第6話 子供同士の悪戯合戦 後編
バッ、とその場から駆け出して四人の元まで何の考えなしに突っ込んでいく。
一番前にはオレンジ髪が、そのすぐ後ろに待機している獣耳の少女、そして一番後ろにで二人に守られるようにして立っている怪力少女と臆病な少女。
そんな陣形を形成している彼女達に真っ直ぐに突っ込めば必然的にオレンジ髪が相手となる。
間合いに入れば再び鋭い木剣の連撃が襲いかかってくる。
それは既に構えをとっている彼女を見れば明らか。
だが、それを馬鹿正直に相手にする必要はない。
「ニヒッ! うぉおおりゃぁ!」
前に踏み出す足の指に力を入れて砂の地面を爪先で蹴り飛ばした。
「ッ!?」
踏み固められた地面であるが、表面にはまだ固まってない砂がある。
それがオレンジ髪の少女の目の高さまで舞い上がった。
集中して目を見開いていた少女は涙目になりながら片手で目を擦り始めた。
真っ暗になった視界のせいで狙いが定まらず、目の痛みで集中力が切れてしまった彼女は技でもなんでもないただの素振りを振るうことしかできなかった。
そんな単純な攻撃は避けることは勿論、武器を奪うことすら容易。
手首を掴み、外向きに捻ることで武器を落とさせ奪い取った。
「▼×◆□#!」
武器をとられたことに危機感を覚えたのか、獣耳がこちらを強く睨んできた。
普通なら、武器を持ったらそれで応戦する。
だが、剣を使ったことがない物が使ってもうまく立ち回れるわけがない。
「くらえぇええ!」
木剣を、獣耳に向かって投擲する。
彼女は投擲された木剣を見て、最小限の動きだけで躱して見せた。
「チッ」
「……ッ!?」
「うん?」
木剣が避けられた事に舌打ちをしたが、次の瞬間には疑問が湧いた。
避けたはずの少女が、何を思ったのか突然遠ざかっていく木剣を追いかけたのだ。
「$#ッ!」
空中を回転しながら移動する木剣を、少女は片手で叩き落とした。
勢いがついた木を叩き落としたせいか、掌から血が出て周囲に飛び散った。
「へぇ~、仲間を助けるためか。だけどな!」
自分に背中を見せた少女に向かって、彼女は駆ける。
宙に舞っていた少女の血が、
灰色の布に赤い染みができ、肌にも赤が張りつき……消えた。
「隙だらけだッ!」
後ろを振り返った状態の獣耳に殴りかかった。
あと少しで拳が当たるという瞬間、獣耳は振り返り……、拳を躱した。
(このタイミングで避けれんのかよッ!)
最高のタイミングで死角からの攻撃。
それを避けられ、爪で反撃をしてきた。
「チィ!」
重心を傾けて無理やり身体を倒して斬撃を躱す。
数本の長い青髪が、爪に切り裂かれ宙を舞う。
今のを避けれたのは単に運が良かったにすぎない。
このままだといずれ体は地面に横たえる。
そうなれば少なくない隙が出来る。
躱すだけでは次の攻撃は防げない、かといって自分の手を盾代わりしても手が痺れて更に隙が生まれる。
「クッ……タァッ!」
自分の体が倒れる勢いを使って、獣耳の顔面に強引な蹴りを叩きつけた。
向こうもまさか攻撃してくるとは思っていなかったのか蹴りはそのまま顔に入った。
初めて自分の攻撃が通ったことに喜ぶよりも、視線を残り二人の少女に向ける。
(――ッ!)
