神の使い
ジャックはまず手の中から赤、青、黄、緑の4つのボールを出した。すると、感嘆の声が上がる。何故ならそれは傍から見れば、さながら魔法のようであったからだ。
「すっげー!」
「どうやったの!?」
「ふぉっふぉっ……」
ジャックは赤いボールを上へと放り投げた。次は間髪入れずに青いボール、黄のボール、緑のボールと順々に投げていく。綺麗な円を描きながら色鮮やかなボール達は右手から左手へ、左手から右手へと移動を繰り返す。
「綺麗!」
「かっけー!」
「フフ、もっと行きますよ」
ジャックは左手を下げる。そして、4つのボールをそれぞれ2つに分けて投げ始めた。
「これなら俺にも出来るかなー?」
「あんたは馬鹿だから無理よ」
「練習すれば出来るようになりますよ。ボクだって友達の真似をして出来るようになっただけですから」
そう言って、再び先ほどの4つのボールを順に投げる方法に戻す。周囲は次は一体何をしてくれるのだろう、とジャックに期待の目を向けている。
(嗚呼……凄くいいですね。子供達の笑顔、皆の笑顔……これをすれば皆が笑ってくれる。目に輝きが戻る……!)
ジャックが次の段階に移ろうとした時であった。
「器用な人……とても素晴らしいわ」
「え……」
鳥のさえずりのように美しく透き通った少女の声が聞こえた。その声に驚いたジャックは、投げていたボールを全て地面に落としてしまった。
しかし、そのことで動揺する様子もおどける様子も見せない。ただ、驚愕の表情を浮かべて固まっているだけだった。それを見て、周囲の人々は不安そうに語りかける。
「どうしたのジャックー!」
「失敗?」
「あの人だぁれ?」
「ジャックのお友達?」
その周囲の声も今のジャックには届いていなかった。周囲の人々など見えてもいなかった。
「貴方は……何故!?」
今のジャックに見えているのは、公園の入口で車椅子に座っている真っ白な少女だけであった。ただその少女の表情は、言葉とは裏腹に冷めていた。冷たい目で軽蔑しているかのよう。彼女の存在だけで、明るかった公園は氷のように凍てついていく。
「怖いね……」
「怒ってるの?」
「あの人って神様の……」
「シッ!」
彼女の後ろにいた召使いらしき男性が、車椅子を押して前へと進ませる。
「皆を私を知っているのね。光栄よ。私も知っているわ、いつも見てるもの」
透き通る真っ白な長髪、真っ白な肌、そして青の瞳と真っ赤な唇が少女から神秘性を漂わせている。かつて、その神秘性をジャックは見たことがあった。
(でも貴方は――)
少女は、周囲に集まる子供達の間を通り抜けてジャックの前に来た。そして、冷たい目のままジャックを見て言った。
「随分とふざけた格好をしているから面白いんじゃないかって見てたけど……そんなことなかったわ。ただの子供騙し。残念だったわ。救ってあげる価値もない」
「そんなことを言うために、お前さんはわざわざここへ来たのかい?」
老人が少女に言う。すると、召使いらしき男性が声を荒げた。
「そんなこととはなんだ! 神の使いであられる方の有難きお言葉だぞ!」
(神の使い? 本当に貴方は……)
「やめなさい」
少女は、召使いらしき男性を睨む。すると男性は、表情を凍らせた。
「申し訳ございません……」
少女は再びジャックに視線を向ける。
「勘違いしないで、このためだけに言いに来るほど私は暇ではないわ。神の使いとして彼に警告する。さっさとこの町から出て行きなさい、とね。貴方の思いも考えも分からないけど、貴方のせいでいずれは……神からのお告げ。これは警告。出て行かないのなら、子供達の笑顔は必然的に消えるでしょうね。貴方のせいで」
「ボクの……」
ジャックは俯いた。これまでのことを思い出したからだ。苦しむ人々、悲しむ人々、笑顔なんてものが消えた世界。その時のジャックは自分を責めることしか出来なかった。
「神は言っているわ。あらゆる呪いの元凶が貴方であると……ね」
「……こうしたのは誰ですか。ボクは好きでそんなことをしている訳じゃない。ボクが笑顔を見たい、それだけなのに。いつもいつもその逆が起こる……それもこれも! 貴方がボクに全てを押し付けたせいだ!」
ジャックははっきりと怒りを露にした。あの気味の悪いほどの笑顔を浮かべている者とは同一人物とは思えないほど、顔を怒りに歪ませている。
子供達はそれを見て泣きそうになってしまっている。老人も驚愕の表情を浮かべていた。しかし、その中で少女だけは表情を変えていない。動揺も恐怖すら感じていない様子だった。
「……誰と勘違いをしているのかしら。私と似た人物がこの世界のどこかにいるってことかしらね。是非ともお会いしたいものね。それでは失礼するわ。行くわよ」
男性は方向をクルリと回転させ、公園の入口へと車椅子を進ませていく。
「待って下さい! 僕はずっと貴方を……!」
振り返ることもなく少女は言った。
「ずっと? 馬鹿馬鹿しい。なんど言えば分かるのかしら。私は貴方を知らない」
「そんなはずありません!」
「貴方の常識を私にぶつけるのはやめて貰えるかしら……うるさい」
「そんな……貴方は嘘をついています!」
ジャックは少女を追いかける。しかし、どこから現れたのか黒服の男達がジャックを掴んだ。
「な!? 離せ! 離して下さい!」
「祭壇に連れて行くわよ。そこに置いておくのが一番安全だわ」
瞬間、眠気をジャックは初めて感じた。ジャックの体は力を失い、手や足が垂れ下がった。
「ジャックに何を!」
老人が黒服の下へ向かおうとした。しかし、片方の黒服がそれを制止する。
「近づくな。これが効いた以上、こいつは人間でもエルフでもない。危険だ」
「そんなことは知っとるわい! ジャックはわしらに何もしとらん!」
「あら……知ってるの? 彼も連れて行きなさい。何かの鍵になると思うから」
公園は凍り付いたままだ。涙を流す子供達、震える子供達が連れて行かれる老人とジャックを見つめることしか出来ない。
「ショーは終わってないはずなのに……」
少女がボールを拾って、一筋の涙を流した。




