第9話 新しい相棒
8話の最初の部分をストーリの流れ的におかしいと思ったので持ってきました。
読んだことある!
と思った方、間違いではありません。
世界は平らでこの国は世界の中心に立っている。目に見える先の先みで歩みを進めれば、やがて道は途絶える。もしくは今なお広がり続けているのかもしれない。
そんな現代に生きる者だったら気がくるってるのではないか、もしくはただの笑えない冗談を言っているのかと受け取ってしまうようなことを至極真面目に思っている国は一つだけではない。
この緑豊かな大地に立っている国のほとんどはそう思い込んでいる。
だが、それも無理からぬことであろう。
ここには世界全体を見る事も、その先の先までたどり着くことはできない。
歩いていけば人生の全てを使ってもつかない、馬車を使っても食料や馬の餌が途中で無くなってのたれ死ぬ。
それら全ての問題を無視できたとしても界物が蔓延っている世界は弱者には厳しすぎる。
ならば強者ならばというのも無理だ。
彼らは権力のある者に求められる。弱くとも権力のある者の近くで過ごす彼らは贅沢を覚え、求められ欲望が簡単に手に入る場所から離れようと思う者はいない。
世界に夢をはせる者は弱き者、今の世界で十分に満足する者は強き者。
故に彼らは自分達の世界を知らず、鳥籠の中で安寧を求め続けている。
だが、その鳥籠の中でも影の中にいる一部の者達は首輪をつけられた者達が食べる餌を虎視眈々と狙っていた。
「これを五つほどくれないか?」
「へい、毎度あり!」
人が密集する街道のなかで髭を生やした男が屋台で食べ物を買っていた。
あまり人が来ていないのか男の屋台にある商品は数が多く残っている。
そんなことに業を煮やしていた商人が目の前に来たお客をまるで救世主がきたかのように錯覚し、盛大な笑みを浮かべながら相対した。
お客が指定した数だけを袋の中に入れる。
袋を片手に入手に差し出し、代金を頂こうともう片方の手を前に出した時、それは起こった。
「今ッ!」
「えぇい!」
「てやぁ!」
可愛らしい声が聞こえた直後に、木が折れる独特な音が二つ微妙にズレて聞こえた。
それは屋台を支える支柱だったのか、雨が降ったと器用に上にかぶせてあった布は下に落ち、商品を置いておいた棚が崩れてそれをまき散らした。
「うわっ! な、なにが!?」
「うおぉ! な、なんだこれは!?」
身長の高い大人二人は布が頭にかぶり視界が遮られてしまった。
すぐに布から出ようともがくも、急な事態に咄嗟の判断ができなかった彼らはお互いの咆哮に布を引っ張り合うことで更に出ることを困難にしていた。
「よし、食い物、とる!」
「了解!」
「う、うん!」
散らばった商品をせっせと集めていく小さな子供達、灰色の布を被っただけの彼女達は傍から見れば散らばった商品を親切心でとっているようにも見えるだろう。
「クッソぉ! ふぅ、うん? あ、お、お前らぁ!」
「あらあら、気づかれちゃったわ」
「に、逃げましょう!」
「はいは~い!」
「こらぁ! このクソガキどもがぁ!」
食べ物をそれぞれ持てるだけ持った五人の少女達は怒り狂う商人に背中を向けて走る。
その中の水色の長髪をしている少女は顔だけを後ろに向けて承認を見る。
「誰が、待つ! 豚足!」
少女はその可愛らしいで商人を睨み、戦利品を落とさないよう細心の注意を払いながら、右手の中指をたてて汚い言葉を走りながら吐き捨てる。
「こ、のぉお!」
商人は怒りのあまりに顔を真っ赤にしながら子供達を追いかける。
「うおぉ!?」
視界の先に盗人達しか映していない彼は一切他に注意を向けることなく走り出した。
この街道は多くの人や馬などが歩きやすいように煉瓦で舗装されてはいるが、数年間整備もされていないためか、あちこちに綻びが見られるがそこまでひどくはない。
故に彼は硬い地面に慣れているため急なことに体が硬直してしまった。
