チャプター7 Show me the money!
つまり、こういうことぞな。
地鏡魔樹と呼ばれた眼鏡の女は、家具、調度のほとんどない、がらんとした絨毯敷きの和室にあって、中央にただひとつ置かれた独り掛けのソファーに腰を下ろしていた。絨毯は畳の上に敷かれた、赤地に蔦の紋様が描かれたケルト風のデザインで、障子とのギャップがかえって部屋の特徴、和洋折衷を際立たせている。ソファーは年季が入った赤羅紗の木製で、アンティークと呼べば聞こえもいいが、ようはボロボロの椅子というものだ。広壮な屋敷であるにも関わらず、使用人、庭師その他の気配はなかった。
スカートから内股が見えそうになるのも構わず地鏡、大仰に足を組むと低く言った。
「揉め。」
「は。では僭越ながら私が。」
斜め後ろに控えた宮下が、一歩、歩み出る。
そのまま胸をもみかける手を、地鏡は乱暴に払いのけながら言った。
「誰が胸を揉めと言った。ふくらはぎを揉むんだ。」
「これは失礼をしました、お嬢様。」
宮下はひざまづくと、制服のスカートに素足という地鏡のふくらはぎを、もみしだき始めた。わざといったん間違えた。そう思わせるに十分なほどの、作られた笑みを浮かべる宮下だ。
坂延が口を開く。
「私もお揉みしましょうか。」
「肩。」地鏡は億劫そうに短く言った。
「は。」
宮下にふくらはぎ、坂延に肩を揉ませながら、地鏡は涼し気な眉間にしわを寄せ、指先を噛み始めた。子供の頃からの、焦ると指先の腹を噛むクセはいまだ治らずにいる。
「くそっ・・・。なんでうまくいかなかったんだ。手順に間違いはなかった。結界の張り方にも問題はない。なのに、なぜだ。ちゃんと確認したんだろうな、宮下。」
「結界の状態に問題はありません。確認の途中、おかしな邪魔が少し入りましたが、致命的なものでは。」
「おかしな邪魔、だと? 経過報告の後にか?」
「いいえ、その前です。」
「なら、なぜ言わない。」
「問題はないか、とお嬢様に言われたものですから、ない、とお答えしたのですよ。お話しした方がよろしいですか。」
「話せ。」
「はい。小学生くらいの背格好で、異国の雰囲気をまとった女の子がツツミを開いておりました。」
「なんだと・・! 盗まれたのか。」
「いえ、そこまではされておりません。中身が気になったから開いてみた。そんな具合でした。」
「中身が気になる・・? そうそう見つかるようなものじゃないだろう、あれは。」
「ええ。祠の屋根裏ですからね。たまたま見つけた、にしては、少々不自然です。無論、取り上げて元に戻しましたよ。」
「その少女、どうやってあれを見つけ出したんだ。」
「そこまでは分かりません。おやつ代をやって追い払いましたがね。」
「む・・・。前回も、そいつに妨害されたということはないだろうな。」
岩でできたみたいな手で地鏡の肩を揉む、坂延が返した。
「妨害、といった風には見えませんでした。まだ子供ですよ。おおかた、興味本位で祠をいじった挙げ句、偶然見つけたとか、そんなとこじゃあないですか。」
「ならばいいが・・。気にはなるな。もし次に見かけたら、ここまで連れて来い。」
「え、誘拐ですか? まずいですよ、お嬢。きょうび、子供がいなくなると数時間で警察が動き出しますよ。」
「人聞きの悪いことを言うな。誘拐じゃない。ちょっと話を訊くだけだ。お友達になろうとでも言って誘うんだ。」
「いやぁ、さすがに俺達がお友達なんて言っても、退かれるだけですよ。お嬢が行けば、よろしいんじゃ?」
「私は子供が苦手だ。」
「ああ・・・。」
だろうな、という納得顔の坂延に替わって、宮下が言った。
「面識のある我々が行ってもよいのですが、まぁ、やはり警戒はされるでしょう。ここはお嬢様が、いつもの愛想で近づくのが得策かと。」
「・・・ちっ。学校以外でかぶり続けるのも疲れるんだよ。」
猫を、ということぞな?
