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派手な男ジャック

 トーイ王国の首都トール。戦乱長引くこの国で最も治安が良く、穏やかである場所。ジャックは今日、氷の大地と呼ばれるフゲテから遥々この地までやって来た。


(暖かいですね……ここは)


 赤と白と黒のオーバーオールに、真っ赤な髪、一人で満面の笑み、とにかく目立つジャックに不審な目を周囲の人々は向ける。その視線をジャックは感じていたものの、とっくの昔に慣れたことなので気にはしていなかった。


(とにかく宿を探さないと……お話になりません。いい感じの所を探しましょう)


「ママー、あの人ずっと笑ってて怖いよ~」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 少し離れた位置から、そんな親子の会話が聞こえた。大きい声だったため、ジャックにはしっかりと届いていた。


(気付いたら笑ってしまうのです……これは練習が必要になりますね)


 流石のジャックも子供にハッキリと言われてしまうと、考える所があったようだ。唇をギュッと結んで、無意識の内に上がってしまう口角を抑え込んだ。


「キャー! 泥棒! お金払え!」


 しわがれた女性の声が辺り一帯に響き渡る。ジャックはその声のした方向を辿っていく。すると、その声の主に辿り着く前に目の前を黒い布のような物で顔を隠した人物が通り過ぎた。その人物の手にはクロワッサンが握られていた。


「泥棒さんですか。捕まえてみましょう」


 ニヤリと不気味にジャックは笑って、その人物を追った。奇跡的にその笑みを見ている人はいなかったが、もし見ている人がいたのなら間違いなくジャックはこの時点で不審者認定されていただろう。勿論、ジャックは笑ったつもりなど一切なかったのだが。


***


「はぁ……はぁ……ここまで来たら流石に大丈夫だよな……」


 人気のない路地で泥棒が立ち止まって、黒い布を外す。すると、まだ幼さ残る少年の顔がそこにはあった。全速力で逃げて来たため、彼は既にヘトヘトだ。急いで家に帰りたかったが、一度休憩を挟まなければやっていられなかった。元々彼は体がそんなに強い方ではなく、少しでも走れば咳が止まらなくなることもある。それでも彼が走ったのは家で一人兄の帰りを待つ妹のためだった。


「ごめんなさい神様。どうしても妹にこのパンを食わせてやりたかったんです……」


 彼は懺悔した。どんな理由があっても盗みはいけないことだと分かっていたから。しかし、彼には一つのパンを買うほどのお金もなかった。そのため、彼は盗みに手を染めたのである。


「み~つけたっ!」


 背後から明るい声がした。彼の心がその声により、一瞬にして不安と恐怖に染められる。


「駄目ですよぉ……お金をちゃんと払わないと。商売ですからぁ……ボク悪い子は嫌いなんです」


 その声は次第に近づいてくる。逃げないといけない、そんなことはとっくに分かっているはずなのに彼の体は動かない。腰が引けて、足がすくんで、前に進むことは勿論、歩くことも走ることも出来ないのだ。


「君には幸せは似合いません……ずっと没収です。君の大切な物……ボクが盗みますね? 君みたいに。アハハッ」


 ジャックの手が少年に触れたその瞬間、少年は意識を失って、ゆっくりと前に倒れていく。ジャックはそれを冷静に見て、しっかりと少年の腕を掴んだ。


「……やり過ぎでしょうか」


 ジャックは、脅しの加減がいまいち分からないでいた。


「でも、盗んではいけません。今回はボクが特別に払っておきますから、もうやってはいけませんよ」


 ジャックの声は当然、彼には届いていない。しかし、そのことをジャックは知らない。声に出せば思っていることはちゃんと伝わると思っているからだ。


「君のおうちはどこですか?」


 当然だが、少年からの返答はない。


「あれ~? おうち言いたくないですか? それともないですか?」


 ジャックは必死に彼を揺さぶってみるが、それでも彼から言葉が出てくることはなかった。


「参りました……う~ん、ボク嫌われてしまったかもしれないのです」


 ジャックは大きなショックを受けた。嫌われている、嫌われていない以前に少年にはジャックの声は届いてすらいないのだが、そのことが分からないジャックは悲しい気持ちでいっぱいだった。

 嫌われるということに、ジャックはトラウマがある。しかも子供に嫌われる……それが一番のジャックの嫌な記憶である。

 それでもジャックは笑っていた。どんなに嫌われて苦しくても、笑っていればいつかはきっと愛してくれると思っているから。

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