得てしまった物心
ジャックは、少し悩んだうえで仕方ないと言った表情で口を開いた。
***
当時、ボクは最初の所有者の手元から離れることになってしまい、悲しい思いをしていました。最初の所有者であった彼が、長い年月をかけて立派な大人になってしまったのですから、それは当然と言えるでしょう。あくまで、人形であるボクがそばにいられて必要とされるのは、子供である間でしかないのです。
ですが、同時にボクは次の所有者の所へ行けることに喜びを感じていました。必要とされる場所がそこであるのなら、そこで子供達と遊ぶことが出来て、笑顔にしてあげることが出来るのなら、と。
しかし、残念ながら現実はそうではありませんでした。ボクの思い描いたこととは異なっていたのです。ボクの2番目の所有者であったティアさんは、初代神子でした。ティアさんもまた全てが真っ白でした。ただ、外に出ることは出来ませんでした。毎日、ベットの上で熱にうなされていたからです。それに加えて、神子としてのお仕事もありました。神子として崇められながらも、それは他者を落ち着かせるためだけの人形のようでした。元気な日もありましたが、その日は神子としての務めを果たさなくてはなりませんでした。ですから、彼女はいつもストレスをボクにぶつけてきました。
『死にたい』
『どうして私だけが』
『私は人間なのに』
『エルフの馬鹿も嫌いだけれど、私を本当の髪の使いだと思って崇めてくる人間はもっと嫌い』
『皆、死んでしまえばいいのに』
『幸せにするのが私の仕事なら、私も幸せにしてよ』
『こんな世界嫌い』
『なくなってしまえばいのに』
『皆、苦しめばいい』
これ以外にも、彼女は泣きながら沢山の言葉をボクに投げつけました。それらの言葉はどれも切なくて、悲しくて、もしもあの時ボクが今のように動けたら、きっとボクは泣いていたでしょう。
ボクは無力さを痛感しました。ボクは、彼女の笑顔が見たいのに何も出来ていない。そう何も出来なかったのです。最初の所有者であった彼は、幸せだったから笑顔になっていたのです。決して、ボクがそうさせていた訳ではなかったのです。
そして、運命の日は訪れました。いつものようにベットの上で眠り続けていたティアさんは、何時になっても目覚めませんでした。神官達もやって来て、彼女をどこかへ連れ去りました。ボクは、それからずっと部屋で独りでした。
どれだけの年月が流れたのかは分かりませんが、久しぶりにドアが開かれました。ティアさんが帰って来たのだと思いました。しかし、そうではありませんでした。そこにいたのは、見たこともない男性でした。男性は汚い物にでも触るように、僕を掴みました。そして、そのまま窓からボクを投げ捨てたのです。
世界が逆さまで驚きました。久しぶりの陽の光でした。ボクは、そこで偶然通りかかった少女に拾われました。少女は、ボクを見つけた瞬間笑顔になりました。人の笑顔を見れたのは、本当に久しぶりのことで幸せを感じることが出来ました。
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。皆が寝静まる夜中、不始末になっていた蝋燭が倒れて、近くの物に火がついてしまったのです。また、ボクは何も出来ませんでした。幸か不幸か、ボクは耳を焼かれただけで済みました。
それから同じようなことが何度も続きました。人の手元に渡ると、その人は何故か不幸になってしまう。ボクの望むことと正反対のことが起こってしまうのです。
ある日、また拾われたボクは聞きました。『呪いの人形』という言葉を。それからも沢山聞きました。人の噂というものは恐ろしいと感じました。真実も嘘も全てが合わさって、全てが滅茶苦茶。それでも何も分からないから、人はそれを信じてしまっているのです。
そして、ボクはその事態を聞いた王によってフゲテと呼ばれる地に封印されてしまいました。意識が奪われた訳ではありません。ずっと暗闇で何も出来ず、得てしまった物心が無駄にボクに考える時間を与えました。その時間は苦痛でした。人のように眠ることも出来ない、これがボクに対する罰なのだろうかと思いました。
***
ジャックの話を大人しく聞いていたソフィアは、そこで口を挟んだ。
「やっぱり……貴方が原因だったのね。フゲテが氷の大地へと突然変貌してしまったのも、そこに貴方が封印されていたことによるものでしょうね。それによって起こった混乱、戦争……ねぇ、どうして貴方はその封印が解けているの?」
「マールムさんという方が……封印を解いて、ボクを人へと変えたのです」
その名を聞いたソフィアは、目を見開いた。
「マールム!? 私に中途半端に色をつけた魔術師の名! そう……あいつが。なるほどね、話は色々面白かったわ。そうねぇ、だから苦しまないようにしてあげる。どっちにしても貴方には消えて貰わないとならない。それが心を得てしまった貴方を救う一つの手段にもなるわ」




