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ブラッド・コール

 ロゼが先行してくれたお陰で一時間ほど歩いただけで砦の姿を見ることが出来た。

 ロゼのボディーランゲージで分かったことは、このスラム街はぐるりと大きな壁で覆われ、要所要所にいくつかの砦が作られているということである。

 石造の大きな砦を遠目から見て肩を竦めた。ここから出るのは骨が折れそうである。……というか普通人の零士には不可能に近い。

 腕を組んで悩んでいると、砦に男と女が近づいて行くのが見えた。

 ロゼの肩を叩き、ちょいちょいと男女を指差す。

 ロゼは何と説明していいのか困ったような顔をした。

 砦を見ると男が兵士と何やら話をして、兵士に女を押し付けた。

 兵士はひょいと退いて、男を砦から通過させた。

 遠くて表情の変化はわからないがきっとゲスな表情をしているのだろう。

「賄賂……?」

 兵士は女の肩を抱いて砦に戻って行く。

 一瞬、身体が動きかかったが自制した。

 ……まあ殺されることもあるまいし、スラム街で野垂れ死にするよりも兵士のお相手でもしてご飯を食べれる方が良いのかもしれない。

 俺、今日何も食べてないし。零士は腹を擦って思う。

「でもそうか。賄賂を渡すって方法があるのか」

 顎に手を当てて一生懸命に考えていると、ロゼの表情が変化していった。

 むぅという不満顔から何かを決意した表情へ。

 不安が胃からせり上がってくる。

 止めようと声をかけようとして、ロゼが走りだした。

「馬鹿……ッ!」

 ロゼは何かを叫んで砦へと突っ込んでいく。

 かなり足が速い。零士が着いて行くのがやっとの速さだった。

 兵士と女がこちらをちらりと見た。

 女はスラム街で育ったとは思えない綺麗な服を着ていた。

 きっとこの時のために大事に育てられてきたのだろう。

 そして、零士は兵士の表情を見てゾッとした。

 ロゼを見て舌舐めずりをして笑ったのだ。

 腰にぶら下げている剣に自信が見え隠れする威風堂々たる風格。

 普通の人間よりは強いのは間違いなく、平均レベル一〇〇にも到達していない零士と女が勝てるわけがない。

「おい! 逃げるぞ!」

 零士の声はロゼには届かない。

 ただ兵士に向き合って何かを訴え始めた。

 それはきっと女を離して欲しいという嘆願なのだろう。

 女は最初、信じられないものを見るような目をしていたが、やがてその目に涙を溜め始める。

 きっと……人生で初めて身を案じられたのだ。はっきりと分かった。

 しかし、兵士は笑いながら剣の柄に手を伸ばす。 

 女が慌てて兵士の肩を揺らし、何かを嘆願したが、次の瞬間、殴られて地面に身を投げた。

 零士の短い堪忍袋の尾が切れた。

「おいおい酷え奴だな……。ぶん殴りたくなっちまうじゃねえか」

 零士は頬をひくつかせてロゼの前に出る。

 ロゼが何か言うが理解できない。

「あー、ロゼが何言ってるか分かんねえから俺も俺の言葉で言わせてもらうけど……」

 零士は屈伸しながら喋っている最中に血液操作で血流を良くする。

「俺、こういうシーンで逃げるのは大っ嫌いなんだよ」

 前の世界でもそうだった。

 ただ大嫌いなことをしたくなくて生き続けた。

 血液操作で身体を温めていく。一〇〇パーセントに近いコンディションを形作っていく。

「この世界でもそうやって生きていく」

 兵士が剣を大上段に構える。

「じゃあ、死なねえように頑張りますか」

 兵士の肩がぴくりと揺れた瞬間を見計らって、一気に距離を縮めた。

 無謀な若者だと笑いながら剣を叩き下ろす――その刹那。

 零士は走る速度を急に落とした。

 剣が髪を揺らし、地面に突き刺さる。

「舐めてかかってくれてありがとよ!」

 思い切り顔面をぶん殴った。

 鼻っ柱を折った感覚。

 兵士の鼻から血が溢れる。

 零士は更に拳を握り締め、ほとんど直感で横に跳んだ。

 剣の刃の部分が飴細工のように曲がり、零士の居た場所を突き刺していた。

「魔法ってやっぱり反則臭え……っ!」

 ギュンと風を切って刃がムチのように零士へと襲いかかる。

 零士のケンカ手法は先読みが主だった。

 敵の視線、身体の些細な動きから先を見据えて行動する。

 身体能力や動体視力も人並み以上ではあったが、それだけではケンカに勝ち続けるこはできない。厳しい世界なのだ。いや、マジで。

 要するに変幻自在の魔法では零士の先読みが使えないのだ。

 さあっと顔から血の気が引く。

 刃が変幻自在に襲いかかる。刃の先を見据えて避けた。身体を仰け反らせ、一瞬で刃が通過する。ぞわっと背筋が粟立った。避けられたと分かった瞬間、刃が変化する。