「そういう態度をお取りになると決めたのはお嬢様、あなただ。そんな弱音を吐いたところで、とおらないのは百も承知でありましょう?」
「ふん。・・・分かっている。見つけたら私に知らせろ。」
「承知しました。それで、次はどうするのです? あまり立て続けに行えるほど、ストックはありませんが。」
「ストックはまた増やせる。今は成功させること優先だ。数日以内に執り行うから、準備をしておけ。」
「はい。しかし、また増やすとは、お嬢様もなかなか、えげつないことをされますね。」
「目的のためだ。地鏡家再興のためには、必要なんだよ、あれが。手段を選んではいられない。」
坂延は、
「なんだかんだで嫌いじゃないんでしょう、ああいうの。お嬢もかなりのドSですから。」
と、カラカラ笑いながら言った。
「誰がドSだ、坂延。」
見上げて睨む地鏡の目は、蛇みたいに冷たく鋭い。
「おっと。失礼しました、お嬢。」
口ではそう言う坂延だが、まだからかい足りないという笑みを含んでいた。
「このために、わざわざ七面倒な手間をかけて学校の連中を掌握したんだ。せいぜい役に立ってもらわないと困る。」
ずず、とソファーに座ったままスライドして、浅く腰掛ける地鏡。
宮下はだんだんと、地鏡の足を揉み上がりながら言った。
「何も、そこまで手間を掛ける必要もないのではありませんか。要は、泣かせればいいわけですよね。」
泣かせる? 何の話ぞ。地鏡は首を振った。
「簡単に言うが、実際やるのは難しいんだ。金をせびるのとはわけが違う。泣けと言って、泣くものでもない。」
坂延、何かを思いついたように、
「そうだ、お嬢。めちゃくちゃ感動する映画でも見させれば、涙の回収し放題じゃないですか。」
と、大きな声で言う。
「そんなシチュエーション、どうやって作り出す。そもそも、泣かせたはいいとして、そこにいる全員からどうやって涙を集めるんだ。」
「ああ、それもそうすね・・。」
「まったく。図体ばかりでかくて、頭の回らん奴だ。その手の奇行とも取られかねない行動は、なるべく人に見られたくない。この計画、誰かに勘づかれるわけにはいかないからな。宮下!」
「はい。」
「太ももまで揉もうとしなくていい。」
「分かりました。」
「もういい。老石を持ってこい。」
地鏡は二人に向かってそう命じる。
オイシ、ってなんぞ?
ふむぅ。さっきからどうも話が見えにゃーが、どうやら、何か目的のために、学校の連中の涙を集めている。そんなところだに。しかし、何のために? いったい、何がしたい?
部屋の外に出た坂延、宮下の二人が戻ってきた。宮下は、紫色の布に包まれた何かを、大事そうに持っている。
布を開いた中には、白々とした真球状の石が包まれていた。手の平に収まるほどの大きさで、うっすらと輝いて見えるほどの光沢を持ったその石の表面は滑らかだ。それは、部屋の空気というか、雰囲気を一変させるほどの、存在感がある不思議な石だった。真冬の太陽を浴びたときに感じるような、暖かさをすらそれは放っている。
あれが、オイシとやら、ぞな。
地鏡は魅入られるようにしてその石を両手で取ると、つぶやいた。
「これが機能しさえすれば・・・。青天井で儲かるはずなんだ。」
ぬな? 地鏡は聞き捨てならない言葉を口にした。青天井で儲かる、と。どうもあの石には、それだけの価値があるようだが、機能しさえすれば、と奴は言った。
つまり、今は期待した機能を発揮していない、そういうことになる。あては、目を皿のようにして石を見つめた。
宮下は、
「それはそうでしょう。いませんからね、若返りたくない老人なんて。」
そう、はっきりと言った。
若返りたくない老人・・・! あれは、ナツの若返りと何か関係があるのかも知れない。いや、あるのかも知れない、じゃなく、関係が、ある。奴らはあれを使って、若返りを試したのだ。機能しさえすれば、というのは、それがうまくいかなかったことを暗示している。否、うまくいかなかったと思い込んでいる。どういうわけか、あの石の影響がナツに及んだが、奴らはそれに気づいていない・・・?
