第7話 お前は特別な存在だ
空を青く見せる太陽は沈み、世界を青暗く見せる月が顔を見せた地上ではすでに人の賑わいは鳴りを潜め、家の中での小さな寝息と、夜の中で生活する者達の声で溢れていた。
月明りでしか周囲を確認することができない空き地の中に、いまだ起きている五人の子供がいた。
「おいテメェ、これはどういうことだ? あぁん?」
そこではまるでカツアゲをしているかのような低い声を出している者がいた。
この声が聞こえているものがいれば暴力沙汰が起きたと思うことだろう。
この国は決して治安がいいとは言えない。
人を脅し、傷つける武器は手に入れようと思えばいつでも手に入る。
主婦達いつも日常的に刃物を使っている。憲兵達は街の治安を守るために殺傷武器を持っている。生活のために刃を磨く職人達は後を絶たず、また需要もあるため治安は悪化の一途をたどっている。
そのため、怒声があったら殺傷沙汰になっていると思うのがこの国、又は複数の国の一般人常識となっている。
だが、そんな一般常識を持っている者達でも、空き地の一角で起きている状況を目視すれば、きっと衝撃を覚える事だろう。
大きな大人が小さな子供や可憐な少女などならばまだ分かる。だが、そこで起きているのは小さい子供が大の大人の襟元を掴んで引っ張っり上げている瞬間であった。
「この手は何だ? 私はいつの間に手術を受けたんだ? あぁ? しかも感覚までありあがる! いったい私の体に何が起きてんだよ!?」
「あ、あぁ、だから言っただろう? お前はもう人間じゃねぇんだよ」
「はぁ!? そんなのいつ言ったってんだ!?」
「……はぁ~やっぱり聞いてなかったのか……」
溜息をついた男に怒りがこみあげてくる。
だが、襟元を掴んでいた手を振りほどかれ、真剣な眼差しで人差し指を眉間につきつけられて怒鳴ることが出来なくなった。
「お前はもう、人間じゃない。お前は特別な存在だ」
「とく……べつ?」
「あぁ。お前の体はほとんどが水で構成されている。透明な、濁りがない、だが……汚れやすい水」
話を聞いている途中で、胸を貫かれた。
「なッ!? なにしやが……」
突然の事で怒鳴り散らそうとして、違和感に気が付いた。
痛みがない。感触もまるで感じない。
男の手が入っている部位から波紋のようなもの漂っているだけ。
手を体の中に入れられている当人は自分の体にいったい何が起きているのかという疑問と、自分がいったい何になってしまったのかという恐怖が混ざり合って彼女に襲いかかっていた。
「お前はまだその体に慣れていない。だから、簡単に異物を受け入れて染まってしまう」
ゆっくりと手を引き戻していくと、彼の掌の上で踊る数滴の赤い液体が姿を見せた。
次の瞬間、メフィの体はゆっくりと元の肌を取り戻していく。
両腕の毛は徐々になくなっていき、縦に裂かれた同行は丸みを帯びる。
「もし、お前がその体に慣れたのなら、お前はこの世界の誰よりも強くなれる。メイファ」
「……」
常識では考えられないような光景が次々と起きている世界。
今まで生きてきた十数年間の全てを否定されるような感覚に襲われた短くも長かった一日。
「……ククククク、ハハハハ……」
彼女は口元に笑みを浮かべながら彼の掌で舞う血のダンスを視界に入れた。
見たこともない現象!
あり得ない身体!
あり得ない事象!
こんなに胸躍るのは初めて拳銃を手に入れた時以来だ!
圧倒的な力を手に入れたようなこの高揚感がたまらない。
これは、手品でも騙しでもない、まさに『魔法』だ。
「ハハハ……信じてやるよ。お前の事も、お前が言ったことも……そして、お前の依頼も」
真剣身を帯びた風を装っているが、メフィはまるで新しく手に入れた玩具を目の前にしている子供のように瞳をギラつかせていた。
「フゥ~、そうか」
「ハハハ、悪かったな。まぁ、安心しな。お前の依頼はしっかりと果してやるからよ」
見つけ出さないといけないのは四つの宝石。だが、メフィには直感があった。
もしかしたら、その集めなければならない四つの中の一つ、もしくは五つ目のものなのではないのかという勘。
(私の中から出てきた光る石がこの体を構成しているのだとしたら……後残り四つはいったいどんな効果があるのだろうか)
無意識に彼女は自分の拳を握りしめていた。
今迄に感じたことがないほどの興奮が、私の内側から流れ込んでくる。
冷え切った体が再び熱を取り戻し、さらに熱く、より熱くなっていくのが実感できる。
これで私はもっと強くなれる、もっと輝ける!
あぁ、楽しい、未来の私を想像しただけでワクワクする。
こんなのは生れて始めてだ。
泥沼を歩いていたのに、気づいたら目の前に土の大地が現れたみたいだ。
未来ある将来にない胸を膨らませていると肩を叩かれた。
「……? あ、お前ら!?」
振り返ったそこには、ボロボロの体になった四人の子供が無表情で立っていた。
会話に集中しすぎて背後を気にしていなかった自分を内心で叱責しながらも再び殴り込まれても反撃できるように距離をとろうとした。
だが、それよりも早くあちらが動いた。
「☆#$▼!」
「は、はぁ?」
一際小さな子供に両手を掴まれて上下に大きく振られた。
振り払おうと力をくわえたが、尋常では力によって握られた手は素直に上下に振られるばかりで自由になる様子が一切ない。
「▽●▼$!」
ようやく手が離れたと思ったら、今度はオレンジ髪の少女に肩を組まれた。
まるで戦友同士が戦いが終わった後にお互いを鼓舞しあうような状態にメフィは怒りを覚えず、困惑するばかりだ。
「な、何なんだよこいつら!」
「どうやら、お前凄いな! みたいなことを言ってるみたいだな」
「はぁ?」
再び視線を四人向けると、四人とも種類は違えど顔を笑みに浮かべていた。
それは、今まで向けられてきたものとは一切が違った。
上からこちらを見下している視線、利用しようと近寄ってくる笑み、身体を舐めまわすように見てくる下衆、得物としか見てこない者、己の事しか考えていない者、そんな者達は見るだけ吐き気がしたし、イラつきもした。
おかげで他人が自分をどうやって見てくるのか大体分かるようになった。
その時に思ったことは、私の父親は私の事を人を見る目で見ていなかったということだ。今更悲しくもないし涙も出ない。
だけど、私の人生を振り返ってみても、一度も出会ったことがない視線があった。
それが今、目の前にある。
「……」
改めて実感できている今、私はきっと笑みを浮かべているだろう。
今まで表に出したことがないほどの最高の笑みを。
「……」
「……?」
だが、突然獣耳の少女がゆっくりと近寄ってくることに疑問を覚え、笑みを隠してしまったメフィはすっかり警戒心を解いてしまっていたため、そこを動かなかった。
「……――ッ!」
「な、ぶべらぁ!」
瞬足ともいえるほどに一瞬の足さばきでもって彼女はメフィの顔面に向かって蹴り放ち、見事に一撃を入れて見せた。
一撃をくらったメフィはそのまま後方へと飛ばされ、ゴミをため込めてあった箱に激突した。
「ほへぇ~」
魚の骨が頭の上に乗り、体のあちこちに果物の皮を置きながら目を回し呑気な気絶の声を出した彼女を見て、周囲は子供達の明るい笑い声に包まれた。
その真上では渋いの男の呆れ顔が浮かんでいた。