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只者じゃなくて、ジャックです

 ジャックは、少年を背負って大通りを歩いていた。目的地は少年が盗みを働いた店だ。


(う~ん……盗んだのはクロワッサン。パンですからパン屋さんでしょうか。今の所それらしき場所は……あ!)


 人だかりがレンガ造りの茶色い建物の前に出来ていた。


(もしかしたら、あそこかもしれません)


 ジャックは、少年を抱えたまま建物へと向かった。その建物に近づくにつれて、美味しいパンの匂いが漂ってくる。どうやらここで間違いなかったらしい。ジャックは、その人だかりに容赦なく突っ込んでいく。


「どうもどうも皆様こんにちは~、ボクは――」

「あぁ! このガキよ、このガキ!」


 先ほど叫んだのはこの女性であったようだ。顔を真っ赤にして、ジャックがおぶっている少年を指差す。しかし、それが遠くにいた人々には分からなかったようだ。


「どっちのガキだ!?」

「派手な方か!?」

「見るからに不審者ね!」


 ジャック自身、何もしていないのにも関わらず酷い言われようである。しかし、それでもジャックは笑顔を崩さない。


「アハハハ、彼の代わりにお金を払いに来たんですよ。それと今ここにあるパン一つずつ全部下さい。おいくらでしょうか?」


 唐突なことに周囲の人間は固まる。


「正気かい?」

「ボクはずっと正気ですよ。この少年が盗んだクロワッサンの分のお金も払いますし、今から買うパンのお金も当然払います。合わせていくらですか?」


 遠くの人々は何が起こっているのか、さっぱりといった表情だ。周囲の人々はとんでもない奴だと騒いでいる。


「あんた……このガキの仲間かい?」

「違います、ボクは旅人ですから。偶然盗みに遭遇してしまいましたからね、この少年を捕まえてみたのです。そうしたら、何故か彼の反応がないのです。どうしてでしょう?」


 ジャックは、先ほどからの疑問を女性にぶつけた。すると、女性は「何を言っているんだ、こいつは」とでも言いたそうな表情だ。それは、周囲の人々も然りだ。

 何故なら、それは見れば分かることだからだ。どの角度から見ても、少年は気絶している。もしくは眠っているようにしか見えない。これは物心ついた子供、いや赤ちゃんにでも分かりそうなことだ。


「……あんたに驚いて気を失ったからじゃないのかい?」

「気? 少年は気を失ったことで、ボクを無視するようになってしまったのですか? 気とはなんですか? 山に生えているアレとは違うのですか?」

「馬鹿なのかい?」


 女性の顔からは怒りは消えていた。その代わり、ジャックに対する呆れの表情がそこにはあった。周囲の人々も「馬鹿だ」「アホだ」などとざわついている。


「ボクはジャックですよ」

「はぁ……あんた、とんでもなく面倒臭いね。親の顔が見てみたいよ」


 女性は大きなため息をついた。


「ボクも見てみたいです」


 しかし、ジャックの呟きは偶然後ろを通りかかった大勢の子供達の騒ぎ声に掻き消された。


「え?」

「あ、いえ何でもないです。それより、おいくらですか?」

「本当にお金あるんだろうね?」

「ありますよ」

「5000トルだよ」

「分かりました」


 そう笑顔でジャックは言うと、魔法のように財布を手から出した。そして、財布の中から一枚の紙を出す。それを見た女性は驚いた表情でジャックを見る。周囲の人々も歓声を上げた。


「ちょうどです」


 それを女性の手の上に置いた。女性は、それが本物であるかどうか確認する。


「本物だね……確かに。ちょっと待ってな、今からパン用意するから」


 そう言って、女性は棚に陳列されていたパンを紙袋に詰め始める。すると、周囲の人々達が一斉にジャックに詰め寄る。


「お前何者だ!?」

「今の魔法みたいなのは何だい!?」

「エルフか!?」

「魔法が使えるのに、耳が尖ってないのはどうして?」

「王族の人?」


(彼らは使えないんでしたっけ……それにエルフっていうのは……)


 ジャックの脳裏に浮かんだのは、耳の尖った若き金髪の少年。笑顔が素敵で、魔法が上手だった。ただ彼が大人になってからは会う機会がなくなってしまったのだが。僅かに、ジャックの表情が曇った。しかし、それに誰も気づかない。


「言ったではないですか、ボクはただの旅人ですよ。それにエルフではないボクが魔法なんて使えるはずがないでしょう。さっきのは手品です」

「なんだ~手品か、しらけるぜ」

「やっぱり人間には魔法なんて使えないのよね……」


 一気に周りを取り巻いていた人々が去っていく。完全に興味がなくなってしまったらしい。


「はい、お待たせ。パン全種類、一つずつ」


 パンを入れ終えた女性が、ジャックに大きな紙袋を差し出す。それを受け取ると、少年が落ちないようにゆっくりと態勢を整えた。


「ありがとうございます。それじゃ」

「待ちな、あんた只者じゃないだろう」


 女性はジャックを睨む。女の勘、と言う奴だろう。


「はい、只者ではないです。ボクはジャックですから」


 ジャックは微笑んでパン屋を後にした。そして、女性は怪訝な表情でジャックが見えなくなるまで見つめていた。


(さて……彼が目覚めるのを待たなくていけませんね。どこか休めるような公園でもあるといいんですが)


 この日、この瞬間、ジャックはこの町で有名人となった。やたら笑顔でやたらお金を持っている、やたら派手な人物として。

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