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天使は三度死んだ

作者: ハル

世に溢れる異世界転生へのアンチテーゼ的作品です。ご注意ください。

「またですか。転生したい人が?」

「はい」

 俺は舌打ちした。今日だけで何人目だ。最近、異世界転生が流行ってるとかで、今の生活を捨てて転生窓口へ来る輩が多いのだ。今日もまた、目を輝かせて小汚いおっさんが来た。

「じゃあ、これで」俺が、転生先の詳細を書いた紙を渡す。案の定、不満を言ってきたので俺は、「蛆虫とかハリガネムシに転生してもおかしくないんだから人間に転生出来るだけマシなんですよ」と何十分もかけて説明する事になった。それでも駄々をこねると、警備を呼んで糞虫に転生させるぞと脅すと、みんなしょんぼりして、転生を甘んじる。

 ある日。俺はとうとう心労でぶっ倒れて、そのままぽっくりいってしまった。

 いうなれば、死だ。全く、死後関係の職に就いてるのに、また死ぬとは自分でも驚きだ。「情けないではないですか、天使タロウエル」

 上司に呼び出され、俺は平謝りをした。

「本当にすみません。……ですがね、異世界なんてくだらないものに憧れる人間が多すぎるんですよ」

 俺は死んで頭がおかしくなっていたのか、つい上司に仕事の不満を漏らしてしまった。上司の瞳が、眼鏡の奥で妖しく光る。

「それじゃあ、タロウエル」

タロウエルとは俺の天界名だ。恰好悪いが本名が太郎だからどうしようもなかった。

「貴方に崇高な仕事を与えようと思うのですが。これは神直々の命令です」

「何でしょう、ミカエル様」嫌な予感を抱きながらも、訊ねるしかない。

「要は、生きている人間共に、転生の辛さを判らせれば良いのです」

 上司がニコニコ、天使の微笑みで俺を見る。

「私の知り合いに、現世で作家をしている日本人がいて、彼が結構売れっ子でね。異世界転生のリアルというものを、彼に執筆させようと思うんですよ。ですが、彼を殺して異世界転生を書けと言うのも酷でしょう? 誰かが異世界転生を体験して、それを彼に口頭で伝えるのが良いかな、と思っててね。そんな折、君が丁度良くお亡くなりになったものだから、これは良いなと。神様の思し召しだな、運命だなと。ですからタロウエルには是非とも、と思うんですが。如何でしょうか」

 如何でしょうか、というのは、やれという意味だった。俺はカタカタとポンコツロボットのように頷いた。

「それは良かった。異世界転生の辛さを伝える為に、君を、うんと辛い場所に送ろうと思うんです。勿論、死なない程度にね」

「は、はあ」

「大丈夫、サポートはつけますから。初心者だと右も左もわからないだろうし。それで頃合いを見て、天界へ引き上げますから、安心して下さい」

「それは、俺じゃないとまずい案件、なんですよね」駄目元で尋ねる。

「だって君、日本人でしょ? 転生したがるの日本人くらいだよ。そもそもラノベは二次元の女の子が表紙になってる。あれを描けるのは日本人だけだ。自分の国の事なんだから、この仕事は日本人がやるべきだろう? そうだろ?」

 俺はまたロボットのように頷いた。

 そんな訳で俺は、反吐が出る異世界転生の主役に仕立て上げられた。何て嫌な世の中だ。あの世もこの世も世知辛い。

 

 そんな訳で、異世界のゲートをくぐる。

 まず、泥臭い道端に俺は、落下し、前歯を折った。口の中が泥と血で臭い。俺は複雑だった。こんな苦痛は嫌だと思いつつ、転生したがる馬鹿野郎共が減るなら良いかもしれないという気持ちもあった。

「どうもサポートの天使です」

 上を見上げると、小汚い半裸の、小型のおっさんが浮かんでいた。その瞬間に早くも俺は、もうこんな世界嫌だというメーターが振り切れたのを感じた。

「天使。チェンジだ」

「えっ?」

「その容姿はないだろ。せめて綺麗な女性であってくれないか」

「それは、オイラの立場からは何とも言えませんね。上の者と話してもらわないと」

 何がオイラだ。と、思いつつも仕方ないので天界通信用の糸電話を上空へ掲げた。糸は薄暗い曇り空へシュルシュルと伸びていき、五分ほどで天界と繋がった。

「ミカエル様に繋いでもらえますか?」

「はい、少々お待ち下さい」案内係りの女の声。少しして上司の声がした。

「やあ、着いたんだね。お元気?」

 俺は、サポート役の天使の容姿を変えてくれるよう頼んだ。答えはNO、だった。

「だって、それじゃダメでしょ」

「な、何がですか?」ぬかるんだ路を駆ける荷馬車に泥を引っかけられながら、俺は聞き返す。

「だって、可愛い女の子がいたら辛くないじゃん」

「御言葉ですがミカエル様。十分辛いです」

「ダメダメ。だって、転生を望んでる輩なんて、人生が詰んでるようなド底辺が多いんだから! 美少女と旅が出来るというだけで、後はもう全部プラスになっちゃうからね。却下です」

