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大学近辺の住宅地を柳田教授と共に歩き始めて1時間は経っただろうか。途中で立ち止まったかと思うと歩いて来た道を引き返したり、右へ左へ曲って結局元の場所に戻ったり、体育会系でもさすがに疲れるんじゃないかというほど歩き回っていた。足が鉛のように重い。柳田教授はそんな僕に構いもせず、顔色ひとつ変えず歩いていた。
「きょ…教授、本当に吉崎の下宿先知っているんですか?」
俺について来い的な雰囲気で大学から出て来たのは良いのだけれど、まったく目的の場所に着く気がしない。せめて吉崎の連絡先を聞いておけば良かったのだけれど、後悔先に立たずといったところだ。
「さっきより反応が良くなったし、まぁもうすぐ着くだろう。」
柳田教授は右手に例の白いかけらを見ながら答えた。反応って、さっきから手のひらの上に乗っているだけで何も変わらない気がするんですが。
「…たぶん、あそこだな。」
そういうと一棟の建物を指差した。二階建てのおしゃれとは言い難い、築何十年も経とうとするようなボロいアパートがあった。その建物の1階の1番左端の部屋の前に、男が立っていた。右手に松葉杖を持ち、頭に包帯を巻いているので最近大怪我をしたのだろう。遠目で見ても痛々しさが伝わって来る。
「吉崎!大丈夫か?いるなら返事してくれよ。」
男が部屋に向かって呼びかけている。どうやらここが吉崎の下宿先みたいだ。
「すみません、ここが吉崎くんの部屋ですか?」
「えっ?あぁそうですけど、すみませんがどちら様でしょうか?」
男は僕たちの方を振り返ると物腰の柔らかい丁寧な口調で尋ねてきた。右目を包帯で覆う姿を見て怪我の酷さがさらに増す。おそらく彼が西本なのだろう。
「僕は仁瀬と言います。すぐそこの大学の学生です。こちらは同じ大学の柳田教授です。」
白いかけらを凝視したまま喋ろうとしない教授に代わり挨拶をした。
「同じ大学の人でしたか。僕は西本と言います。あなた方も吉崎の様子を見に来たんですか?」
「半月前に交通事故にあったのは君かい?」
柳田教授が突然口を開いた。教授の手にある白いかけらが風に揺られたのか、微かに動いた。
「…はい。その通りですが、よくご存知ですね。」
教授の話の流れを完全に無視した問いかけにちゃんと答えるなんて、偉いなぁと感心しつつ、教授も僕の話を少しは真面目に聞いていたのかとちょっと見直した。…いや待て、西本が交通事故にあった話なんてしただろうか?
「完治したとは思えないが、なぜここに?」
「…吉崎が風邪で大学休んでいると聞きまして、ちょうど今日退院できたので、様子を見に来たんです。1人暮らしだとつらいかなぁと思…」
バタンッ!!
わぁぁぁぁぁー!!!
物が倒れるような大きな音と悲鳴が部屋の中から飛びだした。