始まりの話
「姫様、どうぞ」
伯爵が帰った後、唯一の侍女であり乳母のローラがお茶を入れてくれる。お茶と言っても、王族とは名ばかりの私だ。贅沢なんて許されないし、かといって白湯じゃ味気ないので野草を使ったものを飲んでいる。現代風にいえば、フレッシュハーブティーだろうか。
「有難う。お茶を飲んだら刺繍がしたいの。お願いしていい?」
「解りました…それにしてもご成婚だなんて……本来なら、喜ばしいことですのに」
ため息をつくローラの栗色の髪には白いものが混じっている。私が生まれた時から世話して貰っている彼女は、実質母のようなものだ。今回の事だって、複雑な事情さえなければ喜んでくれたに違いない。
「そう悲観するものでもないわ。ローラ、これで私も貴方もお城に戻れるのよ?」
「ですが姫様は、ここでの暮らしが気に入っているのではありませんか?」
前向きに考えようとする私の言葉に、流石長い付き合いというべきか図星をついてくるローラ。返す言葉もなくて私は答えずにカップに口を付けた。
そう、私…普通なら絶望でしかない監獄暮らしを思い切り満喫していたのである。
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最初に意識したのは、柔らかな感触と人肌のぬくもり。
(いま、何時だっけ…)
お世辞にも寝起きが良いと言えない私。ぼんやりと考えながらもお腹は空いていた。
いい匂いがするものが口元にあったから、本能的にぱくりとやって、思い切り吸う。しばらく吸っているとお腹もいっぱいになる。そうすると眠くなって意識が落ちる。
そんな事を何度か繰り返して…ある日、気が付いた。
(これ、夢…にしては、おかしいんじゃ)
目が覚めるといつも同じ天井だし。気が付いたら抱き上げられてるし。
とりあえず起きようと思うけど、体がうまく動かない。寝返りすら難しくて、自分の手を見ると…
(な、なんで?!)
そこにあるのは、ぷにぷにでちっさい手。あきらかに『私』のじゃないのに、私の意志通りに動く。
(なんで?!なんで!なんで?!!)
混乱する思考とリンクするように涙腺が緩む。しゃくりあげ、大声で泣きわめいた。
そしてそれは、『私』が転生したと実感し、諦観するまで続くことになり…周囲からは、いくら赤ん坊とはいえ泣きすぎる私に困惑するような空気が生まれることになる。
さらに悪い事に、当時の私は認識できなかったけれど、どうやら双子の姉として生まれた私には妹がいて、その子の方は滅多に泣かず、笑顔が可愛くて天使のようだという噂が広まりつつあった。
それが私――――スターシア王国第一王女マリアンヌと、その妹クリスチアーナの始まりの話。