 ステップを踏み、屈む。腕が刃に切り裂かれた。

「く……っ!」

「れーじ!!」

 ロゼが叫んで兵士に飛び込んだ。

 瞬間、刃が方向転換し、ロゼの背中を容赦なく突き刺した。

「……な……っ!?」

 喉から引き攣った声が吐き出される。

 脳が干上がったようにぎゅっと痛んだ。

「ロ、ゼぇぇえええええ!」

 ロゼの身体が崩れ落ちた。

 倒れ伏すロゼを見て兵士が満足そうに笑う。

 ぶちりと脳内の血管がブチ切れた音がした。

「テメエは絶対に許さねえ……っ!」

 零士が兵士に向かって飛び出すも、変幻自在の刃が零士の身体を引き裂いていく。

「ちくしょう。体力がこのままじゃ」

 血飛沫が散る。情けなく逃げ回る。

「くそ……!」

 ロゼの身体から血液がだくだくと溢れていくのを見て零士は歯軋りする。

 さっさと兵士をぶっ飛ばして助けないといけないのに。焦りだけが増していく。

 兵士の高笑いと共に剣先が零士の脚を突き刺した。

「が、ぐああああああああああっ!!」

 剣先から逃れるように転がる。

 脚から血液と痛みが溢れ出す。

 血液操作ブラッド・コール

 脚から溢れ出す血液を操作し、止血する。

 瞬間、後ろから迫る刃を感覚だけで避けてロゼへと走り出す。

 刃がロゼに向かう零士を邪魔するように繰り出される。

 ロゼの身体がビクリと震えた。

 死の前兆のようなアクションに零士の瞳の色が変わる。

「邪、魔だああああああああああああああああああっ!!」

 刃を左手で受け止めた。左手から血飛沫が舞う。

 兵士の顔色が驚愕へと変化する。

「テメエをまずは……!!」

 刃をぐっと強く握り込む。何とか逃げようと左手の中で暴れ回るが、離しはしない。

 兵士の元へ駆けて行く。

 材質もムチのように変化しているのか零士が走る軌道に合わせて柔らかく曲がる。

 兵士は零士を食い入るように見つめる。

 零士が獰猛に笑う。

「血液操作!」

 血液操作――自身の血を操作するだけの能力。だけど、止血できたことで一つだけ分かったことがあった。

 自身の血液であるなら体外のものでも操作可能。

 であるなら。

 刃に付着した血液が蠢いた。

 刃から兵士の元へとアメーバのように向かって行く。

 速度を徐々に上げていき、刃から飛んだ。

(目、見えなけりゃこっちのもんだろ!)

 兵士の顔に血液が当たった。

 視界が奪えた。蠢く液体を拭うのは一苦労だろう。その苦労はこと戦闘においては致命的だ。

 兵士の顔面を殴る。岩のように硬い。

「なっ!?」

 魔法か! 拳から血が吹き出した。

 兵士の口から言葉が吐かれたが、零士には意味がわからないが悪態だろうと推測する。

 零士は拳を握り締め、叫ぶ。

「もう一発――っ!」

 瞬間、刃が内側から爆発した。

「な……っ!?」

 手裏剣が飛ぶように刃が爆散する。零士の身体を刃が滅茶苦茶に突き刺していく。

 腕で顔面をガードするも、全身に雨のように刃が突き立てられる。圧倒的な物量に吹き飛ばされた。

「があああああああああああっ!!」

「ぎゃはははあああああああああああ!」

 兵士のキレた笑い声が響く。

(あのセリフは呪文だったってかちくしょう!)

 身体中に突き刺さった刃に痛みに悶えながら自分の甘さに歯噛みする。

 兵士は顔に付着した血を拭う。集中が切れたため、血液操作の能力が切れたのだ。

「あ……かはっ……」

 立ち上がれない程の痛みに思わず笑えてくる。

 元の世界のケンカとは根本から違う死闘。

 相手を殺すという意思を持った攻撃に思ってもみない精神的死角からの攻撃。

 腹に爪先を立てた蹴りが入る。腹から胃液が込み上げる。

 クラスのボスだとか最強の不良だとか言われても所詮、元の世界での尺度。

 一つ世界が違えばクラスメートに負ける程度の人間でしかない。

 心が折れていく。

 激昂しても知恵を働かせても勝てない相手に初めて会った。

 その事実だけで日常で培われた自信が根こそぎ奪われていく。

 クラスのボスだった自分が、最強の不良だとか持て囃された自分が――壊れた。

 抗う力がなくなった。

(勝てるわけがない……)

 もう一度蹴りが入る。

「ぐふっ」

 痛みが全身を支配し、動くことも出来ない。

 ただ人形のようにゴロゴロと転がるだけ。

 口からだらしなく胃液が溢れる。

「死にたく、ねえ……」

 ポツリと溢した心の奥底からの言葉に呼応するように、零士に人影が落ちる。

 眼球だけを動かして人影を確認する。ロゼだった。

 背中に突き立てられた傷は既に塞がっている。

(魔法か? 固有能力か?)