あの石は、ただの石なんかじゃない。若返りの石ぞ。
これは、値千金というのもうなずける。オイシとは、御石、もしくは老いる石、とでも書くのかに。
あては興奮のまま、ごくりと生唾を飲み込んで、さらに身を乗り出そうと天井の羽目板に体重を掛けたのだが、それが災いした。メキ、と板が音を立てる。
「誰だ!」地鏡の鋭い声が飛んだ。
三人の目が、あてののぞいていた天井の隙間に注がれる。まずし。
あては素早く体を滑らせると、天井裏の梁に沿って四つ足で走った。下に足音と息遣いを感じる。恐らく、宮下達が追ってきている。
「ネズミか?」と、坂延。
「ネズミなわけないだろう。かなり大きな音がした。誰かが忍び込んだ可能性がある。天井裏に入るぞ。」
宮下の言う声に、あては焦った。こちらの方が小回りがきくとしても、この狭い空間。追い詰められたら後がない。しかも。慌てていたあては、入ってきた方と反対の方向に逃げてしまった。天井裏はすぐに行き止まる。
「宮下、梯子を持ってくるか?」と、坂延のくぐもった声が下から聞こえる。
「いや、その時間はない。」
「宮下、私を上に押し上げろ。」地鏡がそう命じた。
「え、しかし、お嬢様。相手が誰かも分からず、危険です。」
「秘密が漏れれば、元も子もない。いいから、早く!」
「分かりました。おい、坂延。」
「おう。・・・っしょっと。あれ、お嬢。ちょっと、重くなりました?」
「うるさいっ! いいから持ち上げろ! それと宮下。変なところを押すなっ!」
「変なところとは、どこのことです、お嬢様。」
「くっ・・・! 揃いも揃って・・!」
ガタガタと音を立てながら、すぐそばの羽目板が外されようとしている。
あてはその羽目板を飛び越え、蜘蛛の巣が顔にかかるのも構わず駆け抜けると、一段、屋根の低くなった場所、屋内への侵入地点まで戻った。瓦屋根の一部を無理矢理引きはがして作った入り口だ。匂いに夜の空気を感じる。
あては勢いそのまま、屋根の上に飛び出した。
その途端、鞠のような毛玉が、あてに襲い掛かる。
「ぬわぁ! な、なんぞ・・!」
生暖かい吐息とぬめぬめした何かが顔に押し付けられた。
「や、やめ・・!」
犬な。太り気味の柴犬が、掃除を早く終わらせたい小学生男子のほうきみたいに激しく尻尾を左右させ、べろべろとあての顔をなめずり回してくる。なにゆえ、屋根の上に犬がいるぞな。
不意を突かれたあては、犬に組み敷かれる格好となってしまった。突然のことゆえ、話しかけるいとまもない。
「ぬ、抜け出せんぞな、こら、やめ・・、やめるに!」
まん丸い犬の顔を、ぶぎゅ、と両手でつかみ、ようやく逃れかけたところへ声が飛ぶ。
「寛次郎! よくやったぞ! そのまま逃すな。」
地鏡が瓦の間から屋根に上がってくる。
わぅっ、という嬉しそうな声をあげ、でぶ柴、寛次郎は地鏡のもとへ尻尾を振って走る。
「こ、こら! 私の方に来てどうする。奴を逃がすなと言ってるんだ。」
ば、馬鹿犬で助かったに。
その隙に、あては屋根の一番高い場所まで駆け上った。真円からやや欠けた十三夜の月が明るい。
遅れて地鏡、嬉しそうな寛次郎を従えながら登ってくると、
「お前、何者だ。あそこで何をしていた。」と、あてに詰問した。
「エリベルシカ・フラグスカヤ。」
「エリベルシカ・・?」
「・・・あの石で、若返りたいという者がいるに。」
あては嘘をついてみた。
「! 知っているのか、あの石の秘密を。」
よし。思ったとおり、地鏡が食いついてきたに。
「ああ、そうだに。若返りの石、値千金とはまさにあれのこと。古人が万難を排して探し求めた蓬莱山しかり、いにしえより不死と若返りは人の夢ぞ。すべての財産をなげうってもと、求む者すらあろうな。」
「・・・お前、そこまで知って、無事で済むと思うなよ。」
地鏡の目が据わる。なかなか、気合いの入った目をするに。だが、もう一押し、ぞな。
「ものは相談、あの石、売るつもりな? だったら、あてのご主人が買うぞな。」