 プツリ。糸電話が切れる。自然と俺の目から涙が溢れた。涙はすぐに、汚い泥と混ざりあって穢れてしまった。

 まず、俺はこの世界がどういう所か知ろうと思った。サポートのおっさんは役立たずどころか、半日で嫌気がさして天界へ逃げ帰った。でも俺は清々したね、目立って街の不良に絡まれ、良い事がないからだ。

 俺の初期の所持品は煙草、ライター、スマホ、財布にハンカチ、ポケットティッシュ。その内、スマホは電波が届かないのでライトとして使えるだけの重たいゴミクズで、財布の中の金は日本円で役立たずだった。前歯が折れていても医者に払う金が無い。宿に泊まる金もなく、一日目は路肩で眠った。虫が多く、体中を刺された。俺は既に満身創痍だった。

 途方に暮れた俺は、とりあえず近くの川で体を洗う事にした。全裸で川に入る。その内、体に変なものがまとわりついてくる。スライムだった。スライムは俺を川に引きずりこもうとしていた。

 俺の悲鳴を聞き付け、町の人間たちがわらわらと川の土手に寄ってくる

「たっ、助けっ。たっ」

 口に水だかスライムだかが入り込み、言葉が出ない。霞む視界に映るのは、安全な場所から俺を指差し大嗤いする老若男女の塊。

 俺は結局、溺れずに済んだ。通りかかった剣士風の男に助け出されたからだ。剣士はスライムなど屁でもないようで、呪文を唱えて川のスライムを一掃していた。

「わあ、勇者様だァ」多少は可愛い街の村娘たちが、媚びた視線をその男に向ける。俺に向けられていた蔑視とは大違いだ。俺は勇者に感謝しながらも、心の中では舌打ちをしていた。そう、異世界転生をしたところで、主役になれる訳ではないのだ。

 勇者はこの世界では学業優秀、運動神経抜群のエリート君のみが成れる職種のようで、街の高級宿に勇者価格で安く泊まったらしい。一方の俺は、相変わらず金が無い。

「働かせてもらえませんか」

 三流の宿屋の裏口へ入るなり、頭を下げる。ちゃんとした宿や武器屋には門前払いを食らい、入る事すらできなかった。

「おたく見た所、異世界から来た人だろ」

 麻の服を着た、疲弊した顔の男が俺を胡散臭そうに見つめた。

「残念だが、ここいらじゃ異世界人は雇ってもらえねえよ」

「そんな。何でですか」

「異世界転生があまりに多いもんで、元々住んでいた人の職を奪いかねない。って事で、数年前に法令が出来たんだよ。国の許可なく異世界人を雇うのは重罪だ。お縄になるのは御免だよ」

「それじゃ、俺はどうすれば良いんでしょうか」

「知らないよ。役所にでも行って、身分証でも作ればどうだ?身分証がある人なら、正規の所で雇ってもらえるよ」

 俺は男に礼を言い、役所を探しに街を放浪した。

 役所は辺鄙な所にあって、看板もいい加減で、着くのに二時間以上かかった。

 役所に着くなり、屈強な警備員に俺は止められた。異世界人だと説明すると、白い目で見られる。

「そっちだ」

 俺はゴミのような扱いを受けつつも、何とか異世界人用窓口へたどり着いた。

 それから十分ほど待たされ、ようやく受付のお姉さんがやってくる。俺が異世界人だと分かると、造り笑いすら浮かべる必要もないとばかりに時化た表情になった。

「それで?今日はどういった相談ですかあ?」

 なんという態度だろう。足を机に投げ出しててもおかしくない口ぶりだ。俺は苛々しながら言った。

「ここで身分証が作れるって聞いたんですが?」

「ああ、身分証ね。誰か保証人とかいます?」

「いえ」

「じゃあ、ちょっと難しいですねえ。ちゃんと身分を保証してくれないと、そう簡単に作れないんですよ」

「あのねえ。異世界から来たんだから、保証人なんている訳ないだろっ!」

 俺は力任せに机を思い切り叩いた。憎たらしい、眼前の女の首をへし折りたくなった。女は危険を察知したらしく警備員を呼んだ。俺は逃げた。

 へとへとになりながら、薄汚れた街角の路地に座り込む。俺は、うんざりしていた。もう詰んでるじゃないか。異世界人差別だ。不当だ。もう良いじゃないか。十日いようが二十日いようが、今の事態は良化しないのが目に見えている。

