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バイク乗りの旅路

作者: 美川彼方

バイク乗りの出会う奇妙な物語


少し後味の残る、そんなおはなし

 山道をバイクが走っていた。今にも雨が降りそうな天気だ。

「まずいな、早く雨宿りをできるところ見つけないとずぶ濡れになってしまう」

 バイクの乗り手はそんなことを呟きながら視界の悪くなりつつある道を走る。

「おや、あれは……」

 乗り手の視界に小さな明かりがうつった。道から少し逸れた場所だ。

「行ってみるか」



「これは、雨宿りができそうだ」

 そこは山小屋だった。人がいるようだが頼んでみる価値はある。

 ちょうど雨が降り始めた。



「おやおやまあまあ、どうしたのこんなところに。早くお入りなさい、濡れてしまうわ」

 乗り手が玄関をノックすると中から出てきたおばあさんがそう言って迎え入れてくれた。


 中にはおじいさんがぶすっとした表情でお茶を飲んでいた。

「中に入れていただいてありがとうございます。バイク旅行中に雨に降られそうになってしまって」

「そうだったの。濡れる前でよかったわね。

 私たちにもあなたくらいの孫がいてね、ほっとけなかったのよ。孫が帰ってきたみたいだわ」

 おばあさんは嬉しそうにそう言った。

「ふんっ」

 おじいさんも満更ではなさそうな表情だ。

「失礼ですが、お孫さんは?」

 訊かずにはいられなかったのだろう。

「随分前に息子達と出て行ったわ。こんな山の中で生活はできない、不便だって言われてね」

 おばあさんは寂しそうに言った。

「そうでしたか」

「今ではおじいさんとふたりでのんびり暮らしているの。あなたもゆっくりとしていってね」

 おばあさんはにっこりとした笑顔を見せた。


 

 それから数日。

 バイク乗りはおじいさんおばあさんと生活をしていた。雨宿りだけのつもりが、寂しそうなふたりをみてなかなか出るタイミングを掴めないのだった。

「あなたが来てくれて、家の中が明るくなったわ。本当に昔に戻ったみたい」

 おばあさんは事あるごとにそう言っていた。


 


 それからまた数日が経ったある日。

 この辺りのものだという人たちに声をかけられた。

「君、あの小屋で暮らしているのかい?」

「ええ、おじいさんもおばあさんも良くしてくださいます」

「おじいさんとおばあさん……?まあいい、忠告をしておくが、あそこはその、昔あまり良くないことがあってね。早めに出ることをお勧めするよ」

 その人たちは、決して小屋には近づくことなく去っていった。



 バイクの乗り手はここでの生活を気に入ってしまって滞在を続けていた。

 ある日、頼まれていた食料調達を終え、小屋に戻ると異臭がしていた。

 鉄のような、そんな臭い。

「おじいさんおばあさん〜?戻りましたよ〜?」

 そう言いながら玄関を開けると。



 おじいさんが首を切って死んでいた。



「ひっ……!?」



 後ずさり尻餅をつく。

 その凄惨な光景から目が離せない。

 そして気がついた。


「…………おばあさんは?」



 バイク乗りはおじいさんを乗り越えて小屋に入った。

 居間ではおばあさんが滅多刺しにされてもっと酷い死に様を晒していた。



「どうして、こんな、ことが、、」



 バイク乗りはその場で意識を失った。

『その、昔良くないことがあってね……』

 そう言われたことが脳内を掠めた。




 気がつくと薄暗い小屋の中だった。

 さっきまで雨が降っていたのだろう、濡れた土の匂いがしていた。

「おじいさんとおばあさんは……」

 そう呟いて辺りを見回すと、居間の床にシミが残っているのがわかった。



「ええと、私は。雨宿りを、していて」

 状況を整理してみる。

「それで、いい感じの小屋があったから、入らせてもらって」

「………………」

「おじいさんとおばあさんって、なんだっけ……?」

 そこまで考え、壁に背中を預けた。

「なんだろう、凄く、酷いものを見たような気がする。同時に、凄く、幸せなものも」

 そう呟き、涙を流した。




 バイク乗りはまた、バイクにまたがった。

 目的だった雨宿りを終え、先に進む。

 立ち寄った麓の村でふと、こんなことを言われた。

「あなたが通ってきた山の中腹に、小さな山小屋があるのだけど。昔はね、そこにおじいさんとおばあさんがお子さんとお孫さんと暮らしていたの。とてもいい人だった。

 でも、お子さんがお孫さんを連れて出ていってしまってからね、少しおかしくなってしまって。

 たまに様子を見に行くと、何もいない空間を見ながら孫が今こんなことをしている、可愛いでしょう、なんてことを話されていたの。

 そして最後は、おじいさんがおばあさんを殺して、おじいさんも自殺してしまった。

 そんなことがあって、あそこはもう誰も立ち寄ることすらしなくなってしまったの……」

「あら、私なんでこんなことを話してしまったのかしら。もう忘れたい話なのに……。ごめんなさいね、こんな話をしてしまって」

 話してくれたおばさんはバツの悪そうな顔をして去っていった。




 ひとりになったバイク乗りはまた、走り続けた。しばらく、涙を流しながら。

 どうしてそんなに泣きたい気分なのかは分からないがとにかく悲しく、寂しかったのだ。



 少し経つと、涙も止まり。



 バイク乗りはまた、バイクを走らせ続ける。


 あてもなく、ただひたすら、道の続く限り。




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