疲労
白羽零士は学校のボスだった。
だが、意味の分からない異世界召喚という事態に巻き込まれ、友人(?)に裏切られてボスの座から転げ落ち、今に至る。
いきなりのステータス変動。人間関係の再構築。環境の変化。
そのどれもが白羽零士にはマイナスに働いた。
白羽零士は自身の境遇を嘆くしかなかった。
吐き気がする匂いに満ちた朽ち果てた街だった。
白骨化した死体に、血の匂い、捨てられたゴミ。
生きた人間は虚ろな目をして、零士を睨むか、または零士のネックレスをじっと見るかの二択だった。
町田の能力で吹き飛ばされてやって来たのはそんな最悪を体現した場所だった。
この場所に来て二日。未だに脱出することができない。
頭がグラグラとする。
今まで寝ていなかった弊害か、今まで食べてなかったがゆえの空腹か、はたまた精神的な疲れか。
ともかく、零士は疲れの極地にあった。
ふらりと身体が傾く。
意識が勝手に電源をOFFへと切り替えた。
白羽零士が地面へと倒れ込んだその瞬間、瓦礫からひょこりと顔を出した少女があった。
十五歳くらいだろう。ボロ布を巻きつけ、頬に泥が付着し、銀の髪は薄汚れてねずみ色へと変化している。
少女は零士へと近づくと、つんつんと指先で突付いた。
零士はぴくりともせずに伏している。
そのくせ、生きていることを誇示しているかのように荒い息を吐き、頬は真っ赤に上気していた。
少女は困ったように零士の足を取ると、そのまま引き摺って運んでいく。
零士がずるずると地面に擦られて運ばれたのは少女の家だった。
家、といっても立派な普通の家ではない。
長年の風雨で朽ち果てたボロボロな瓦礫の壁に天井と出入口は死人の衣服で作られていた。
家の中は更に貧相である。
剥き出しの地面。衣服を一枚申し訳程度に敷いてあるのはベッド兼リビング。トイレは勿論、家の外で、穴の中。
端に置かれた錆びついた小さな鍋や汚い布。
少女は滲んだ汗をぺろりと舐めると、零士をベッドへと寝かせた。
額に手をやると、少女の表情が驚きに変わる。
「……うーん」
ほんの少しの逡巡のあと、少女はボロ布と鍋を手にして家から出る。
少し歩くと現れる三階建ての、安定感とは程遠い瓦礫の建物へと足を踏み入れた。
危ない建物には人は近づかない。
であれば、危ない建物とは人に隠しておきたい物を置いておくには打ってつけの場所なのだ。
少女は軽やかに崩れた階段を弾むように移動し、屋上へと到達すると、一番安定していると思われる中心部に置いた樽の中を見て微笑む。
水が溜まっていた。
雨の恵みに感謝しつつ、家から持ってきた布と鍋を樽の中に突っ込む。
家に帰ると、布を零士の額に乗せて、少女は座って待つ。