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翌日の朝のことです。
わたしはいつものように目の前をふわふわと飛びまわるパンを片目にぼっちゃまにミルクを飲ませていました。ずんぐりとした丸パンに薄くスライスしたバゲットの羽が2枚ついています。どうやら今日は小鳥さん仕様のようです。ときおりミルクピッチャーに降りてきては牛乳をちゃぷちゃぷつついています。むだに高い完成度……。わたしはちょうちょよりこっちのほうが好みです。
「おはようございますっ!」
庭のほうから大声がして、わたしとロボットたちはいっせいにそちらをみました。ロボットたちのセンサーは全方位聞こえるようになっているはずですが、かれらは必要以上に人間らしく作ってあります。ユーザーが親近感を抱きやすいような設計しておくとよく売れるとかなんとか。とにかく、そういうわけでテーブルナプキン補充ロボットが窓を開けに行きました。
「おはようございます、おきゃくさま。なにかごようでございましょうか」
みれば牛乳配達の少年でした。いつもは学校のはじまる前に仕事をしているようですが今日はわりとぎりぎりなはず。というか、牛乳はすでに食卓に乗っています。さっきからパンの小鳥がつついていますから。
「あの……あの……おれ、みんなに聞いてこいって言われて……」
「はあ」
「工事が中止になるってほんとうですか?」
「いや、知りませんが」
わたしは旦那さまをふりかえりました。旦那さまは黙って新聞を置き、少年のほうをみました。少年が小さく悲鳴をあげてのけぞります。そうですよね。見た目は悪魔ですもんね。
「旦那さま、工事が中止になるってほんとうですか?」
「さあ。わたしは寡聞にして存じ上げません」
「だそうですよ」
「……で、でもあれ……あの遺跡……」
「遺跡?」
「森から遺跡が出たんです」
「はい?」
「だーかーら、遺跡です! ストーンヘンジとパンテオン神殿と始皇帝陵とマチュピチュとアンコールワットを足して割らなかったみたいなわけわからない古代遺跡が森から出てきたんですってば!」
……それは確かにわけがわかりません。
「じいちゃんが、あれは旦那さまからのご寄付だっていってて……」
「旦那さま、なにかご存知ですか」
「ああ、あれですか」
旦那さまは事も無げにうなずくと、わたしのほうをみていいました。
「あなたが応募した懸賞です。3等の古代遺跡に当選しましたというハガキが来ていましたよ。確か通販の箱といっしょにお渡ししたはずですが」
ならばきっと昨日ぼっちゃまが粉々にしたダンボールのなかにそのハガキも紛れこんでいたのでしょう。わたしはハガキをみた覚えがありませんがダンボールの底を確かめた覚えもありませんから。カタログに書いてあった案内はかろうじて覚えています。
3等:古代遺跡(お住まいの惑星にあわせてお選びいただけます)
……選んだ記憶はないんですけれども。
そして、お住まいの惑星にあわせてってまさかその惑星の代表的な古代遺跡を適当にミックスしてという意味だったんでしょうか。
「懸賞ですからね。選べるといっても既製商品のなかからでしょうし、地球の環境条件に適合するものがなかったから適当に調整してくれたんでしょう」
まあ、懸賞の景品に文句をつけるのもおとなげないような気はしますが。
「よかったじゃないですか。古代遺跡が出たとなればここは保護地区に指定されるでしょう」
「てことは、工事はなくなるんですか?」
「おそらくは」
「すごい! ありがとうございます!!」
みんなに知らせてきます! と止める間もなく駆け出していった少年を見送って、旦那さまはいいました。
「どうしますか? あの遺跡はあなたのものになりますが、置いておく場所もありませんし里に寄付するのがいいのではないかと思うのですが」
「どうするもなにも、もらっても困ります。というか、ふつうの人間には動かせないでしょうから寄付する以外ないじゃないですか」
まさか遺跡をもって引越しするとか言わないですよね……よね?
「それでは里の人には差し上げますとお話ししておきますね」
かくして、ハイウェイバイパス建設工事は中止になり、旦那さまのお引越しも取りやめとなったのでした。
おしまい。