汗をかくための部屋
全身筋肉痛は、幸いな事に翌日にはすっかり消えていた。湿布と、湯船にじっくり浸かった後ストレッチをしたお陰だろう。
伯爵邸に立派なお風呂があった事には正直驚いたけれど、私がお風呂を強請った時教えた効能がローラの手紙で伝わり、伯爵の心にクリーンヒットしたらしい。今では伯爵も3日置きくらいに湯に浸かっていると聞いた。
(ストレス溜まってそうだもんねー…あとでサウナの事も、教えておこうかな?)
確か北欧のサウナならTVで見た。木造の小部屋の一角に焼いた石を置いて水を掛ける感じの。すごい湯気が出て、それで部屋の温度を上げつつ、白樺の枝か何かで体を叩くんだっけ…
白樺の枝はともかく、サウナは汗もかくし気分転換にはいいよね。水分補給を忘れないようにして、体を冷やす為の水桶も準備しておけば倒れる事もないだろうし…
現代風のは発熱に電気や機械が必須だけど、この造りなら十分再現できるはずだ。
(まあ、私が入りたいってのが一番なんだけど…さすがに無理かな)
内心の言葉は口にしないまま、簡単な図解を紙に書いてローラ経由で伯爵へと手渡す事にする。
「まぁ姫様。これは何ですか?かまどがあるようですけど…」
「これはサウナと言って、北国にある汗をかくための部屋なの『足湯』よりもずっとたくさん、汗が出るのよ?」
私の奇行にすっかり慣れているローラは、彼女からすれば意味不明な絵を見ても楽しそうに私に問いかけてくる。
うん、この15年いろいろ付き合わせちゃったもんね…
でも、このサウナは上手く使えば伯爵の立場を良くするのに使えるかもしれない。そうなれば、妹のローラだって嬉しいはず。
そして、彼女は私にとって一番身近な『貴族の淑女』である。世間に受け入れられるかどうか…指針にするのに丁度いい。そう思いつつ、私は『汗をかく部屋』のセールスポイントをアピールする。
「汗をいっぱいかいて、でもそれだけだと倒れてしまうから、水や果汁なんかを飲みながらはいるの。
そうすると……ほら、体や服の汚れを水で流して落とすでしょう?それと同じように『体の中』の汚れを汗で流してしまうのよ」
「体の中の汚れ…ですか?そうすると、どうなるのです?」
「そうね…気分がすっきりするし、疲れが取れたり、血の巡りを良くしたり、肌が綺麗になったり、痩せやすくなったり、冷え性が治ったりするわ」
デトックスって概念どころか、基礎的な医学知識が低いこの世界。私だって医学を専門に勉強したわけじゃないから、どうやったって説明が曖昧になる。けれどローラは、驚愕したかのような顔で食いついてきた。
「汗をかくと、肌が綺麗になるのですか?」
「なるわよ?汗をかくと毛穴…ほら、人の皮膚には毛が生えているけれど…そこにも汚れが溜まっているの。汗はそれを流してくれるのよ」
(それ以前に、お風呂に入って垢を落とした方がいいと思うけど…)
現代日本の記憶を持つ私はそう訴えたい。白い肌が美人の基準なら、どうして垢をそのままにしとくのか…そもそも、体がかゆくなったりしないの?
「この造りだと、そんなに広い部屋ではないようですね…木造の建物でないとダメなのですか?」
「狭いのは、広いとそれだけ部屋が温まりにくいから。木造にしたのも、石造りだと冷えやすいし湿気も吸ってくれないから。湯気で温度を上げるのだもの。
それにね、木の匂いってとても落ち着くでしょう?部屋に椅子があるのも、中でゆっくり過ごす為よ」
「これも木の長椅子ですね…皮など張ったりしないのですか?」
「そんなの、すぐダメになってしまうわ。濡れても拭いて、乾かせる素材でないとね」
そこまで説明して、私はローラににっこりと笑いかける。
何故かローラは半歩後ずさったけれど…気にせず、一番のセールスポイントをアピールする。
「ねぇローラ、レブナント伯爵が新しい美容法を知っているって噂は…彼の立場を良くするものではないかしら?
勿論、まがい物ではないと証明した上で。だけれど」
「姫様…まさか、この為に?」
ローラが全てを察したように済まなそうな顔をするから、私は首を横に振る。
「違うわ。私が欲しいなってだけよ?もし建てるのが間に合えば入ってみたいの。
でも、建物を隣国には持っていけないから、後は伯爵に譲るだけ」
(まあ、理由は半々なんだけどね)
私の奇行のせいでこの家は、兄妹共々振り回される事になったわけで…こんなのでお礼になればいいのだけど。
ともあれ、本当に建てるかどうか、建てた後美容法として宣伝するかどうかも伯爵次第。私としては、久々のサウナに入れるかも?って期待しながら日々を乗り切っていこうと思う。
まずは、体力つけて踊りのステップをマスターしなくちゃね。