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一つの呪いは大きくなって

 無機質な祭壇が置かれている部屋、白いドレスを着たソフィアと顔全てを覆い隠した白装束の人間達が、ジャックを取り囲む。ジャックもまた、あの派手な道化の服ではなく白い簡易な服を着せられていた。ジャックを中心に魔法陣のような複雑な模様が描かれている。


「これで……」


 恐怖がない訳でもなかった。しかし、それでもジャックは微笑んでいる。もし、これで国の平和も未来も笑顔も守られるのなら、それでもいいと思った。自らではどうしようもなかった。ただ、そうなってしまった原因を恨むことしか出来ず、ただ不幸をばら撒くことしか出来なかった。


(あの時笑顔になった人々も……ボクが不幸にしてしまったんですよね、元を辿れば)


 ジャックの旅の目的は、皆を笑顔にすることであった。そしてもう一つ、自分をこのような体にしてしまったティアという少女を探し続けていた。だが、彼女はとうの昔に亡くなっていた。それが人間であったから。


(人間は死ぬ……エルフとは大違いなのですね。王になった彼はずっと生きているはずですよね……ずっとこの国の様子を見ていたのなら……)


 この想いは伝わることはない。大人になるということは、そういうことなのかもしれない。ジャックは、最初の所有者と離れ離れになってしまった時の寂しさを思い出した。


「大丈夫よ、苦しまずにその意識を消してあげるから」


 ソフィアがジャックを見つめながら、そう言った。


「……ありがとうございます」


 それを合図としたのか、他の白装束の人間達が聞き取ることの出来ない言語を呪文のように唱え始めた。


「怖いんでしょう?」

「……怖くない、と言えば当然嘘になります。でも、本来そうであるべきではなかった。持つべき物でもなかった。それがなくなるだけです……本来の姿に戻るだけで……あ」

「何?」

「ボクの意識が消えるだけで呪いは消すことは出来るのですか?」

「余計な心配ね。貴方がいた地域が凍てついてしまったのは、貴方が長時間いたから。それによって広がってしまった不幸。それはそこに生きている人がいたからよ。貴方が害のない場所に居続ければ、不幸はその場だけで済む。それがどういう意味か分かる?」

「ここって害はないんですか?」

「……儀式が終われば私以外誰もいなくなる。私も貴方を捕まえた以上、外に出ることはないわ……さ、これ以上無駄口を叩いてはいけない。さぁ、膝をつき目を閉じて手を組みなさい。もう口を開くことは許されない。これが貴方の最期……もう何も感じる必要はないわ。元の姿に戻りなさい」


 ジャックは言われた通り、目を閉じ膝をつく。ソフィアに向かって一度微笑みかけてから、目を閉じた。


(……ありがとうございました。見つけてくれて……でも、貴方が不幸になってしまうのではないのでしょうか)


 その疑問はジャックの心の中で留まったままだ。暗闇の中、ソフィアも呪文を唱え始めたのが聞こえた。何が起こっているのか、それは分からない。しかし、体と心が分離されて、意識が遠くへと向かっていくのを感じていた。


(ボクはもう誰も不幸になんてしたくないです……勿論、貴方も含めて)


 心の奥底でひっそりと願った。ソフィアが幸せに恵まれることを。神子の制度が廃止されることを。王が正しき改革を行い、人間もエルフもが手を取り合える未来を。


(皆の笑顔が見たい――)


 最後まで想うことは出来なかった。ジャックの体は見る見る内に小さくなり、人形へと姿を変えていく。最後にバタッと小さな物が倒れた音が響いた。それと同時に呪文を唱える声は聞こえなくなった。

 中央にあるのは、地味な格好をした人形だけ。前までそこに人になってしまったジャックがいたなどと想像出来る者はいないだろう。

 ソフィアがゆっくりとその人形を拾い上げた。


「ごめんね……」


 そう小さく呟いた。

***

 儀式を行う必要も完全になくなってしまった以上、ソフィアはただのお飾りの人形以外の何者でもない。ただ、無機質な空間に閉じ込められ続けるだけだ。生活は何も変わっていない。ただ、唯一の変化を述べるとするのなら、それはソフィアは孤独でなくなったということだ。


「今日もどこかで人が争っているわ。哀れで愚かよね。そう思うでしょ?」


 ソフィアが語りかけたのは、ベットの上で座らせられた一体の人形。当然ながら、返答はない。それでもソフィアは続けた。


「その服貴方らしくなくて地味よね。儀式の時の格好のままだもの、後で作ってあげる。どうせ暇だもの」


 ソフィアはその人形を抱き締める。


「私はね不幸なの、生まれた瞬間からずっと。でも、不思議ね。呪いの人形である貴方を傍に置くようになってから、とても幸せなの」


 人形は笑っている。元々そのように作られているから。ソフィアも笑っている。それは、その人形に与えられたものだから。

***

 ある日、国は悲しみと焦りに包まれた。神子が死んだという知らせを聞いたからだ。人にとっての心の拠り所が、エルフにとっての丁度いい存在がいなくなったためだ。その死は原因不明、奇妙な死であった。


「”呪いの人形”を神子様が持っていたらしたのだ、故に彼女は死んだのだ。呪いの人形を持たせていたのはエルフ達だ。神の使いたる神子様を殺したのは、エルフ達だ」


 そんな言葉が人間達の間で囁かれ、争いの火種は拡大していった。魔法の使えない人間と使えるエルフ、裕福でない人間と裕福なエルフ。明らかに不利である状況下の中、何故か人間達はエルフ達の戦力と対等であった。

 そこにはあるエルフの協力があった。エルフの中で悪名名高いマールム、彼が協力したためだ。すぐに鎮静化されると思われていた戦争は、彼によって悪化、長期化することとなる。

 

 本当の呪いは一つだけであったのに。いつの間にか、それは広がっていた。昔と同じように。

 人形は変わらず、祭壇にあった。そこでどこか寂し気な笑みを浮かべて――

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