第2話 嫌な予感しかしない
林の仲は暗く足元がおぼつかない場所ばかり。だが、そんな中で唯一木々がな居場所がある。
そこは湧き水によって生まれた巨大な水たまりがある場所。濁りがなく下の石や土が見えるほどに綺麗な水がある。そんな場所に彼女達はいた。
「いやぁ~大量大量! これでしばらくは食うに困らないぞ!」
食料が詰まった数個の袋の一つを力強く何度もたたきながら満面の笑みで笑うのは、みんなからヒナと呼ばれている少女だった。
「でも、やっぱりいいのかなぁ?」
「はぁん?」
そのことに俯きながら反対の意思を示したのは内気な少女、アヤメだった。
彼女は、人間の足の代わりに鷹のような鋭い爪を持った鳥類の足を持っている。
「だ、だって」
「いいか。私達は今、何もできない。金は稼げないし、使えない。金があればいいなんて言ううのは親がいるガキどもだけだ。私達が生きるには、盗むしかねぇだろうが」
先ほどした彼女達が行ったのは犯罪行為に値する。
食べ物を金で買うことができない人間がどうやって食事をするのか。手段としては一から作ること、だが残念ながらそんな知識もなく時間がかかりすぎる。
先ほどした彼女達が行ったのは犯罪行為に値する。
食べ物を金で買うことができない人間がどうやって食事をするのか。
誰かに恵んでもらう?
ありえない。見返りがない相手に誰が施してくれるというのか。
温情を期待する?
無駄だ。誰が薄汚い子供に慈悲を与えるというのか。
善行を積む?
意味がない。誰の庇護もない者に誰が対価を支払うというのか。
彼女達に残された手段としては、一から作ること。
だが残念ながらそんな知識も材料もなく時間がかかりすぎる。
ならばどうすればいいか。
お金を使わず、時間がかからずに自分達が生き残るにはどうすればいいのか。
――盗めばいい。
他者が自分達を見る目を気にせず、誰かが不幸になる事から目を背け、自分以外の全てを利用して、今を生き残る。
生きるには食べるしかない。彼女達は勘でなのか、経験でなのかそれが分かっていた。だから、彼女達はヒナとであう前から悪行を行い今を生きる糧にしていたのだ。
「確かに、今更だよねぇ。まぁアヤメちゃんらしいっていったららしいよねぇ」
「私もこれには不満だ。騎士を目指している私としては、こういった犯罪に手を染めるというのは」
「リリー、お前もか。っていうか、お前ら、私と会う前から、犯罪者だろうが」
「うぐっ!」
「ヒュゥ」
鋭い指摘を受け取ったリリは言葉に詰まり、気の弱なアヤメは俯いてしまった。
ヒナの言ったことは本当の事なので否定することができない。
犯罪、それが仕方がないことでも、そうしなければ死んでしまうとしても、周囲は悪意の部分だけを強調する筈だ。なら、いくら言い訳をしたとしても誰も聞いてはくれないだろう。
「いいか! 私達は一人だ。誰も助けちゃくれねぇ。なら、私達自身が私達を生かすしかねぇんだよ! 助けをただ待っているだけの意気地なしには、先はねぇんだよ」
まるで、日がな一日空でも見ていたかのような青い双眸の奥、そこに感じられるなにかによって彼女達は反抗する気力を失くした。
「もう一度言うぞ。私達は――一人だ」
彼女達の年齢ではまだ大人に甘えている年頃の筈。だが、彼女達は小さい頃から愛しむような親からの愛情も、怒鳴り散らす様な怒りの拳も、何も与えられてこなかった。ただ、遠くから見つめているだけ。
褒められた事も、叱られた事も、大人と手をつないだ経験もない彼女達は、羨望の眼差しで暗い路地裏から日の下で仲良く歩いている親子の姿に嫉妬と羨望の眼差しを向けるしかできなかった。
「それにしてもヒナちゃん。大分言葉を覚えたわね」
「うん?」
暗くなった雰囲気を変えるためにダリアは話題を変えるためにヒナの言葉の話をした。
最初は一切ここの言葉が分からなかったヒナだが、今では片言ではあるが喋れるようになっている。これは単に彼女達の努力の賜物と言っていいだろう。
「そうそう! もう言葉は完全だね!」
「……まりかちゃん。ちょっと意味が違うと思う」
「言葉を完璧にしないといけないのはまりかのようだな」
「ひっど~い! ぶぅぶぅ~」
「……プッあははは!」
笑う。みんなが無垢な少女達が笑い、一人の大人が理知的に笑う。楽しくて可笑しくて面白くて、暗い森の中で甲高い笑い声が木霊する。
