何故結婚?
「姫様のご成婚がお決まりになりました。心からお慶び申し上げます」
「……あの、レジナント伯爵。意味が分からないのですけれど」
王宮の一角。厳重に警備された塔の最上階。最低限の家具しかなく、明り取りの窓も頑丈な格子がはめ込まれたものが3つしかないその部屋に似つかわしくない単語に、私は困惑しながら問い返した。
ここは私の私室であり、この塔は身分の高い者が犯罪を犯した際連行される牢獄としての役割がある。その最上階で13年もの年月を過ごしてきた私は、皆から『呪われた姫』と呼ばれていた。
言いがかりだと主張出来ない程度に心当たりのある私としては、このまま年老いて死ぬまで塔から出ることはないのだろうなと思っていたのだけど…
(何故結婚?)
姫は姫でも、私ではなく妹の方かとも思ったけれど、伯爵は最近すっかり広くなった額に汗をかきながら私に向けてそう言ったのだ。人違いではない…と思う。多分。
「お相手は隣国、リンデラント王国の王子でして。かの国には3人いらっしゃいますので、まずは顔合わせなど致しましてから、ご婚約後ご結婚という形になるかと思います」
(あー…成程ね)
説明が進むほどに汗を流す伯爵の気持ちが分かった私は、心から同情した。
リンデラント王国と私の国、スターシア王国とは非常に仲が悪い。どちらも同じ大陸にある国で、隣国という事もあり領土侵犯や地下資源の問題、水の汚染問題等々喧嘩するネタにはまず事欠かない。
そして、小競り合いから国同士の戦争に発展して、その時の恨みつらみが子々孫々まで続いていくわけで…
そんな国の王子との結婚話…要するにこれは。
(人質って事かー。伯爵、押し弱いし伝言役押し付けられちゃったのね…)
そもそも私の世話役というか、後見人をしているあたり本当に損する性格だと思う。いい人なんだけど、貴族にしては要領悪いっていうか。可哀そうだなと思うくらいには長い付き合いだ。
「王には承りましたとお返事してくださいませ」
これ以上彼の精神を削らないためにも私はそう返事を返し、伯爵は恭しい礼をして退出していった。