 ただ魔法であっても固有能力であっても攻撃的なものではないだろう。

「ど、け」

 切れて血だらけの口を必死で動かすも、ロゼは零士を見て罪悪感に潰されそうな表情を浮かべて首を振るだけだった。

 兵士に何かを言い、兵士が舌舐めずりをして下品に笑う。

「ロ、ゼ?」

 その下品さには覚えがあった。

 ロゼの身体は少し震えていた。

(守られてばっかだな)

 心が震えた。

 兵士はロゼに笑いかけ、肩に手をかけようとして――下から投げられた砂に阻まれる。

「まだ、終わってねえだろ」

 ロゼは意味がわからないといったような表情を浮かべて零士を見た。

 兵士は口汚い言葉を吐いて、零士を蹴り飛ばす。

 砦の壁に叩きつけれ、衝撃に肺にあった空気を全て吐き出した。

「ふ、ざけんなよ……俺」

 壁を使って立ち上がろうとする。

 倒れかけては何度も地面を踏み締めて、踏みとどまる。

「何がボスだ? 何が最強の不良だ?」

 自身を鼓舞するためにゆっくりと言葉を吐き出していく。

「そんな周りが言い出しただけのクソみたいな称号にプライド感じてんじゃねえよ!」

 いつの頃からかそんな称号を大事にしていたのかもしれない。

 いつだって好き勝手に生きていた筈なのに。

 無敗だから。無敵だから。俺を相手できるような人間が居ないから。

 周りが持て囃す言葉の数々。

 そんな俺を好きになる奴ら。

 無敵で無敗な自分に大きな価値を感じていた。

 圧倒的な力の差を持つ人間が居ただけでポッキリと心が折れるくらいには。

 壁を背にして立ち上がる。

「圧倒的な差に一人で勝手に絶望して……諦めて! テメエはいつからそんなクソみたいな人間になったんだよ? なあ?」

 違うだろ。そうじゃねえだろう。

 生まれて初めて会う強敵に膝が震える。

 だけど。

「ただ、俺を守ろうとしてくれる奴のために起ち上がれよ! 死んでも守れよ! ここで折れて、ロゼを犠牲にして生き延びる!? そんな糞みたいな結末――死んでも許容できるか!!」

 拳を握りしめて兵士を睨みつける。

 ズキリと頭に痛みが走った。

 精神力だけで走り出す。

 兵士は笑い、何かを叫んだ。

 恐らく、「テメエの拳は効かねえぜ」とかそういう類のものだろう。

 拳を握り締め、

「殺す」

 兵士の顔面に拳を飛ばす。その瞬間――拳の間から爆発によって欠片となった刃を覗かせた。

 兵士は避けそうとするが遅い。思い切り頬に刃をぶち込んだ。

 刃が更に砕けるが、頬に傷がつく。

 兵士が怒声とともに零士の頬を思い切り殴った。

 ボロ雑巾のように転がる零士。

 兵士が一歩一歩零士の息の根を止めようと歩いてくる。

 ロゼがハッとして零士の元へと飛び込んできた。

 それに対して零士は笑いながらロゼを抱き締めて兵士を睨みつける。

「ロゼ。もう大丈夫だ」

 言った直後、兵士の表情が変化した。少しの違和感が全身を支配し始めたのを感じたのだろう。

 兵士が焦燥感に満ちた顔で零士に何か言った。

「なあ、テメエには言語が分かんねえだろうが教えてやる」

 対して零士は余裕の笑みを浮かべて言う。

「俺の血を入れ込んだんだ。要するに――お前の命は俺の手中にある」

 血液操作を使って傷口から血を流入させた。

 零士の血はO型のため、特に副作用は起こっていないようだが問題ない。

 血液を操作する能力を使えば今すぐにでも兵士を殺すことができる。

 血液を逆流させるでも良し。血の流れを止めるも良し。

 兵士の顔が青ざめていく。

 零士は勝利者の笑みを浮かべて行った。

「さあ、少しの間眠ってもらうぜ」

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