罪を犯して手に入れた戦利品を傍らに置きながら、腹を抑えてまりかは笑う。額に手をついてリリは笑う。口を両手で押さえてダリアは笑う。声を押し殺してアヤメは笑う。そしてヒナはそんな彼女達を見て小さく笑う。
「ふぅ~、それにしても、ヒナも随分となれたわよね」
「は? なんのはな……あぁ、成程。確かに慣れたな。いやぁ、時間がかかったが、何とかなったな」
「あの頃は大変だったよねぇ」
それぞれが昔を懐かしみながら思い出す。
あれはまだ、ヒナが彼女達と出会う前。
彼女がまだ言葉を覚えておらず、彼女達がまだ綺麗な花を咲かせる蕾だった時の話。
どうしようもない悪党で、どうしよもうないほどに救いがない人間達で埋め尽くされた街から、メフィはいなくなった。
数多いる脱落者や惨敗者の仲間入りを果たしたのだ。
なのに、彼女は今座っている。
中世の王様が座るような椅子は背もたれが人の身長よりも長く、座り心地も硬くて最悪の部類に入っている。いい所と言えば装飾が豪華だということぐらいである。
もっとも、ただ金になるかならないか程度でしか判断しないメフィは一切興味を抱ていない。
そんな椅子に足を組んで頬杖をつきながら座っているメフィは、ムスッとした顔をしながら、目の前の椅子に座っている男を睨んでいる。
対して彼女の目の前にいる男は目の前の小娘のことなど眼中にないかの如く煙を吸って口からはいている。
煙草の匂いをメフィは感じ取ることができたことから、彼女と男との間にガラス板などはないことがハッキリした。
「すぅ~、はぁ~……」
「……チッ」
煙草をふかしてうまそうにしているその表情も、男の存在自体も、メフィは気に入らず、舌打ちをしていまう。
体格のいい体つきも、煙草の持ち方やその吸い方、立ち居振る舞いも全てが気に入らない。全てがイラつく対象だ。
「おい、テメェ」
なぜならば、その姿が類似しているからだ。
「私の相棒を勝手に真似てんじゃねぇよ。脳味噌ぶちまけんぞ」
何年も共に仕事をしてきた相棒の姿をそれはしていた。
彼女は一度死んだはずだった。目が覚めたのがあのドブ川のような場所にいないことがその証拠。もしあそこで運よく生き延びていたとしても、あれだけの傷を受けて生きているとは到底思えない。
何よりも彼女達が住んでいた場所には病院らしい病院は存在しない。致命傷を受ければ死ぬ。残酷な場所だった。
それらを考慮して考えられる一番の可能性は……、ここは死後の世界。
「いいか、私の質問に答えろ。ここはどこだ」
だが、その確証はない。これはただの仮設でいくつもある可能性の一つ。
天国や地獄などというのを彼女は信じていない。
案外、死んだあとはみんなこんな真っ暗闇にいるのかもしれないと、この状況で考えていた。
「ここは、そうだな。分かりやすく言えば、サファイアの中だ」
「余計分からなくなったぞ」
「ふむ……まず、前提として、お前は死んだ。そして、俺がお前の魂を引っ張り、この中へと入れたのだ」
「さらに分からなくなったぞ。まぁいいなら次の質問だ」
腰につけていた銃口を何の躊躇もなく相手に向けた。
「答えろ。お前は、何だ」
雨が降った中での決闘で、彼女の弾丸は確かに彼に届いた。だが、致命傷ではなかった。
当たった個所は横腹の端。それで死ぬなら人間の平均死亡率がかなり高い水準になっている。
もしも彼女が今いる所が彼女の仮設通りならばここに彼がいるのはおかしい。
「……ふぅ~、俺は、お前の相棒だ」
「……どうやら、味噌を床にこぼしたいようだな」
呆れながら深い溜息を吐く。次の瞬間、目が鋭くなった。
冷徹に、冷酷に、彼女は銃口を敵の額に向け、引き金を引いた。
火薬がはじけて弾丸を飛ばす激しい音と、薬莢が床に落ちる甲高い音が暗闇の世界にこだまする。
「……なん……」
だが、メフィの顔はすぐれなかった。
「ふぅ~、風通しが良くなっちまったじゃねぇか」
人の形をして人語を話し、なによりも人格がしっかりとある目の前の何かが、額に風穴を空けながらいかつい顔で笑っている。
「どんな手品だ」
「まぁ、落ち着けメフィ。そうだな……全部説明しよう」
煙草を再び口にくわえて男は話を続ける。
「この体はお前の記憶の中にいた最も信頼できる者を参考にして作った。そして、お前をここに呼んだのは、俺だ」
説明を受けるが彼女はその説明文が一切頭の中に入ってこなかった。人間の姿をしているのに作ったと言った。つまりは、物。
人間に近い人形は見たことはあったがあそこまで動ける人形は見たことがない。
