思い出は永遠に
それから少しジャックとソフィアは話を続けた。内容は他愛のない世間話がほとんど。最初はジャックの話をしていたのだが、いつの間にかどんどん横道に逸れていた。
「で~今までで一番の思い出って何?」
「1番の思い出……ですか」
ジャックは相変わらず寝たままであった。
「そ、ちょっと聞いてみたい」
「う~ん……」
ジャックにとって、思い出を1つに絞れというのは中々難しい問題であった。理由は簡単だ。どれもこれもが全て大切な宝物であるから。悪いことも幸せなことも、それら全てがジャックを構成していると言っても過言ではない。
「選べないの?」
「選べないですね」
申し訳なさそうに、ジャックは笑った。
「む~……なら、ティアとの1番の思い出は?」
「え」
「限定的なことなら答えられるでしょ? ちょっと気になっていたの。だって貴方恨んでるんでしょ? 彼女のこと」
今まで心の奥底に隠していた物、それを冷静さを欠いてしまった際に露にしてしまったのだ。言い逃れは出来ない、ジャックはそう悟った。
「封印されていた時……ボクはただずっと考えていました。どうしてボクは誰かを不幸にしてしまうんだと。最初はこんなことなかったのに、いつの間にか……永い永い時間。暗闇で独りで考えました。忘れていたことも、思い出すことが出来るくらい。ずっとずっとずっと考えました。そして、1つの結論に辿り着きました。全部ティアさんのせいだと。それに気付いてから、暗闇の中で果てしない憎しみや恨みを覚えました。初めての感情、恐ろしく怖かった。自分自身が恐ろしくなった。それでも止まらなかった。ティアさんとの思い出全てが真っ黒に染まってしまうくらい……もし、彼女に出会ったらボクにかけた呪いを解いて貰うつもりでした。しかし、今回の件でハッキリしてしまいましたね。彼女はこの世はいない、人間は死ぬのですね。死という概念をやっと知ることが出来ました。本題ですが、彼女との思い出は、1度だけ彼女がボクに歌を歌ってくれた時のことです。その歌は勿論、悲しい歌でした。ですが、とても美しかった。もし、ボクが人であったのなら……その時拍手を送ったと思います」
ジャックは、懐かしむように語った。気味の悪い笑顔を変わらず浮かべながらも、その瞳にはいつもとは違うものがあった。
「泣いてるの?」
「泣いていますか?」
いつもと違うものは、ゆっくりと静かにジャックの頬を伝った。何度も何度も。
「ボクが消えたら……思い出も全部消えるんでしょうか?」
ソフィアは、ジャックの震える手を握った。
「思い出は消えたりなんかしないわ。それが貴方にとっての宝物なら尚更」
「そうですか……なら良かったです」
ジャックは、真っ白な天井を見上げる。そこには何もない。
「怖い?」
「分かりません。でも、ボクが消えることでボクの願いも叶うなら……本望です」
変わらず震える手を握りながら、ソフィアは後悔していた。自らの使命を遂行すれば、ジャックは確実に消えてなくなる。エルフの老人が作った1つの人形は、エルフの王の愛情によって心を持ってしまった。人形はやがて人の手に渡り、その心の闇に触れた。蝕まれ、浸食された。やがて呪いの化身と化してしまった人形は、それを自覚しながらも本来の役割を果たそうと励んだ。
しかし、人形のその呪いを解く方法は1つしかない。聖なる炎に焼かれ、灰になることだ。
もし、話をわざわざ聞かなければ後悔などすることはなかっただろう。ソフィアの好奇心は、自分自身を苦しめてしまったのだ。
「……呪いの人形のくせに」
「ハハ、すみません」
瞬間、扉が開かれた。2人だけの空間はおしまいだ。これから2人の関係は、人形と神子。儀式が始まる。