「なっ、ど、泥!? 泥が、なんで!?」
舗装されて硬い筈の地面が何故か泥化しており、そこに足を入れてしまった彼の足は煉瓦と共に足首から膝までの真ん中ほどまで呑み込まれてしまっていた。
「ぬ、抜けねぇ!」
「あはは! ざまぁ!」
男は必死に泥から足を出そうともがいているが深くはまっているせいでなかなか抜けないでいる。
そのことが心底面白かった彼女、メフィは大声で笑った。
舗装された道が雨も降っていないのに泥ができるわけがなく、また足首の全てが生まれるほどに地面がぬかるむことなど湿原ならばあるが、ここは街道。それはありえない。
「あはは! 魔法、便利!」
そのあり得ない現象を起こしたのは、この私。
どうやって舗装されているはずの場所に罠が作れたのか、それは単なる偶然で生まれたものが原因だった。
「ま、ほう?」
「そうだ。魔力とは目に見えないが、あるだけで大抵の事はできる。火を灯すことも、風をおこすことも、水を出すことも、土を操ることも、雷を操作することも可能なまさに万能のエネルギーだ」
この世界の言葉を徐々に覚え始めたころに、男は魔法と言うものについての説明を始めた。
魔力は基本で五つ、混合して複数の属性に変換できる万能のエネルギーではあるもののそれを十全に使える者は限られているという。
この世界に生きている者のほぼ全てに魔力はある。
だが、それを攻撃などに変換できるものは人間だと約千人に一人という割合だという。
この国の総人口が分からないがそれがかなり少ないということは分かる。
それを私はこの男曰く十全以上に使えるという。
この話は常人なら信じないものであるが、生憎ヒナは普通ではなく、その魔法の現場を目撃したことでその説明を信用し、続きを促した。
「ただし、お前は水しか使えない」
「はぁ!?」
魔力が十全に使えるのなら、得手不得手はあっても全ての属性に変換できると説明を受けていた彼女は彼の言葉に驚嘆し、同時に困惑した。
「まぁ、待て、今説明するから。お前のその体を作っている核。それはある一族が千五百年もの時間を費やして作った五つの傑作の一つ。それぞれが一つの属性を司っているが故に最強。その最強を代償に、それを核にした物はそれ以外の属性が使えなくなる」
説明を聞いていてもヒナにはよくわからなかった。
物と言われても見た目は完全な人の体である。
そして、最強と言ってはいるがまず基準が分からない今の状態ではその実感は一切持てない。
仮にこの説明を全て信用すると、今現在は水しか使えないという事になる。
(いや、待て……)
水しか使えないというのは違うのではないかと、ヒナは考えた。
五つの最高傑作、魔力の基本属性は五つ。
「……」
私はすでに最強を一つ持っている。だが、それが全部あったら。
もし、この話が本当だったら。
ありえない、
でも、
最強を五つ揃えて私が史上最強の力を手に入れられたら……
(私が、最強ッ!)
笑いが止まらない。
この最底辺で生きてきた私が誰にも負けない力を得る。
もう怖がる必要がなくなる。
「……ろ」
「うん?」
心が躍る。
心臓の高鳴りが聞こえてくる。
ゾクゾクとした感触が全身から湧いて出てくる。
「教えろ」
相手を嘲笑しているかのような笑みを浮かべながら、
「私に、全て教えろ……相棒」
彼女は一言、そうこぼした。
今まで相棒にに似ているだけで、決して呼ぼうと思っていなかった言葉を彼女は口にした。
自分の隣に立ってくれと、誰にもわからないメフィだけの言い回し方。普通ならばこの言葉はただの命令にしか聞こえない。
「はは、いいぜ、いいぜ相棒。お前に全てを教えてやる」
だが、男は違った。彼女の言葉がどういう意味を持っているのかを正確に読み取って笑い、同じく拳を突き出した。
彼女は死ぬ前のことを心の底に残しながら表層から忘却し、新しく入れる場所を作った。
新しい常識を、新しい知識を、新しくできた相棒と共に入れていく場所を。