白輝龍子は〇〇である
世界が淀み始めた。本日二度目のバトルフィールドが発動した。しかし、今回はエコノミカルモードではなかった。フィジカルモード、つまり、痛みが現実にまで影響してしまうモードであった。
「お盛んだねぇ」
「二度目ともなると安心ですね。何があってもどうせ夢みたいなものですし」
魔訶部魔央はのほほんとした様子で呟いた。
黒曜紫闇が厳しい表情で叱責しようとするのを、白輝龍子が視線で止めた。無用に怖がらせるだけだ、と。
彼女たちのやり取りを察した閃光院未佳がふんわりと微笑み、魔央の手を取った。
「魔央さま~。バトルフィールドではどうせ、わたくしたちは役に立ちませんわ~。物陰に隠れてずいずいずっころばしでもなさいましょ~」
「なぜにそのチョイス? でもまあ、役に立たないのはその通りですし、了解です」
素直に身を隠す後輩を目にして、紫闇と龍子がほっと胸をなでおろした。
「紫闇も一緒にさぼってろよ」
「む。しかし……」
「俺様一人で問題ない、っつーか、ぶっちゃけお前だって俺様からしたら足手まといだね」
からかうような口調で言い切った。
紫闇はしばし沈黙していたが、ようよう、不敵な笑みをこぼした。
「ふっ。では任せたぞ」
「おうよ。ワンパンで終わらせるぜ!」
龍子が紅色の砂で構成された砂丘を越えると、眼下には地獄が広がっていた。五体のいずれかを失ってうめいている人型の何かが山積されていた。
人間か人間でないかはこの際問題ではない。それを為した今回の敵の残虐性こそが問題と言えた。残虐さの片鱗でも魔央に向けられたとしたら、そう想像するだけで、龍子のはらわたは煮えくり返った。ただでさえ、エコノミカルモードで魔央を怯えさせた奴らには心底嫌気がさしているのだ。
突如、砂が吹き飛んだ。世界は紅色に染まり、うめき声は叫び声へと取って代わった。
「っち。やること為すことキモイぜ、ったく。胸糞わりぃ」
ごちた龍子の足元の砂が不自然にうごめいた。
龍子は瞬時に反応を示し、次の瞬間には遠く離れた別の砂丘に降り立っていた。その直後に、最前まで彼女が立っていた場所が、はじけ飛んだ。
「きゃははっ! 避けた避けた! 生きがいいじゃん!」
砂漠全体が声音を発したかのような、世界を震わせる大音声が響き渡った。甲高く耳障りな、不快な声だった。
龍子は黙したまま、深く息を吸った。
「反応なしぃ? つまんなぁい! もっとキャンキャン啼き喚きやがれよぉ! きゃはははは!」
不愉快な音の波は続いた。その間も大地ははじけ飛び、砂塵が上がり続けた。
しかし、龍子は一言も発さぬままでその全てを回避し続けた。
「な、なんなの! いくらなんでもすばしっこ過ぎぃ! こんなの常人じゃ――」
「おらあああああああああああああああああぁああああああああぁあああぁああ!!!!!」
気合一閃。龍子の叫びに伴って、強風が吹き荒れた。
風はあらゆるものを世界から除き、紅色の砂は一粒たりとて残さず、彼方へと飛び去った。
付近に転がるのは、変わらずうめき苦しむ何某か共と、ゴスロリファッションに身を包んだ三十路超えにしか見えない女だけだった。
「痛い格好のアラフォーだぜ」
「ま、まだ、アラサーよん!」
アラサー女子は震え声で、青い顔色で、かろうじて抗弁した。
「よかったな。アラサーのままで逝けて」
龍子は彼女の言葉など軽く受け流し、両手の指をポキポキ鳴らした。
「あ、あんた分かってる!? フィジカルフィールドよ! 人殺しになるわよ!」
「別にいい。俺様は魔王部だからな」
「ま、魔王って、何よそれ!」
「五月蠅い」
低く押し殺された龍子の言葉に、アラサーは失禁した。
龍子が駆け出す。
アラサーは、眼前まで迫った龍子を瞳に移し、息を呑んだ。
「ぎ、銀の瞳の中に浮かぶ星形の模様……! 魔王っていうか、貴女、ゆう――」
神速で振るわれた龍子の拳が、アラサーの顔面をとらえた。
世界は瞬時の間にて元に戻った。
「ふむ。終わったか」
「おかえりなさいませ~、龍子さま~」
「龍子先輩、お疲れ様です」
魔王部の部室に戻った面々は、バトルフィールドに迎えられる前と同じ姿で過ごしていた。
龍子は気持ちをどうにか切り替え、くしゃりと笑った。
「おうよ。ワンパンで終わらせたぜ!」
したゆですね。