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 翌日もわたしはぼっちゃまを連れてお散歩に出かけました。


 里の広場にはたくさんの人々が集まってバイパス工事反対のプラカードを掲げています。ジュースやらサンドイッチやら、集まった人々を相手に商売をする人たちまでやってきてずいぶんとにぎわっているようです。


 曜日という概念が喪失しているため人によっては毎日が日曜日です。通勤電車とか二十四時間営業とかブラック企業とか残業手当とかそういう概念もありません。食べ物は時期が来たら実ります。実らなければ狩りに行きます。あるものはあるしないものはない。とてもシンプル。絶滅危惧種として保護されていることからくる余裕でしょうか。一部の活動的な人々には自立心が足りないだの生物としても尊厳を放棄しているだのと不評な風潮ですがわたしはこののんびりとした生活が嫌いではありません。


「あぅあぅ」


 ぼっちゃまの視線を追いかけてみると人垣のうしろのほうには木箱をひっくり返した台のうえでボードゲームに興じるおとなたちがいます。


「ゲームがきになるんですか?」


「あぅ」


「あっ、ぼっちゃま! それはやったらダメです!」


 ぼっちゃまが手を伸ばすと廃材を削って作ったと思しき駒がふわりと宙に浮かび上がります。つくりは大雑把ですがクマを模していてなかなか味のあるたたずまい。まあ、ぼっちゃまはつみきの四角と三角の区別もまだつかないようなお年頃なので単純におとなが遊んでいるものがほしいだけなのでしょうが。


「おい、浮いてるぞ!」

「なんだって」

「ごまかそうったってそうはいかない」

「おまえベアーの駒をどこやった」

「ちがう、ちがうんだおれじゃない!」


 焦ったおじさんが辺りをキョロキョロ見回してベビーカーの上空に浮かんでいる木彫りのクマをみつけます。慌てて立ち上がろうとしたところで、


「「「うわっ!」」」


 ボードのうえに並んでいた駒たちがいっせいに浮かび上がります。


「ぼっちゃま、ダメです。お願いですからそれはやめてください」


「あぅ?」


 宙に浮いていたクマを捕まえてぼっちゃまに握らせ、他の駒たちがだれかに突撃していくまえにいそいでぜんぶ回収します。ベビーカーの荷物入れに入っていたブランケットを引っ張り出して虫捕りの要領で一網打尽にすると、ブランケットはまるで動物を生け捕りにしてあるみたいにどたばた騒ぎ出しました。


「すみません、お騒がせいたしまして」


 こういうときこそにこやかで友好的な笑顔がたいせつです。わたしは往生際悪く暴れまわっているブランケットをおじさんに差し出してさらなる笑顔で続けます。


「申し訳ございません、みなさまお忙しいときに。こちらお返しいたします」


 にっこり。ことばもなく後退るおじさんの手にブランケットごと押し付け、ベビーカーの荷物入れからわたしのおやつにしようと思って入れておいたクッキーの紙袋を取り出して念押しします。


「よかったらどうぞ。手作りなんです。お口にあうとよろしいのですが」


 作ってくれたのはロボットたちですが手作りに変わりありません。手で作れば手作りなのです。それが例えロボットの手であったとしても。


「お、おう……」


 引き気味のおじさんの手にしっかりと握らせて自分の両手はさっさと引っ込めベビーカーの押し手に装備します。賄賂は人生を円滑にするうえで基本中の基本です。


「あんた、樫の木館の……」


「はい。樫の木館でナニーを務めております。里のみなさまには旦那さまが平素より大変お世話になっていらっしゃるようで」


「あ、ああ……」


 雇用主の存在を思い出させることも重要です。なにしろ旦那さまの容姿は悪魔です。獅子の頭に不死鳥の翼に竜の尾です。……ちょっと盛りました。とにかく悪魔です。インパクトで右に出る方は地球人類にはいないでしょう。いたらそれは人間ではありません。それにこのあたりの大きな事業にはけっこうな割合で旦那さまが関与しています。なにしろ終末ですから。地球人類の産業はあらかた斜陽なのです。もっぱらオーバーロードの下請けです。この里の慈善事業に至っては8割が旦那さまの寄付で成り立っています。


「いやいやお世話になっているのはこちらのほうですよ」

「そうですそうです」

「どうぞよしなに」

「旦那さまによろしくお伝えください」


 かれらは口々にぼっちゃまにひれ伏して機嫌を取ります。


 今日も地球は平和です。




 かくしてハイウェイバイパス建設工事がはじまることになりました。


 工事開始の前日、わたしはベビーカーを押してぼっちゃまとふたり工事現場の見物に行きました。里の周囲を取り巻く森の入り口です。ショベルカーもブルドーザーも目にするのはひさしぶりです。最後にみたのは……前回わたしが死んだときですね。あまりいい思い出ではありません。


 あれからいろいろなことがありました。となりの村にクマが出没したりそれをぼっちゃまが退治してしまったりうっかりダムを決壊させてしまったのをロボットたちと必死になってごまかしたこともあります。通販で届いた鉢植えが育ちすぎて剪定が追いつかずブラックホールが発生してしまったこともいまとなってはいい思い出です。はじめは転生なんて冗談じゃないと思っていましたがふりかえってみればなんだか懐かしいきがしてきます。


「ぼっちゃま、わかりますか? あれが太古の昔にこの地球上に君臨していたというティラノサウルスという巨大な爬虫類です」


 最近は鳥類説が人気なようですがわたしは断然トカゲ派です。ただの趣味です。好きなんです、爬虫類。あのつやつやの鱗、ひんやりとした手触り、かわいらしい口吻にまんまるな瞳……。


「あぅ?」


「小さいころにこども百科事典を買ってもらって恐竜の巻ばっかりすりきれるまで読んだんですよね。あ、あと身近な生き物の巻も好きでした。とくに爬虫類のページ」


「あー」


「わたしが庭でカナヘビを捕まえてきてどうしても飼いたいのって話したら、お母さんにこの子は生きた虫を食べるのに家のなかに入れてしまったら餌を獲ってきてあげられないでしょうって言われちゃったんですよね。それじゃあタロといっしょにお庭につないで飼うことにするって言ったんです。それでわたしが適当なビニール紐を探してきたら、首に紐を巻くのはかわいそうだからしっぽにしておきなさいねって」


 このあとの展開はご想像のとおりです。翌日の朝、ビニール紐の先にはちょんぎれたしっぽだけが残っていました。


「あー! あー!」


「ぼっちゃまもいつか生き物を捕まえてくるようになるんですかね……」


 お母さんごめんなさい。いまならわかります。飼うならせめて金魚あたりでお願いします。


「あー! あー!」


「……ぼっちゃま、どうしたんですか?」


 視線を追いかけてみましたがとくにおかしなことはありません。森の木々がなんだかいつもより少ないようなきもしますが気のせいでしょう。あるいは工事の前に試運転でもしていたか。


「そろそろおうちに帰りましょうね。通販が届いていましたから新しいダンボールとぷちぷちで遊べますよ」


 赤ちゃんと猫って新しいおもちゃよりその梱包のほうが好きなんですよね。


「あー!」


 ティラノサウルスにご執心のぼっちゃまをなだめながらわたしはベビーカーを押して歩きはじめました。


 なにかにひっかかる違和感に蓋をしながら。

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