第12話 子供特有の……
突然に表れたフクロウの首を掴んで、逃げられなくした。
いとも簡単に捕まえる事が出来た事に、周囲の目の色が変わった。
今まで食べた事がなく、お店からよく漂ってくる匂いばかりを嗅いでいた肉を想像して、子供達はその腹の虫達を合唱させる。
今まで想像することしかできなかった、御馳走に彼女達は目を奪われる。
ヒナからしたら、久しく食べていなかった肉。
一噛みした瞬間にあふれ出る肉汁。
ちょうどいい歯ごたえの柔らかさ。
想像しただけで涎が零れてくる。
ヒナは過去に食べた事がある焼き肉の記憶が蘇り、我慢が出来なくなった。
早くこのフクロウの首を折ろう。
毛を毟って
血を抜いて
肉を切り刻んで
焼いて、焼いて、中まで焼いて
腹いっぱいになってやろう。
「ま、まってレヴィちゃん!」
「……何故?」
いざ、力を入れて首の骨を折ろうとした瞬間に、それを止める者が現れた。
鳥類の同族ともいえるアヤメが、ヒナを止めた。
何故止める、とヒナは言った。
鳥類の特徴があるからなのだろうか。共食いをする動物はいるが、鳥が共食いをしたという話は聞いたことがない。もしかしたら、それがあるから止めたのかもしれない。
「あ、えっと、そのぉ……」
「……」
自分でも何故止めたのか分かっていないのか、アヤメはその場でおろおろしていた。
それにしびれを切らしたヒナは、行動を再開した。
アヤメも肉が食べたいだろう。
本当は独り占めしたいが、私はそこまで食い意地は張ってない。
待っててくれ、今からこれを肉に変えてやるから。
「だから、待ってって言ってるのぉぉおおおおおおお!」
「ぎゃぁあああ、み、耳がぁあああああ!」
アヤメの必殺技である声帯砲がヒナに大ダメージを与えた。
ヒナは片耳を両手で押さえながら、地面を転がった。
「あ、アヤメェ! み、みみ、耳から血が出たぁああ!」
絶対鼓膜やられた!
確実にアヤメに持ってかれた!
だって聞こえにくいもん! 音が左側しか聞こえないもん!
マジかよ……フ〇ック!
「ほんとだぁ、これ治るのかなぁ?」
「治るんじゃないか? だってこいつ傷だらけでも一日で治るし」
そう、私の怪我は治るのが早い。
普通の人間が一週間で治る怪我でも、一カ月で癒える傷でも、すぐに治る。
だが、その怪我の治る速さは実は決まっていない。
一日で治ることもあれば、三日以上かかる時もある。
それの違いは未だに把握できていない。
「あぁあああ! ご、ごめんなさいぃ……で、でもぉ、やめなかったヒナちゃんが、わ、悪いんだよ」
「そうね。ねぇ、ヒナちゃん。お話だけでも聞いてくれないかしら?」
「うがぁぁ」
「良いよですって。良かったわね、アヤメ」
「……言ってない」
片耳から微かに聞こえてきたダリアの言葉に、
しかし、反論する言葉はかなり小声しか出なかった。
地面に伏せながらアヤメを見ると、
フクロウと目線を合わせるようにして、膝を地面についた。
「……えっと、あ、あなたは、どうして来たの?」
「ホォ」
獣は一声、鳴いて答えた。
「私は、アヤメっていうの。あなたの、お名前は?」
「ホォ」
再び、獣は鳥の少女の質問に一鳴きして答えた。
だが、アヤメは眉を顰めるて悩むばかり。
「う~ん……どうしよう」
「やっぱり、肉」
「だ~め」
「うげぇ!」
本音が口をついて出た瞬間
青の少女はダリアに首を絞められた。
獣の少女の握力は普通の大人と大差ない。
それがヒナが今まで観察して分かった事。
そんな握力で喉を握られれば
当然、呼吸が出来なくなるわけで……。
「ちょ、ダリアちゃん! ヒナちゃんが、髪の毛と同じ顔になってる!」
「あらやだ、私ったら」
「……」
「うん? お~い、ヒナぁ?」
手を離されて青の少女は地面に突っ伏して動かなくなった。
リリーは心配してなのか、顔を覗き込むようにして顔を地面に近づける。
「ホォ」
そんな時、フクロウが一鳴きするとその場から翼を羽ばたかせ
ヒナの頭の上に、着地した。
「ホォ、ホォ!」
我こそ、頂点に立つ者だ!
そんなことを言っているかのように
フクロウは翼を広げながら、頭の上で鳴いた。
「ホォ、ホグエェ!」
「……この、クソ鳥ガァ」
「ホ、ホホホホ……」
地面から持ち上がった顔には、
怒りが張り付いていた。
恐怖のあまりに、フクロウは再び震え始めた。
「やっぱり、鶏肉ぅ」
「ホォオオオゲェエエエエ!」
「へぇ、これがフクロウの絶叫かぁ……変なの!」
一番子供らしいまりかから、変なの扱いされたフクロウ。
だが、今まさに命の危機に瀕しているせいで何も返答をすることが出来なかった。
「……ねぇ、この子、私達で飼ってみない?」
「……はぁ?」
今まさに殺そうとした瞬間に、止めたのは、今度はダリアであった。
ヒナはその止めた理由の意味を理解するのに数秒の時間を有し、素っ頓狂な声を上げた。
動物を飼うというのは難しい。
動物を飼うにはまずはなんといっても食料が必要だ。
今現在にいたって自分の食料すら確保できていない現状で、
他の物の分まで買う余裕はない。
しかも、相手は鳥。
鳥かごもなければ、閉じ込めておく場所もない。
フクロウが本気になればすぐに飛んで逃げられてしまう。
そんな疑問を持っていると、予想をしていたのか、ダリアは口を開く。
「そうねぇ……羽でももぎましょうか?」
「ホォ!?」
「確かに、そうすれば逃げられなくなるしな」
「別にいいんじゃない?」
残酷な事をさも当たり前かのように言うリリーとまりかが同意の言葉を口にする。
「だ、ダメ! そ、そんな可哀想なことしちゃ、ダメェェエエエエエエエエエ!」
「ウギャァアアアアアア!」
三度、真隣から上げられた絶叫に、ヒナの残っていた鼓膜は無残にも破壊された。
他の三人はもう慣れているのか耳に手を当てて最悪の事態を免れていた。
「あっ!? ひ、ヒナちゃん、だ、大丈夫?」
「……あぁ? 何か言った? 何にも聞こえない」
何も聞こえない。
地面を踏む音も
自分の呼吸音も
心臓の鼓動も
隙間から吹く風の音
蟲が地面を這いずる音
遠くで響く喧噪
その全てが聞こえない。
「あぁ……あぁ」
「あぁあああ! ヒナちゃんが倒れたぁ!」
「ご、ごめんなさぁあああああい!」
「……叩けば治るか?」
「どうかしら……えいっ!」
可愛らしい声と共に振り下ろされた拳は、ドコッ、という鈍い音がヒナの頭部から鳴った。
しかし、頭を叩かれたヒナは動かず、特に変わった事は見当たらない。
徐々に地面に赤い液体が広がっていくところ以外は……
「ヒナちゃぁああああん!」
「あらあら、やりすぎたかしら?」
「やりすぎだぁ! さ、さすがにヒナもこれじゃぁ……」
「うわぁ、いたそぉ……」
「ホォ」
一人の少女が倒れている周りで騒いでいる少女達を見ながら、フクロウは一鳴きした。
その声は、呆れているかのような、溜息のような鳴き声だった。