笑顔と元気を
「着いたぞ、ここじゃ」
ジャックが連れて来られたのは子供達が元気に、そして楽しそうに遊んでいる公園――ではなく、子供達が元気なく座り込み、倒れ込んでいる公園だった。草が生え、小さな虫が飛んでいるのがジャックの位置からでも分かる。
「……どうしてこんなに」
この光景はジャックに大きなショックを与えた。子供達楽しく駆け回り、笑顔で溢れるはずの公園からそれが全て奪われてしまっている。死を感じさせる、死が迫って来ている、本来そんな場所ではないはずなのに。
「現実じゃ、これが。トールは比較的治安のいい場所とされとる……じゃが、それは他の町と比較しただけの話。実際は多くの者が職を失い、職があってもまともな給料さえ貰えん。故に、盗みに走ったりする者もおる。殺人事件だってあった。この公園はの、親が子を捨てるか、親が亡くなった子が集まる場所じゃ。そのお友達も、もしかしたら……」
老人はジャックの背中でスヤスヤと寝息を立てて眠る少年を見て、悲しそうな表情を浮かべた。
「どうして王は何もしてくれないのですか……国の状況を知らないのですか」
明確に、はっきりとジャックの顔から笑顔が消えた。
「さあの。王がするのは各地で起こる反乱を制圧することだけじゃからのぉ……」
「ボクは笑顔が見たいです。子供達の笑顔を取り戻したいです。皆を元気にしたいです」
それだけ言うと、ジャックはその公園に向かって歩みだした。
(許せません……でも、これは――)
ジャックが公園に入り立ち止まると、俯くように座っていた子供達の視線が向けられた。倒れている子供は、少し体を上に向ける。ジャックに向けられているものは、勿論歓迎ではなく警戒。
「だぁれ?」
弱々しい少女の声がした。その声のする方へ視線を向けると、金髪の少女がジャックを睨みつけていた。声こそ弱々しかったが、ジャックを睨むその目は「皆を守ってやる」そんな気持ちを感じさせる強い目だった。
「ボクはジャック。旅人です」
ジャックは再び笑顔になった。意識しているものではなくて、自然と。本心からの笑み、ただその笑顔は人によっては不気味に映ってしまうこともある。
「キモイんだけど、消えてくれない?」
「はて? ボクは消えることは出来ませんよ、そんな魔法みたいなことは出来ないです」
「はぁ? 馬鹿にしてるの? それとも馬鹿なの?」
「ボクはジャックです。皆に元気になって貰おうと思ってパンを持って来ました!」
ジャックは、袋の中から一つパンを取り出した。生気を失っていた子供達の目に光が灯り始める。警戒心をむき出しにしていた少女は、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「順番に並んで下さいね、一人一つずつ。足りなかったら、また買って持って来ますから」
そのジャックの呼びかけと同時に、子供達が群がり始める。
「僕が先だぞ」
「俺だよ!」
「違うよ!」
「うるさいな! 喧嘩しないでよ!」
どうやら誰が一番最初に並んだかどうかで喧嘩を始めてしまったようだった。
「焦らなくても大丈夫です。皆にパンはあります。分からない時は譲り合いをするのです。それが出来る子は偉い子です」
子供達は、それを聞いてお互いを見つめ合った。
「お前先行っていいよ」
「わーい!」
「次、うち!」
「その次僕~!」
自然と子供達は笑顔になった。列が作られ、パンが渡されるのを今か今かと楽しそうにしている。
(良かった。笑ってくれてます)
「ねぇ」
金髪の少女がジャックの隣に立っていた。ジャックの腰くらいの身長、恐らくまだ十歳くらいなのではないか。薄汚れた顔が不思議そうにジャックを見つめている。
「どうしましたか? パンなら順番ですよ」
「どうしてくれるの?」
「笑顔になって欲しいからです。元気になって欲しいからです」
「変な人、服も髪も変だけど。わざわざパンくれるために来た人なんていないよ」
「パンだけではありません。もっと素敵なものも用意しました!」
ジャックは微笑む。
「ねー早く頂戴!」
待ちきれない一番目の少年がジャックのズボンを引っ張る。
「分かりましたよ~はい」
パンを受け取った少年は、嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとう! やったやった!」
「ねぇ、素敵なものって?」
会話を邪魔された少女は少し不機嫌そうに言った。
「食べ終わった後のお楽しみです!」
そんな様子を、公園のすぐ隣にある比較的綺麗な白いレンガ造りの建物の窓から見ている人影があった。
「誰かしら……」