そこにはこちらに向かって投げる体制をした幼い少女と、
投げ飛ばされる体制をとる臆病な少女がいた。
「まずっ!」
瞬間、小さな少女が勢いよく足を踏み込む。
地面をひび割れ、砂塵が舞う。
片手に乗せられた少女が投げ飛ばされた。
「はぁっ!?」
砂塵に丸い穴を空けて、大砲のように鼻垂れた少女の足は槍だ。
迫りくる鋭い爪と風圧と共に襲いかかってくる死の恐怖。
「この私が、この程度で怯えると思うなぁああああああ!」
瞼を下ろしたくなるのを意志の力で見開かせて、前を見る。
飛んでくる利き腕を前に出して……彼女は掴んだ。
ざらざらとした感触が手の中に納まる。
「☆#?」
身体が後ろに引きずられ、素足が地面に擦れて痛みを覚える。
「ウグッ!」
片手で握っていた足を両手で握る。
相手の勢いは止めれない。受け止めることは不可能。
ならば――、受け流すだけだ。
「う、おぉおりゃぁあああああああ!」
円を描くように右足を軸にして、何十回目の回転で彼女は手を離す。
「#$#%$&!?」
投げ飛ばされた少女は悲鳴を上げながら一直線に元の位置へと飛んでいく。
飛ばされてくる仲間の姿に小さな少女は右へ左へと慌ただしく動いていた。
そうしている間に、少女二人はぶつかり合い、小さな悲鳴が最後に聞こえた。
二人はどうやら打ちどころが悪かったらしく一緒に目を回して気絶している。
「ペッペッ、あぁ、口の中に砂入ったぁ」
地面に向かって唾を吐く。
口から出た唾を手で拭いながら、ふと先ほどの事を思い出す。
投げ飛ばした際、実感した。
少女の足は紛れもなく鳥だった。
人間の体に異物を入れるなどということは手術をすれば大抵のことはできる。
飾りを皮膚に癒着させてる奴もいた。
だが、触った感触は紛れもない生物のものだった。
(いったい、どんなってんだ)
あれは天然だ。
混ざりものも紛れ物もない、本物の鳥の足。
「……いっつ、クソ……」
唐突な痛みみによってその思考を中断された。
反射的に掌を見ると、ベッタリと血がついている。
鳥の足は決して鑢のようになってない。
恐らく、投げ飛ばした際に爪か何かが掌をかすったのだろうとあたりを付けた。
(二人は潰せた。だが、一人は未だに目が砂で見えていないだけでダメージはなし。もう一人は顔を蹴った。私の蹴りなら脳震盪ぐらい……)
いや、あれだけの力を持っているなら、打たれ強さも――ッ!
疑問を持った瞬間、視界の端で白い影が動いたのを目撃した。
「ガァッ!」
視界の端から現れた拳によってメフィは防御する間もなく頬を殴られた。
勢い良く吹き飛ばされたメフィは殴られて青くなった頬の痛みを感じながら、殴った相手を見た。
「クソォ、やっぱり気を失っていなかったか」
視線を横に抜ければわずかに目を開けているオレンジ髪の少女。
(あと数秒もしないうちにもう一人も戦えるようになる。二対一……勝てるか)
この中で最も警戒しなければならないのは間違いなく目の前の獣耳の少女。
一対一でも勝てるか分からない相手。
ならば、先に片づけるのは……
「オレンジ髪ィィ!」
未だ目がうまく見えていない今ならば楽に片づけられる。そうすれば残りは一人。
そう思っての行動は、すぐに相手も気が付いた。
獣耳の少女はオレンジ髪の少女の手を掴み、後方へと投げた。
急いでの行動のせいか、飛ばされた少女は壁に頭から激突して奇妙な悲鳴を上げた後、地面に倒れて動かなくなった。
何をしたいのか理解できなかったメフィだが、仲間を身を挺して守った結果なのだろうと予測した。
「へっ、おらぁあああ!」
「$○▼□!」
血が付いた手を握り、振り向いた獣耳を思いき殴りつける。
完全な死角からの攻撃。
だが、少女は彼女の拳よりも早く動き、向かってくる拳を殴りつけた。
「……」
呆然と己の右腕を片目で見つめる。
特に変わったことがなく、どうして右腕を見たのか分からない。
だが、何故か疑問が湧いてくる。
もう一度見つめる。己の――
