即バレ
俺は深夜遅くに城を徘徊していた。
それというのも全て膀胱のせいだ。
「無駄に広いもんな……」
トイレに行くまでに三分かかるってどう思う?
絶対に漏れる奴居るよね?
俺がそんなどうでもいい思考を巡らせていると、ガラス戸から暴力的なオレンジ色の光が視界に飛び込んできた。
網膜が焼きつくかのような光は二回、三回と続く。
「何だ?」
俺はそっと窓から顔を覗かせる。
思わず顔が引き攣った。
学校のボス的存在である白羽零士が山田琢磨とその友達に嬲られていた。
「……」
なるほど、と俺は思う。
異世界召喚とはある意味では転生も同然だ。
性格や前の人間関係を引き摺ってはいるものの、新たなに能力値が振り分けられ、アップグレードされた自分へ変わる。もう一度生まれることができる。
ならば必然、人間関係さえも力に合わせて再構築されていく。
強化された瞳で暗闇の中、逃げ惑う白羽零士を見る。
何が起こったのか理解できていない表情をしていた。
身体能力からいってあまり強化されている様子はないが、持ち前の戦闘スキルで二人の攻撃をいなし続けている。
その時、山田琢磨の友達が蹴りを放った。
白羽零士は顔を背けるだけでそれを避けると、蹴りが空振った友達がバランスを崩す。
白羽零士の瞳がハンターのようにぎらりと光った、ような気がした。
白羽零士が拳を顔面へと叩き込む。
瞬間、白羽零士が流星のように吹き飛んでいった。
城壁を軽々と超え、空に輝く星になった。
……嘘だろ?
「見なかった振りが得策だな、うん。あとでチクっとけば良いや」
俺はとっても知的な答えを導き出すと回れ右を――
「黒羽てめえいつから居やがった!?」
山田琢磨の声が聞こえた。
こちらから見えるということはあちらからも見えるのだ……。
面倒臭い事態になった。
「……とりあえず、逃げよう」
俺は回れ右を続行。すぐさま駆け出す。
面倒臭い事態はごめんです。ダッシュダッシュ。
「待て、やごラアああああああああっ!!」
真後ろからガラスの壊れる音が鳴り響いた。
後ろを振り向くと、壮絶な笑みを浮かべる山田琢磨が廊下へ降り立っていた。
「お、おかえりなさい。実はそこまで出迎えようと思ったんだ」
「手間省けたろ?」
「うん。とっても」
引き攣った笑みを浮かべる俺と、獰猛な笑みを浮かべる山田琢磨。
「くはははははは! てめえをぶっ飛ばして明日から俺が王だ。黙って靴裏舐めるっつーなら許してやってもいいけどな」
げらげら笑う山田琢磨に俺は思った。
ああ……本当に馬鹿だなあ。
俺は思わず笑ってしまう。
こいつは昔の人間関係を刷新したのになんで自分に有利な人間関係だけは未だに健在だと思えるんだ?
そっと歩き出した。
真っ直ぐに、真正面から。
「ああ、分かった。お前が俺をぶっ殺すつもりなのも。心底バカにしてんだなてことも。まあ、そんなことはどうでもいい」
「あ?」
「一度だけ言う。俺を殺そうとするのは止めろ。俺の能力は不殺には不向きなんだ」
右掌に炎が宿る。人の精神を犯すほどの真闇。
――魔炎。
「それがテメエの能力か……って言うかそれ……、まあいい」
山田琢磨は後ろに飛び退くと、宙から、まるでマジックのように本を取り出した。
「俺の能力は四次元ポケット。まあ、これ自体は対したことねえけどな。この魔本から魔法を覚えたんだよ。流石は勇者として召喚されただけのことはあるぜ。超簡単に古代魔法とやらを覚えられたんだからよお」
愉快そうに語る山田琢磨は呪文を詠唱し始めた。
「さあ、大器よ、唸れ、成長しろ、殻を破れ――Drive!」
山田琢磨の姿がブレた。
恐らく今の魔法は身体能力を爆発的に底上げする効果を持っている。
俺のステータスを若干上回っているくらいだろう。
視認もできるし、反応もできる。
負ける要素は無い。
「なあ、交渉は決裂ってことでいいのか?」
「ああ、決裂だねっ! テメエの能力なんざ当たらなけりゃクズ同然だろ?」
「ああ、そうだな」
……で? だから?
俺は間髪をいれず右手に宿る魔炎を真下へと解き放った。
「な……っ!?」
俺を支える床が魔炎で焼き尽くされ、朽ち果てた。
俺を中心に半径三メートル。それが今設定した魔炎の効果範囲。
山田琢磨はなくなった床のせいで俺とともに中空に身を投げだした。
「躱してみろよ」
挑発的な言葉とともに魔炎を解き放つ。
山田琢磨は躱せる筈もなく、魔炎に焼かれた。
「あ、ぐああああああああああああっ!?」
山田琢磨の絶叫が響く。俺は殺すつもりはなく、故に能力を解除する。
不殺には不向きなんていうのはただのブラフ。
黒い炎は山田琢磨の身体から消え去った。
消え去ったがしかし、身体を焼いたという事実が消えるわけではない。
山田琢磨の身体からは煙がたち、肉の焦げる匂いが鼻についた。
そして、数人の生徒に囲まれているのに気づいた。
「お前……クラスメートに何やってやがる!?」
どうやら物音に勘付いた生徒たちがやってきたらしい。
山田琢磨の仲間でないのはラッキーだったが、正直ヤバい。
「いや、コイツからやってきて俺はそれを退治しただ――」
「ば、化け物だコイツは!」
山田琢磨が焼身のまま後退る。絶叫した。
「あの炎……魔族が放つ黒い炎だった!」
ざわりと生徒たちの間に不信が伝播する。
更に止めとばかりに爺さんが廊下に降りる闇からやって来た。
「遠目から見せてもらったが……君は何だ? 仲間を躊躇なく炎で焼き尽くし、魔炎を持っている」
どうする? どう答えるのが正解だ?
明らかに俺は不利だった。
喧嘩は圧倒的な勝ち方をした方が悪となる場合が多い。
泣き叫び、兄を罵る弟と超然とした態度の兄を思い浮かべて貰えばいい。
母親は絶対に弟につくだろう。
なら、兄のするべき一手とは何だ?
そうだ、と俺は思いつく。
白羽零士。
そもそもコイツらが白羽零士をぶっ殺したことに端を発するのだから、それを話せばいい。
炎で焼いた必然性も分かってもらえるだろう。
「ああ、これはコイツともう一人が――」
この瞬間、俺は間違いなく油断していた。
周りには生徒、そして爺さん。
何も起こるわけがないと高をくくっていた。
それは全く違う。
この二人からすれば社会的な死が目前に迫っていたのだ。
王となるべきコミュニティー内で空前絶後の不祥事は二人にとっては死んでも回避するべき事態だ。それを俺は思考するべきだった。
真後ろから、俺の背中に手が届く。触れる。魔手が、俺の背を突き立てた。
瞬間、襲ったのは強烈な重圧。
冗談のように吹き飛んだ。
身体が重力をぶち抜き、ただ空へと打ち上げられる。
その夜、俺は勇者クラスから放逐された。