第4話 あのクソガキィッ!
昼間の街道は買い物をする主婦、自分の用事を済ませようとする男や女達で溢れかえり、盛り上がっていた。
値段が高いと憤慨する客と、適正価格だと言い張る商人、そこから値切り合いが白熱していき見物人が最後の勝利者を予想して密かに熱を上げる。
曲がり角で男女がぶつかって、申し訳なく思ってしまった男が女を助け起こそうと手を差し出したら女の連れの厳つい男に理不尽な暴力を振るわれて昏倒してしまう事件が起きていたり。
そんないろいろな個所でひとそれぞれの人生が起きている最中、温かな陽光が届かない路地裏でも、ある者の人生が繰り広げられていた。
「……」
「わかったか?」
上半身しかない男が目の前で不機嫌そうな少女、否、幼女に向かって口を開いた。
話しかけられた彼女、メフィは頭に大きなたんこぶを作ったせいで不機嫌になりながらも、箱の上に座り頬杖をつきながら男の話を聞いて頭の中で整理した。
その結果を彼女は一切の躊躇なく口にする。
「……はぁ、薬なんてキメてねぇんだがなぁ」
この世に生まれてから薬でダメになった者達は路地裏などでよく見かけることがあったし、売人に売られそうになったこともあった。だが、私はそんなものに頼るほど人生を悲観していたわけでもなければ、切羽詰まっていたわけでもない。
だから、こんな幻覚見るはずがないのだが。
「現実だボケェ!」
「テメェみてぇなのがいてたまるかボケェ!」
実際問題、下半身がない男など死体ぐらいしか知らない。
「ホント、何なんだよテメェ、私の幻覚でも妄想でもねぇんだったら、一体なんだ」
「さっき説明してやっただろうが」
「聞いてるわけねぇだろうが」
彼女は最初から目の前の男を自分の幻覚か何か、もしくはこの今の現状すら幻覚の類なのではと疑っている。
故に、男が饒舌に話をしているのを真撃に聞いているように見えて実際は一切聞いていなかったのだ。
「ちっ、ならもう一回説明してやる。今度はしっかり聞いとけよ」
「その前に、聞いておきたいことがある」
再び舌打ちをして男はもう一度説明を口にする。
その前に、彼女は気になっていたことを先に口にする。
「ここは、死後の世界なのか?」
まずは自分がどうなったのかが知るのが先決だ。
「その質問が『死んだ後に来た世界』ならばあっているし、『死んだ後に行く世界』で言っているのなら間違っている」
「はぁ~、テメェ、私はそんな言葉遊びをする暇はねぇんだよ。そんな小難しいこと言わずに〝イエス〟か〝ノー〟で答えろよ。understand?」
まるで頭の足りない子供にいい聞かせるように、しかし大の大人を脅すようにドスの効いた低い声で言った彼女はその可愛らしい顔を歪にゆがめた。
「……はぁ、ノーだ」
その態度に男は呆れたと言わんばかりに深い溜息を吐き、否定の言葉だけを吐いた。そこから、彼は再び説明役を承った。
まず、目の前にいる上半身だけの幽霊もどきの話をすべて肯定するなら、ここは死後の世界ではないという。なら、私は死んでいないのかと問いかければ間違いなく死んだという。
死んだのなら何故私はこうして考えることができるのだろう。
ならばここはどこだ、と聞けばここは死後であるが、今まで私が生きていた世界ではないという。
――そんなバカな話があるか。
次に私の姿が変わっている理由、さらにはあの時持っていた私の銃と服について聞いてみたがを要領を得なかった。
「なんで私の服と銃がねぇんだよ」
「お前の体は向こうにおいてある。いきなり消えたらおかしいからな」
「しるか、あんなところに死体が転がってても誰も気になんねぇよ、このタコ」
いったいどこに空気をため込んでいたというのか、この謎の男は深い溜息を吐いた。
私の方がため息をつきたい気分だ。
あんな壮絶なことをしたと思ったら、真っ暗な場所にいて、相棒の丸パクリ野郎と出会って、よくわからない依頼を受けたと思ったら、今度は箱詰めされて売られそうになっていたんだ。
で、気が付いたら全身整形されてロリコンが大歓喜されるような見た目にされていたのだ。
これで溜息を吐くなという方がどうかしている。
だが、ここで吐くわけにはいかない。
現状、今のこの状況を説明できるのは不本意ながらこの目の前の幽霊もどきだけなのだ。ここで機嫌を損ねて放置されたらたまったものではない。
すでに手遅れかもしれないが、なるべく機嫌を損なわないように心がけよう。
「そうだな。お前みたいな性格ブスが転がってても何も思わねぇな」
「˝あぁん?」
男が肯定の言葉を言った瞬間に、ドスの効いた低い声がメフィの口から反射的に零れ出た。
「しかし、なんだな。お前と会話している俺まで馬鹿になっちまいそうだ。ったく、どうしてお前は……」
すでに胡坐をかいた状態からすぐに飛び出せる状態に移行していた彼女は、男が続きを言おうとした瞬間にはすでに動いていた。
「ふんっ!」
あらん限り力を右手に集めてムカつく相手の顔面に向けて拳を振り下ろした。
この時、彼女の頭には相手が幽霊もどきであるため打撃が通用するかどうかという可能性すら吹きとんでいた。
――ただ、神経を逆なでするような女の敵をぶん殴る!