(あれ、なんで私の右腕……)
歪に変形した己の右腕を。
「あ、あぁ、がぁああああああああああああああああああああああ、あぁあ、あぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
耐え難い激痛に襲われ、彼女は絶叫を上げた。
指は折れ曲がり、肘はあらぬ方向へと折れ方は脱臼していて持ち上がらない。
「ウグッ、ググッ、く、くそ、った……ッ!」
その場に座り込み、痛む右腕を左手で押さえながら目の前の怨敵を睨み付ける。
だが、視線はすぐに下を向いた。
「ウッ、カハッ!」
獣耳は容赦なく腹に蹴りを入れ、小さな体が宙に浮く。
鈍い音と共に肺にある空気を無理やり抜かれた。
その痛みが、脳に伝わる前に獣耳は彼女の顔に蹴りを入れた。
真横に吹き飛んだメフィは地面に激突し、土を被る。
鈍い痛みを右腕に感じながら虚ろな目で遠ざかる白い足を見つめる。
(痛ぇ、いてぇ……)
鳩尾に入った痛みで呼吸ができない。
頭を蹴られて、くらくらする。
歯を食いしばって、口の隙間から血が漏れ出る。
痛みに耐える彼女が考えるのは『後悔』
子供にムキになるんじゃなかった。こんなことしなければよかった。
そんなことを考えながら、しかし彼女は思う。
(寒い……寒い、このままだと、凍えちまう……)
この感覚は、覚えてる。
体は動かない、視界は濁って定まらない。
でも、この感覚だけははっきりと――体が覚えてる。
誰も私を知らないところで、知らない場所で、何もわからないまま。
こんな暗い場所で惨めに一人で……一人で。
『寒そうだな。なら、毛皮を着なくちゃな』
低い男の声が、誰の耳にも入らない囁きが小さく空気を震わせた。
「……?」
気を失った仲間の元に歩みを進めていた獣耳の少女は一瞬だけ、何か例えようのない違和感を感じ取り、何かを感じ取り、後ろを振り返る。
特に変わらない、倒れ伏している敵の姿。
気のせいかと思い直しもう一度前を見た時、直感が彼女を動かした。
「――ッ!」
振り返れば、そこには大きく口を開けた小さな少女の姿があった。
ガブリッ
「■■■■■■ッ!」
肩を一切の躊躇なく噛みつかれた。
まるで獣のように八重歯を放そうとしない彼女に、少女は力ずくで引き離した。
噛みつかれた箇所には歯型がつき、そこからは血がとどめなく流れ出ていた。
「フーッ、フーッ!」
口元を血で汚しながら三本足で地面に立っている姿はまさに重傷を負った獣。
その姿を見て、少女は迷いを断ち切った。
――あれは、危険な存在だ。
いつでも襲いかかれるように一瞬だけ足元に視線を向けた時、少女はそれが愚行であった事を悟る。
目の前に、怪物が前足を上げていた。
「フ、ガァアアアアアア!」
方向と共に振り下ろされた前足は、少女の頭を地面に激突させた。
「ッ!?」
突然の鈍痛と脳が揺らされる感覚を味わった獣耳は痛みにもだえ苦しんだ。
どうして、いきなり早くなった。何故突然強くなったと。
少女はいくつもの疑問を浮かべながら、遠くで着地した音を聞き取った。
「■◇*、+¥?」
そこには相も変わらない四本の足で地面に立っている少女の姿。
だが、そこには決定的に違うものがいた。
「フーッ、フガァア!」
青い毛に覆われた四肢で地面に立ち、頭から三角の耳を生やした獣が。
少女の生き写しのような存在が。
「私は、負けない」
寒いのは苦手だ。凍えるのは子供の頃に散々味わった。
だから、もっと熱く、さらに熱くなれ。
勝つ、勝って倒す。
殴り倒して、蹴り倒して、――震えない。
「お前が、凍えろッ」
「■◇*●ッ!」
動き出すのは同時。
振り下ろされる爪を片手で防ぎ、もう片方の手で腹に殴りかかる。
拳は――空を切る。
少女は両足で地面を蹴り空中に逃げ延びたのだ。
「おるあぁああ!」
握り続けていた片手を勢いよく引っ張り、地面に向かって振り下ろす。
少女は地面に叩きつけられる瞬間、地面を殴った。
殴られた地面は一部陥没した。