「・・・なんだと?」
「金に糸目はつけんに。ご主人であれば、億単位で払うこと、確実ぞ。」
「億・・・。」
地鏡の目に一瞬、動揺が走る。警戒すべき状況から一転して、奴にとっての好機が訪れたも同然なのだ。やっぱり、地鏡、話が具体的になると鋭敏に反応する現実家タイプだに。金額の話を出して正解だったぞな。
「どうするぞな? この話、悪い案件ではないんじゃにゃーか、お互いにとって。」
「い、いや、しかし、まだあれは、うまく吸い込めて・・・。」
「吸い込むとは、何ぞ? 老いを吸い込むのが、うまくいっていないとでも?」
「ああ。儀式に使う、涙の量が足りないのかも・・・。」
「涙を儀式に使う。誰の?」
「若い─。」
地鏡が言いかけたときだ。
「お嬢様! それ以上は。」
宮下だ。坂延と共に屋根へ上がってくる。宮下の声で、地鏡が我に返ったような顔をした。
「ちっ。あての誘導尋問で畳みかけられたものを・・。まぁ、いいに。」
「ああっ! お前は昼間の!」坂延があての姿に気づいて大声をあげた。
三人と一匹対一、ここは引き時だに。
地鏡が鋭くあてをにらんだ。
「何だと? じゃあ、こいつが祠を探っていた奴か。」
「ええ、そうです、お嬢。逃がしちゃいけませんぜ。」
「そうか・・・。逃がすつもりなどない。ふん。そもそも、屋根の上に逃げたのは失敗だったな。自ら逃げ場を断ったようなものだ。」
じり、と奴らがあてに近づく機先を制すようにして、あては言った。
「宮下、坂延、色々話を聞かせてもらったに。」
「何? どうして俺達の名を?」坂延がひるむ。
「おおかた、会話の中で名前を拾ったんでしょう。」とは宮下だ。
「逃げる手もなく屋根に登るわけがないに。アディオス! ぞな。」
あては言うなり、屋根の斜面を一気に駆け下る。
「しまった・・!」
地鏡があてを追いかけようとするが、もう遅い。
縁まで達したところで、あては思いっきりジャンプした。夜雲を背景に放物線を描くあては、そのまま敷地の壁を飛び越えて、屋敷隣の電線上に降り立った。
寛次郎が吠えるのを背に聞きながら、あてはそのまま夜陰に紛れた。
「というのが、今宵の経緯だに。」
エリはそう言いながら、ホットミルクの入った魚柄のマグカップを両手で仰ぎ、美味しそうに飲み干す。
「この件、裏で地鏡が絡んでいたのか。意外なところでその名前が出てきたな。すると、あの町外れの屋敷は、地鏡の家だったんだ。しかし、若返りとはな・・・。」
リビングで鬼庭と一緒にエリを囲む俺は、思案顔でうなずいた。
鬼庭は、
「じゃあさ、その老石ってやつ、それを手に入れれば、ナッちゃんを元に戻せる可能性があるのね。」
と、エリに明るい笑みを向けた。
「そういうことになるぞな。地鏡の奴、老いを吸い込む、みたいなことを言っていたに。ナツの経た歳が、なんらかの儀式によってあれに吸い込まれたと考えるのが、妥当じゃにゃーか。」
「老いが吸い込まれる・・・。そんな不思議なこと、できるんだ。」
「詳しい仕掛けは知らんがの。浦島太郎っておとぎ話、あるぞな。竜宮城で時を過ごし、地上に帰った浦島が玉手箱を開けると、見る間に老人となってしまう、あれ。あの話の逆バージョンということになるの。時間の経過、人の経験する年月を概念化し、物の中に収むるという発想は古来から存在するに。走馬灯で見る人生にも似やるかの。圧縮された時間であり、レコーダーに録画された全四十八話の壮大な物語。ちっぽけなハードディスクに喜びも、悲しみも、怒りも憎しみも、収まりうるということぞな。無論、人の人生と映像コンテンツを同じレベルで比肩させるのは馬鹿げてるともいえるに、根底にある発想は同じじゃにゃーか。」
俺はエリの言うことに納得したような、しないような、あやふやな感想をしか持ちえなかったけれど、それでも、今はエリの話した地鏡の筋書きに、俺達も首をつっこむ以外ないような気がした。
