう固有魔法まで昇華させればいいんだ…。固有魔法なんて大それたものでなくとも使えるようにはなっておかないと。
大魔道図書を最近訪れてみたが、『摩擦』を取り扱う書物、魔導書の類はやはり一冊もなかった。今度は暇をつぶす必要もないので滞在時間はものの数分だった。退館時、俺の顔を覚えていたのであろう図書館司書の人と目が合った。同情するような目線に胸がチクりとした。