ちょっと、待って。
「一体、どんな力してんだ、よぉッ!?」
急に腕が引っ張られて、足が地面から離れた。
掴まれている手を放そうとしているのか少女は空中で左右上下に腕を振る。
その腕に捕まっている私もその腕に引かれて体が揺れる。
「グギギ、も、もう、限界、だぁああ!」
握っていた手を放す。
遠心力の影響でそのまま体が吹き飛び、地面にぶつかった。
「はぁ、はぁ、全く、どんな腕力してんだよ」
獣耳はその場からこちらに向かって駆けだした。
「ハッ! 休憩する時間もなしかよッ!」
突き出されてきた蹴りを、上半身後ろに折り曲げて躱す。
目の前を通り過ぎた蹴りを見て背中に氷柱が入れられた感覚がメフィを襲った。
「なんつぅ蹴り……うん? うおぉお!」
再び、回し蹴りを放たれた。
腕で重ねることでなんとか防ぐが、腕が痺れた。
「――グッ! いったいなぁこのぉ!」
怒り任せの蹴りは少女のこめかみに当たった。
「ッ! ――!」
蹴り殺す勢いで蹴ったのに、軽く血が流れる程度で終わった。
動きだけじゃなくて、体の頑丈も折り紙付きか。
その場で跳躍して後ろに下がる。
「やばいな、正面から戦っても、勝てる気がしない」
頭から血を流しながらゆっくりと歩いてくる。
その姿は正に怪物のようだ。
だが、別に勝てないわけじゃない。
「だから、こうさせてもらうぜ!」
自分の身長と同じくらいの大きな箱を、投げ飛ばす。
円を描くように飛んでいく箱が落ちる先には獣の少女が。
少女は後ろに飛び、箱を避ける。
地面に当たった箱が割れて中身が飛び出す。
「――ッ!」
「ハッ! やっぱりな! どこかにあると思ったが、大正解だ!」
箱の中から出てきたのは、生ごみだった。
今まで腐った者や食べられない物が入った箱。
獣耳は急いで鼻をその大きな手で覆うと涙目になりながら更に後ろに下がった。
「ハハハ! どうやら臭いのが苦手みたい、って、くっさぁああああ!」
今が好機と走り出そうとし彼女の鼻がピクリと動くと、
彼女も少女と同じように鼻を抑えて涙目となった。
「くさすぎるだろ、これ! いったいどんなことしたらこんな臭いになんだよ」
幼少期の頃、ゴミだめの中で生活経験もあれば、生塵をあさったこともある。
だが、この匂いはなんだ!
まるで何十年も開田臭いを凝縮したような匂いだ。
「ウグゥ、臭いなんかに、負けるかぁあああああああ!」
「■■■■■■――ッ!」
二人は涙目になりながら同じ動作をした。
息を止め、両手を鼻から離して、体をかがめて。
――駆けだした。
「凍えて、くたばれぇぇえええええええええ!」
「■■■■■■ッ!」
お互いが理解できない言葉で吼えながら、二人は右の拳を突き出す。
右と右の拳は真っ直ぐに相手の体に向かって進んでいく。
このままいけば、リーチの差で獣耳の少女の拳が先に彼女の体に命中する。
それが途中でわかった少女は無意識に笑みが浮かぶ。
「――」
後ろに、何かがいた。
目には見えない。だけど、そこに確実に存在する『何か』が。
{『こ ん に ち は』}
そう『何か』が呟いた気がした。
「どこ見てんだテメェはぁああああああ!」
気を逸らしたのは一瞬。
しかし、その一瞬で彼女が少女を殴るのには十分な時間だった。
「ッ!」
「ウゲェ……」
二人の拳が、同時に直撃した。
「ケホッ、ケホッ」
「ウゥ、いいか、テメェ……よく、覚えておけよ……」
腹を抑えながら彼女はニヒルな笑みを浮かべる。
何のことか分からず、同じく殴られた腹を抑えている少女は、数歩後ろに下がり
足元が滑った。
「――!?」
地面に向かって倒れていく己を体感しながら首を動かし足元を見る。
そこには、先ほど散らばった生塵があった。
「自分の周りはしっかり見とけよ。じゃないと……悪ガキに罠をしかけられて嗤われるぞ」
冷や汗を流し、顔に歪な笑みを浮かべながら拳を握る。
「……さぁ、私の悪戯を味わってくれ、クソガキ」
不可避の一撃が、倒れていく彼女に直撃した。