「……まぁそれはいいか。なら、なぜ私を呼んだ」
考えてもわからなかったために、彼女は次の質問に切り替えた。
「それは、お前にお願い、いや、依頼がしたい」
願いではなく、依頼。
それを聞いた瞬間、メフィの口角が上がり、不機嫌そうな顔から一転した。
「お前には、三つの宝石を集めてほしい。期限はない。だが、必ず集めてほしい」
期限を聞いた瞬間、笑みを浮かべていたはずの顔から笑みが消え、真剣そのものとなった。
期限がない、ということはそれだけ時間がかかるということ。そして、それだけ困難で危険があるということでもある。
それだけではない。昔、期限はないという依頼を受けたことが彼女にはある。だがら、のんびりとこなしていたら、依頼主はまだかまだかと催促するようになり、最後には見切りをつけて誹謗中傷を叫ぶようになった。
それから、メフィは期限はないという依頼などは特に注意するようにしている。
「特徴は赤、緑、黄の三つ。宝石単体ではなく、杖などの先端などにくっついているはずだ。だが、恐らく似たようなものがあるから間違えないように。詳しい特徴は後で説明する。どこにあるのか、誰が持っているのかはわからない」
「おいおい、全く情報なしか? これは酷い依頼だな」
「自覚はしている。だから……」
「報酬はそれなりに、か?」
こういう手合いの話は飴が必要になってくる。でなければ誰もやろうとしない。危なければそれだけ甘さが増してくる。
「そうだ。たいていの望みならなんでもすぐに用意してやる」
「金だ」
即答だった。
「おいおい、もっと他にないのか?」
「金だ。世の中それが全てだ」
金で買えないものはない。
銃の弾丸も金が要る、食事にも生活にも金が必要で、持ちすぎていて損することはほとんどあり得ない万能な取引の報酬。
「はぁ、夢のない奴だ。だが、本当にそれでいいのか? なんでもなんだぞ?」
メフィは男の言葉にたまらず溜息を吐きそうになるもそれを抑えた。
「……他にか? 金以外……なら……私を、ストレートパーマにしてくれ」
どごっ、という鈍い音が辺りに響き渡った。
キメ顔でいきなり内容が低レベルにまで下がったことに男がこけたのだ。
(あ、反響するのか)
などと、当のメフィはどうでもいいことに気が付いていた。
彼女は目の前の男は金を払う気がないのであろうとあたりを付けた。だが、内容からしてそこまで難しい物でもないと考えて報酬を変えた。
メフィの髪は茶色で癖のある短髪。服装は腹出しルックの服にジーパンという服装で、腰には一丁の銀色の拳銃をさしている。
小さなころから彼女は自分の癖のある髪を気にしていた。『なんでも』の望みとしては自分のコンプレックスの解消も捨てがたいと考えたのだ。
「も、もっと他にないのか? なんでもだぞ? こう、なにか」
「じゃぁ……世界征服」
「いきなり壮大すぎるだろぉ!」
再びキメ顔で壮大なことをのたまったことに、男は大声でその渋い顔とはとても似合わない怒鳴り方をした。
「金だぁ、ストレートパーマだぁ、低レベルな答えばっか出しやがって、挙句の果てに世界征服? ふざけるのも対外にしやがれ!」
「怒るのは構わねぇが、その顔でするんじゃねぇ。違和感が半端ねぇんだよ」
彼女が知っているお相棒はその渋い顔と似合うしっかりとした性格をしていた。
滅多なことでは表情を崩さず、冷静沈着、たとえ怒ったとしても怒り方は怒鳴り散らすようなことはしない。滅多なことで怒りはしないが、怒ったその時は静かに怒りを溜めて陰湿な報復をされる事だろう。
一度だけ、メフィがある些細なことで彼を怒らせたことがある。初めは怒っていないとばかり思っていたが、すぐにそれが勘違いだと分かった。
楽しみにとっておいたおやつの饅頭にデスソースがかけられていたり、銃を撃とうとしたら何故か弾丸ではなくフランスの国旗が出てきて、あの時は戦闘中だったため死ぬかと思った。
「あぁ、もう面倒だ。とっとと行ってくれ」
「はぁ!? ちょっとまって! まだ受けるとも言って」
「決定事項だ」
瞬間、視界が青となった。
眠くなったわけでも体が痺れてくるわけでもない。ただ視界が青色に変わって何も見えなくなってきただけ。照明もないのに青色に変わるだけなら、何も不安はない。だが、なぜか不思議な予感がした。
――嫌なことが起こる。
死地を乗り越えた者、死にそうになった者が感じるようにと言われているそれは、その予感は……、
よく当たる。