「でも、地鏡はなんでその老石ってやつで、若返りなんて試そうとしたんだろう。」
「そんなの、考えるまでもないに、早乙女殿。マネーぞな。」
「マネー?」
「若返りの石なんてものが本当に存在するとしたら、皆、全財産をはたいてでも手に入れようとするに。これほどのビッグビジネス、他に類を見ないと言えようもの。」
「若返りビジネスで金儲け、か。地鏡もすごいこと考えるな。本当に高校生か?」
鬼庭は不安を眉間に寄せて言った。
「でもさ。地鏡ちゃんがもしそんな大胆な計画を持っているんだとしたら、その老石といい、若返りの実験といい、彼女にとっても相当大事なものになるよね。」
「そうなるぞな。」
「ナッちゃんを元に戻してもらうなんて頼み、素直に聞いてくれるかな。」
「それはまぁ、話の持って行き方次第じゃにゃーか。どうやって元に戻すかなんて知らんが、うまく奴らの利益をちらつかせてやれば、勝算もあるに。」
「利益をちらつかせるって?」
「奴らは非常に重要なことについて、まだ情報を持っていないに。」
「重要なこと?」
「ナツのことぞ。」
「ナッちゃんのことが、何で重要なの?」
「地鏡は、まだあの石がうまく機能していないと言った。老いを吸い取る機能をまだ果たしていないと考えているに。」
「あ、そっか。ナッちゃんは、若返ったんだもんね、実際。地鏡ちゃんはまだそのことに気づいていない・・・。」
「そういうことぞな。ナツが実際に若返った実例であることを知れば、奴らは確実に食いつく。そこは間違いないに。」
にや、と笑うエリに俺もうなずいた。
「目処千の若返りを匂わせれば、地鏡達も協力する・・。いや、せざるを得ない、ということになるな。でも、取り引きの材料として、それだけで足りるかな? それに、地鏡は若返らせた後の話について、どこまでつかんでる?」
「後の話とは?」
「目処千を元に戻す方法を、地鏡は知ってるのかってことだよ。」
「さぁ、それは知らんがの。いずれにせよ、地鏡とはもう一度、コンタクトを取る必要があるに。」
「そうだな。」
地鏡とコンタクトを取る、か。できれば、奴とはこれ以上、直接関わり合いになくなかったのだけれど、仕方がない。鬼庭がクラスの連中から無視されるようになった件もある。学校でそれとなく話を持ちかけてみるか・・・。
「ご飯できたけぇ、みんなで食べよ。」
エプロン姿の目処千が、ぱたぱたとスリッパの音を立てながらキッチンから出てきた。
目処千の人間性に何ら影響するわけじゃないし、本人の希望である以上、元の姿に戻してあげたいという気持ちはある。あるけれど、やっぱりそれは、相当もったいないのではと、そう思わせるに十分なほど、目処千エプロンのかわいらしさは破壊的だった。
「秋刀魚焼いたけぇ、食べよ?」
「あ、ああ。ありがとう、目処千。それでさ。今、エリと話をしてたんだけど、目処千を元に戻す方法、分かるかも知れない。」
「ほんと? 久郎ちゃん、ほんとにうち、元に戻れるんかの?」
「うん。まだ確実じゃないけど、地鏡って、俺と同じクラスの奴が鍵を握ってそうなんだ。そいつに話を持ちかければ・・・。」
「よかったぁ。このまま元に戻れんかったら、うち、どうしよって思ってたんよ。いつまでも久郎ちゃんのとこ、厄介になれんし。ありがとう、久郎ちゃん。」
目処千の笑顔を前に、俺は、そのままでいれば、なんて喉元まで出掛かったセリフを飲み込むしかなかった。
「あのな、ナツ。一番頑張ったのはあてぞな。早乙女殿よりあてに礼を言ってほしいところじゃにゃーか。」
「あ、ほうじゃった。ありがと、エリ。ご苦労じゃったの。後で懐中汁粉あげるからの。」
「おほ〜う。約束ぞな、ナツよ。」
「分かってるけぇ、ほら、冷めないうちに、まずはご飯食べんさい。」
「そうだね。お腹ぺこりんぐだもん。食べよ、食べよ。」と、鬼庭、さっさと席につく。
俺も地鏡に挑まなければならない気鬱を少しの間忘れて、目処千の手料理に箸をつけるのだった。