悪役令嬢の恋心
悪役令嬢の恋心のお話
私、婚約破棄されてきますわ。
「カサンドラ・アルトワ!貴様との婚約は破棄させてもらう!そして今ここで、僕の愛しいアネット・ヴェルジーとの婚約を宣言する!」
王家主催のダンスパーティーで、いきなり私にそう突きつけるのはアンドリュー・フィリップ王太子殿下。…まあ、そうなりますわよね。だって私、悪役令嬢ですもの。
はじめまして、ご機嫌よう。私、カサンドラ・アルトワと申しますわ。公爵令嬢ですの。そしてこの乙女ゲームの世界の悪役令嬢ですわ。
私、前世で必死にこのゲームでの推しを追いかけて、創作活動などを続けてきましたの。マイナージャンルのマイナーキャラでしたから反響は小さかったのですけれど、とても楽しかったですわ。そして、それを見た異世界の神さまに気に入られ、推しキャラの一番近くに転生させていただきましたの。
「承知いたしました」
えっ、という顔をするリリアンヌ様と殿下。私が何か言ってくると思っていたのね。残念ですが、私、むしろこの時を待っていましたの。
「ま、待て、貴様の断罪を…」
「婚約者として至らなかった私を身分剥奪の上国外追放されるのでしょう?」
またえっ、て表情。仮にも王太子殿下とその婚約者がしていい表情ではありませんわよ。
「そ、そうだ。だが貴様が婚約者として至らなかったからだけではなく、ここにいるアンへの嫌がらせの結果だ!」
「そうです!最後に一言謝ってください!」
「あら、それはごめんあそばせ。私、欲しいもののためには手段は選びませんの」
「ふん!その結果欲しかった僕からの愛を失うとは、なんとも皮肉なものだな!」
「勘違いしないでくださいませ」
私は静かに怒る。感情の起伏に合わせて氷魔法が発動し、文字通り周りの空気が凍る。
「私が欲しかったのは浮気者の貴方からの軽い愛などではありませんわ。もっと、重く、深い愛ですわ。あと、一つ言っておくと、公爵令嬢がたかだか男爵令嬢を虐めたところで何の問題にもなりませんわ。私はただ、貴方方の断罪という茶番に乗った方が都合がいいからそうしたまでですわ」
「なっ…な、」
あの尻軽王太子が口を開く前に終わりにする。
「では身分剥奪された私はもう貴族ではありませんので、これで失礼致しますわ」
「ちょっとま…」
「それでは皆様、ご機嫌よう」
最後に綺麗にカーテシーを決め、お城を後にする。屋敷に帰るとすぐに、いつ婚約破棄されてもいいよう元々用意していた荷物を持って従者を一人だけ連れて隣国のど田舎へ向かう。両親と弟に挨拶?必要ない。私達に家族愛などない。あったのは冷えた利害関係。ああ、もちろん馬車は私が手配したもので、私の貯金で雇った。これで挨拶もせずに旅立つ不義理は許してほしい。向こうはここと違って暖かいらしい。私の氷魔法も、少しは役に立つかしら。
「やりましたね、お嬢様!」
「ええ、やったわ、リュド!」
私とリュドは馬車の中でハイタッチする。テンションあげあげですわ。リュドは私の執事で平民。そして、恋人。
「これでお嬢様も晴れて平民、俺達、大手を振って結婚できますね!」
「私達、これで幸せになれるわね!」
私とリュドの懐には、それぞれがこの日のために幼い頃から貯めてきた貯蓄がある。私の貯蓄だけでも、平民として清く正しく慎ましやかに暮らしていくなら、十年は働かなくても暮らせる。リュドの貯蓄も、新しい生活環境を整えるには充分過ぎるものだ。
「あのいけ好かないアンってヒロイン…男爵令嬢と、ばか王太子は今頃勝手なことをしてと国王陛下からお叱りを受けているでしょうね」
「それによってばか王太子は王太子の座から引き摺り下ろされ、第二王子殿下が王太子になられるでしょう」
「あのアンって男爵令嬢とばか王太子は王命で無理矢理結婚させられるでしょうね」
「不幸な結婚は目に見えていますね」
クスクスと二人で笑い合う。ああ、本当に面白いほど上手くいきましたわ。
「公爵家…お嬢様を邪魔者扱いした忌々しいアルトワ家も、今回の婚約破棄騒動で大分弱体化するでしょう」
「邪魔者扱いだけなら、迷惑をかけないように動いてあげたんだけど…虐待までされたらねえ…」
「ええ、本当に…赦せません」
リュドの目が紅く光る。まずい。
「リュド、落ち着いて、ここにあの人達はいないわ」
リュドがはっとして魔力を抑える。
「そうですね、すみません。それよりも、俺達のこれからの明るい未来について考えましょう」
「ええ、そうね。愛してるわ、リュド」
「愛しています、カシー」
ー…
あれから数年後。私達は三男五女の子供達に囲まれて、慎ましくも幸せに暮らしています。
「幸せね、リュド」
「幸せですね、カシー」
「ねえ、どうしてお父さんはお母さんに敬語なのー?」
「それはね、カシーが俺の心を救ってくれた愛しい人だからだよ」
「どういうことー?」
「俺はね、この紅い瞳のせいでそれはもう酷い扱いを受けていたんだ。奴隷だったんだよ。それをカシーが、可哀想に思って、お金を払って引き取ってくれて、愛情たっぷりに接してくれたんだ」
「お母さん正義のヒーローみたーい!」
「あらあら、うふふ。お母さんはただ、お父さんに一目惚れしただけよ」
これだけは嘘。本当は、前世からずっと好きでした。
「お母さんラブラブー!」
「お父さんラブラブー!」
「…俺にこんな素敵な家庭を持たせてくれてありがとう、カシー」
「私こそ、こんな素敵な家庭を持てて幸せだわ。ありがとう、リュド」
前世からの愛を貫く。それも一つの選択肢ですわ。
悪役令嬢は幸せになりました