たったそれだけ、彼女の体を動かしていた。
「うごぉ!」
結果、何と彼女は幽霊もどきを物理で制することができた。
一拍遅れて男の呻き声が聞こえた。
男はいきなりの拳骨を顔面にくらったことで驚嘆し、本来なら倒れないように下半身が反射を起こすが、彼にはそれがなかったため、その場で幽霊もどきは数回のダイシャリンを経験をすることとなった。
「バカが、女を敵にするからだ」
「うぐ、ぐぉぉ……」
誰もいない寒い路地裏の中で、 凛として立っている幼い女と、下半身がない青年の男性。
他人から見れば殺人現場であると疑われるような現場がその場に広がっていた。
路地裏から出てきたメフィは顔に不機嫌を張り付けさせたまま表の通りを我が物顔で歩いていた。
誰もが目を引く容姿をしているのに加えて、その顔を酷く歪めているためにより人目を引き、その視線で更に機嫌を損ねて顔をこわばらせるという悪循環が出来上がっていた。
だが、普通ならばもっと目を引いていたであろうと思いなおして若干機嫌を良くした彼女は片目で隣をそっと見やる。
「まったく、ひでぇ奴だ。俺のナイスガイな顔をこんなにしやがって」
何処から出したのか男は大きな絆創膏をバッテンの模様になるように顔につけている。
相変わらず下半身をどこかに置いてきた男は悠々自適に人だかりの多い大通りを進んでいる。
普通ならこんなものを見たら老若男女なんらかのアクションを起こす。だが、周りにいる人々はまるで何もないかのように彼女だけを見やっている。
「どうなってやがる」
「そういうものだ、受け入れろ」
事前に他人からは見えないと説明されていたとはいえ、実際に目の当たりするとやはり違和感しかない。
「ふんっ、いいから早く通訳しろ。テメェ、もっかい殴られてぇのか」
「はぁ~、オーライ。それぐらいはしてやるよ」
あの会話の後、少なくともこの場所が私の知らない場所だというのはわかった。だが、地球ではないという言葉は到底信じられなかった。
テレビでも噂でも都市伝説でも、今のところ行ける惑星は月や火星まで、観測はできてもいくことはまだできてない。
仮に行けたとしても何年もかかる。その間、私はなにをしていた。
ずっと寝ていたなんてことはありえない。SFに出てくる『コールドスリープ』というのがあるみたいだが、そんなものを現実に見たことも聞いたこともない。
しかし、ただ一般人である私達が知らないだけで、実際は作られていたとしても、それを隠し続けるメリットがない。
だから、ここはただ私が知らない国で、言葉が違うのもつまりはそういうことなのだろう。
だが、この隣にいる男のことは一切分からない。
直接聞いてみたものの、返ってきた言葉は『私は道具だ』という言葉。それを聞いた瞬間、聞く意味がないと瞬時に判断して自分で考えることにした。
一番有力なのが私のただの幻覚、だがそれでは説明できないことが多すぎる。
会話が成立することはまぁ、分かる。だが、打撃が通じたというのがおかしい。
「……」
無言で男を殴った手を顔の前に持ってくる。
手は硬い物を殴った後のように若干赤くなっている。
つまり、なにか硬い物を殴ったということだ。箱は殴ったが、その中で私は何度も頭を打った。だが、その痛みはもうない。だから、あれからかなりの時間が経っているはず。それに手の赤みはそんな長い間続くとは思えない。
そして何よりも、痛みがある。板を殴った時のではない、柔らかくも硬い。
人を殺す気で殴った時の、とても――……殴りなれた感触。
「お、見ろメフィ」
「あ? なんだよ」
「喧嘩だ」
指された指先の先には人だかりができていた。
よく見ると、そこには屋台があった。木箱の中に無造作に入れられた食品、それが数種類用意されているだけ、しかし見るからにおいしそうな物ばかりが並べられていた。
店の中にはそれだけではなく店主と思われる男が怒りで顔を歪ませて経っていた。
