病弱はステータス
「全く、姫様は頑張りすぎです」
「だって…ダンスは淑女の嗜みなのでしょう?」
ダンスの授業を終えた翌日…私はベッドの中にいた。
そう、物凄い全身筋肉痛のため動く事すら苦痛だったからだ。ベッドの中で呻きながらギシギシと鳴る体をほぐすようにゆっくり伸ばす。
そんな私を呆れるように見ながら、ローラは湿布を準備してくれていた。といっても、現代のように貼るだけのお手軽さは無く、練った薬草を塗った布を体に張り付け、その上から包帯で固定するタイプのものだ。
「だからといって、倒れるまで練習なさるなんて。あの後大変だったのですよ?」
私が倒れた事で伯爵家のメイド達は悲鳴を上げ、ダンスの先生は自分の指導のせいだと真っ青になり錯乱しかけたのだそう。
ローラはその混乱を一喝し、メイド達には私のベッドを整えさせ、従者に倒れた私を部屋に運ばせて、残ったメイドにはお茶の支度をするよう言いつけた。
そして、ダンスの先生にはお茶を奨めながら私は『病弱』なので体力がない事。慣れている自分が見極めて止めるべきだったと謝罪。決して指導が悪かったわけではないと説明してその日は帰ってもらったのだそうだ。
「すごく落ち着いてるわね…ローラは私が倒れた時、驚かなかったの?」
「姫様がまだ赤子だった時は、こんな事毎日でしたもの。慣れましたよ」
「そう…」
赤ん坊の頃は泣きすぎて熱を出したり、乳を吐いたりしたらしい…当時の事、私はぼんやりとしか覚えてないけど、確かにそれと比較すると今回のはマシだったのかもしれない。
「それにしても病弱な姫だなんて。隣国に嫁ぐ姫がそれでは困るわね…」
(呪い付きの姫よりは、病弱な姫のがいいのかも?いやいや、どっちも厄いって)
脳内でそんな一人ボケ突っ込みをやっていると、ローラが不思議そうな顔をして手を止める。
「何故でしょうか?病弱で儚げというのは、淑女に対しては誉め言葉ですよ?」
「は?」
思わず素の反応を返した私に、ローラは『今のは下品です』と苦言してから説明してくれた。
美人の条件は、肌が青白いほどに白い事。付けボクロをしたり、眉や髪の生え際を剃ったりして白さを強調する。時には人工的に血を抜いて貧血状態になりもする。
そして、儚げな雰囲気が好まれるという事…二つ揃った『病弱な姫』はまさに完璧な美人なのだとか。
「ちょっと待って。それはおかしいわよ、だって女性の仕事は子を産み、育て、家の中を仕切る事なのでしょう?
お産なんて、健康な女性でも命懸けなのよ?」
事実『お母様』はお産の後体調を崩して亡くなられているのだから、間違っていないと思う。いくら医療が未熟な時代でも、母親が健康が子にも影響する事は知られているはずだ。
そんな私にローラは苦笑じみた笑顔を向けながら言った。
「姫様。いつの世も男性が求めるものは矛盾していて、理不尽なものなのですよ」
「そうなのね…」
それにしても、まさか病弱がステータスだったなんて……今更ながら感じた常識の違いに私は深くため息をつくのだった。