 微かに、絹を裂くような女の悲鳴。俺は、声のする路地裏の奥へ歩いていった。段々と、声が大きくなる。

「やめて下さい」

「へへっ、良いじゃないか」

 なんという事だろう。絵に描いたように、不良数名に襲われている町娘。丁度良い。ここが俺の見せ場な筈だ。

「やめろっ」

 俺は勇ましく姿を現す。しかし、不良や娘の目には、汚らしい男が飛び出してきたようにしか見えなかっただろう。

「何だお前は。きったねえな。異世界人か?」

 ぎくり。そうだとも言えず、「その子を離せッ」という陳腐な台詞で誤魔化した。

「へっ。異世界人如きが、俺達に勝てんのかよ」

 男がヘラヘラと笑った。俺は何か無いかと懐を弄る。冷たい金属の感触が指に触れた。

「これを見ろ」俺はライターを取り出す。

「何だそりゃ」不良たちが目を細めた。この世界にはライターが無いらしい。

「俺に近づくとコイツが火を吐くぜ」

 不良たちは顔を見合わせ、大笑いした。

「そんな小さな金属から、火が出るだと?出まかせを言うな」

 びびってくれ、と願いながら、俺はライターの歯車のアレを親指の腹で擦った。

ボッ。小さな着火音。そして、チロチロと、か細い火が路地裏に灯る。不良も町娘も呆気に取られた顔をしている。俺の首筋から嫌な汗が垂れた。

「まさか、そんなものが脅しになるとでも思ってんのか?」

 不良達は、ヘラヘラと笑い、人差し指を天へ向ける。すると、指先から煌々と輝く橙色の炎が飛び出した。

「こんなもん低級魔法だぜ、おっさん」

「こいつが元いた世界、よっぽど低レベルなんだろうな」

 不良達に馬鹿にされ、俺の意思より速く、右の拳が動いた。坊主の不良の顔面を、ゴン叩く。そいつは無様に倒れた。

「こいつ!」

 俺はタコ殴りにされた。一対一ならまだしも、大人数で勝てるほど腕っぷしは強くない。上司がもう少しマシな体を用意してくれていれば。

 俺が唯一ダメージを与えた不良がむくりと起き上がり、懐から何かを取り出す。ナイフだ、と思った時には、俺の腹にそれがめり込んでいた。俺はナイフで何度も何度も腹を刺された。町娘はいつの間にかいなくなっている。

「もう行こうぜ!」

 不良達が立ち去る音。俺は自身が造り出した、暖かい血だまりの中で伏せていた。視界がぼやけていく。町娘が助けを呼びに来る気配もない。

 チューチューとうるさい。

「ネズミかぁ」自分のものとも思えない声がした。

 そうか、あいつら、近くのゴミ捨て場に、たむろしていたな。俺はどうやら鼠に食われるらしい。だったら早いところ死んだほうが良いな。俺は歯を食い縛りながら、無理やり瞼を閉じた。



 という訳で、俺の異世界転生は散々な結果で終わった。しかし俺は誇らしかった。これだけ糞みたいな展開を味わえたのだから、後は偉い作家さんに本にしてもらって、世の中に蔓延る阿呆共の転生願望を粉々に砕いてもらえば良いのだ。

 俺は上司に紹介されたラノベ作家の元へ伺うと、転生の顛末を事細かに話した。作家は「一か月程で本になりますよ」と言ってくれた。俺は涙を堪えるので必死だった。

 二か月後。俺の転生体験が本になったと上司から連絡が来た。

「結構かかりましたね」転生希望者を粗方捌いた俺は、達成感に浸りながら、上司に返事をする。

「ほら、読むかい」

 上司が宙から一冊の本を取り出す。

「何々。タイトルは『もういい加減、転生はやめさせようじゃないの。と、神様に提案された』か。長い題名だな。ん?」

 俺は目を疑った。表紙に可愛い女の子がいるではないか。

「どういう事だ……」

 俺は嫌な予感を抱きながら、ページをペラペラとめくる。その予感は当たった。まず上司がボインのお姉さんになっていた。サポート役の天使は貧乳ツンデレ美少女で、俺はその子と苦節を共にしながら、最終的にはスマホ片手に異世界の勇者として君臨していた。

「何だこれは。ふざけるな」

 俺は本を叩きつけた。

「全然、苦労してないじゃないかッ。本の帯には『異世界転生のリアル! 女の子無し! 無双無し! さらばご都合天界!』なんて煽ってる癖に、内容は結局、可愛い子といちゃいちゃしながら『俺強ええええ!!』になってる。こんな事……あんまりだ。俺の苦労は、一体……」

「いやあ、私も苦情を入れたんだよ。『どうなってんの?』って。でもね、何だか読者のニーズと合わないらしくて、編集者から駄目だしを食らったようだよ。これじゃ売れないって。それで擦り合せていった結果が、その本らしい」

「でも煽りには、可愛い女の子は出てこないって」

「サポート役の子は天使だから、性別は『無』だろ。嘘はついてないよ」

「最後は無双してるじゃないですか」

「それは苦労して勝ち取った相応の対価だから。最初から無双してる訳じゃないよ?タロウエル、批判するならよく読んでからにしなさい」

 上司が能天気に俺を咎める。

「おいおい、タロウエル。どこへ行くんだ?」

「少し、一服してきます」

 俺はよろよろと部屋を出た。

 天界も禁煙化が進み、自由に喫煙すら出来なくなっている。下のフロアへ降りないと、喫煙所は無かった。白くクリーンな世界をぼーっと眺める。

 俺は心底、この世界が厭になった。


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