そしその男の視線の先には、男とも女ともわからない長いローブを被り帽子をめかぶに被った怪しい者がいた。
何を言っているのか彼女には分からなかったが、声の質から男ではないことが分かった。
「おい、あれはなんて言ってんだ?」
「ふむ、どうやらあのローブの奴があの店の食い物にケチをつけたようだ」
「んで、それを許せなかった男が怒鳴って喧嘩、か。ま、よくあることだろ」
この程度の事はメフィの故郷では日常茶飯事だった。否、血が流れないだけにこちらの方がまだ平和だと言える。
そんなことを考えているうちに男とローブ姿の喧嘩はさらに過激を増していった。いつまでも見ていても仕方がないと思いたち、彼女は踵を返そうとした時、彼らの足元で素早く動く小さな影が現れた。
「☆◆$#%!」
「*#! %▼##△■!」
何かを叫ぶと同時にその小さな影はあろうことか屋台に出されていた食べ物の一つを手に持ち素早く走り出した。
店主もそれに気が付いて、すぐにその場から離れ盗人である小さな影、灰色で埃と土塗れの布切れを頭から羽織っただけの小さな女の子を追いかけ始めた。
――店を離れてしまった……
「▼○&!」
瞬間、店主の喧嘩相手は身に纏ったローブを勢いよく広げて、その姿を現した。
ローブの中には、大人はいなかった。
子供、それもこれまた灰色の布地しか着ていないフードを目深に被った三人の子供が肩車をしている姿がメフィの目に入った。
姿を現した子供達は肩車を解き、まず一番下にいた者が屋台の商品がのっている場所まで一回の跳躍で飛び乗る。そして何を思ったのか置いてあった商品を木箱後と持ち上げると中耳だけを下に向かって落とし始めた。
だが、それらは地面に落下する前に、下であらかじめ二人によって広げられたローブによって受け止められた。
落ちてきたものをローブ全て受け止めたのを確認すると二人はすぐにローブを丸め、一つの大袋のようにすると一人は袋を担ぎ、もう二人は袋の底を持ち上げてそのまま商品を持ち去ってしまった。
盗人経験のあるメフィは一連の動作を見て瞠目した。
あまりの手際の良さのせいで、その場にいた野次馬達は盗人を追いかけていく店主に目が向いていたため気づかない。もちろん店主自身も目の小事で視野が狭くなってしまい片隅で起きた大事に気が付いていない。
「へー、やるじゃん」
「いい連携。まさかあの年であそこまでのことをしでかすとは……うちのスラムの底が知れたな、ハハ……」
こっそりと彼女は自分の住んでいたスラムの子供の事を思い出す。
偶然手に入れたナイフや包丁を使っていい気になって大人に、しかも躊躇という言葉を辞書事捨ててきたような大人達に向かっていく非力な子供。
比べるまでもなくどちらが優秀かなのかは明らかであるがために、自分もそんな風に生きていた経験があるためなんとも言えない敗北感がメフィを襲った。
「☆○▼!」
突然幼いくも大きな声がその場に響いた。
音に釣られて俯いていた顔を上げると、そこにはそこには見たこともない、否、先ほど店に並べられていた商品が宙を舞っていた。
「は、おわっ! おっとと。うん?」
それがちょうどメフィのいる場所におちてきたため、彼女はとっさにそれを危なげに手に取った。
両手で抱えるようにしなければ持てないほどに大きなそれは全体的に緑色をしており、持ってみると見た目通りなかなかの重量を持っていた。
「△◇&%#$◎!?」
「うん?」
商品から視線を逸らして目を向ければ、怒鳴り声の主である男が何故かこちらに向かって走ってきていた。
そこで、ふと考える。
今の私の格好を客観的に見てみる。
路地裏を走って挙句の果てに盛大にこけたせいで髪に埃がまとわりついて、手足には土がこべりついていて、更には灰色の布地しか着ていない。
怒り心頭に発した大人が逃げた子供を無視してこちらに寄ってくる。私が持っているのは目の前の彼が扱っていた商品。
「――ッ! あのクソガキィッ!」