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 ジャックは大通りを彷徨うように歩いていた。


(公園らしきものは……しかし、これだけの場所なら公園くらいはあるはずです。通行人の方に聞いてみましょう)


「あのー、すみません」


 ジャックが声をかけたのは、中肉中背の薄汚れた服を着た白髪の老年男性だ。


「ん?」


 男は立ち止まってジャックを見る。


「この辺りに公園ってありますか?」

「え?」


 ジャックの声が上手く聞こえなかったようで、髪をかき上げて耳に手を当てた。ジャックは、少し驚いた。何故なら、その男の耳は鋭く尖っていたからだ。髪に隠されていたため、気付かなかった。


(エルフ……ではこの人は……?)


「青年、さっき何か言ったじゃろう。わしは耳が遠いでの~大きい声ではっきり、耳元で喋っとくれ」

「あ、はい。この辺りに! 公園って! ありますか!?」

「公園?」

「はい」

「わしの店の前にあるぞ~。案内してやろうか?」

「本当ですか、助かります」


 ジャックは、背中でスヤスヤと寝息を立てている少年の姿を確認して頷いた。


「その少年は?」

「ボクの……お友達です」

「ほう、お友達か。では、その手にある袋はなんじゃ?」

「パンです」

「かなり大量のようじゃが……それ全部一人で食べるのか?」


 首を振って、ジャックは否定する。


「いいえ、お友達と食べます」

「そうかそうか……それにしてもそんなにパンを買えるとは中々裕福のようじゃのぉ」


 男は、恨めしそうにジャックを見つめた。それにジャックは困惑した。何故ならば、エルフというのは基本的に優位な立場にいる種族だ。この国の王だってエルフだし、貴族も軍人もエルフだけだ。それ以外の身分でも裕福な商人など、常に経済の中心にいるような存在。今困窮に喘いでいるのは、人間達だけなのだ。


「どうした? そんなに不思議そうな表情を浮かべて」

「おじいさん……おじいさんはエルフではないですか。それなのに……」


 しかし、それでも昔は誰一人として不満を漏らさなかった。何故ならば、十分過ぎるくらい物資があったからだ。


「フォフォフォッ……わしは追い出された身じゃからのぉ……生きとるだけでも幸せってもんじゃ。じゃが、腹が減っては何も出来ぬ。どれ、わしも今日からお前の友達じゃ。パン、一つ貰おうか」


 そう言うと、男は手をパーにして差し出した。その手はしわしわでマメが何個も潰れた跡があった。


「パン……どれでもいいんですね?」

「うむ」


 仕方なくジャックは、袋の中から一つのパンを取り出した。偶然手にしたそれはクッペであった。


「このパンでいいですか?」

「おお! 美味しそうなパンじゃ! どれどれ……」


 男はジャックが渡す前にクッペを奪うと、丸ごと一気に口へと放り投げた。その行為にジャックは唖然としてしまった。


(喉に詰まらせてしまうのでは!?)


 そんな心配をよそにモグモグと美味しそうにパンを嚙み続ける男。まるで、頬袋に木の実を詰め込んだリスのようだ。チラッとジャックを見ると、手招きして歩き出す。


「ついて来いってことですか?」


 そう質問すると、男は大きく頷いた。


(心配ですけど……この様子だと大丈夫ってことなんでしょうか? 大丈夫ですよね、おじいさんは死んだりしませんよね……)


 この時ジャックの脳裏に浮かんでいたのは、遠いある日のことだ。思い出したくもない、忘れたい過去。暗いそんな過去を忘れるために、ジャックは旅を始めたのだ。

 しかし、残念ながらその効果が出ているとは言い難い。


「◆▽×〇◎!」


 男はジャックがついて来ていないことに気付き、振り返って怒り口調で手を大きく上下に振る。


「あ、今行きます!」


 少年とパンに気をつけながら、ジャックは早歩きをした。赤髪が風になびいて、耳が一瞬だけあらわになった。勿論誰も見てなどいなかったが、その片方の耳――右耳には黒く焦げたような跡があった。

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