名付けのセカイ2
「__それではそろそろ本題に入らせていただきます。
ええと、このセカイのルール上、あなたの名前は案内人の僕が付けさせていただくことになっています。」
「……ふうん、私は決められないのね。
まあ、別に名前なんて何でも良いわ。」
「はい、それで僕考えたんですけど…“ノック”というのはどうでしょう?
……ほら、あなたが最初にあのドアを開けた時、ノックをしてたじゃないですか。
…どうですかね?」
小林は、自信ありげにそう言って、屈託のない笑みでこちらを見つめる。
全くそのままじゃないか。
その溢れ出る自信は一体どこから来るのだろうか。
「……いいわ。ノックね。」
「はい、ではノックさん!一応お聞きしますがここに住みますか?
それとも旅を続けますか?
……まあ、旅は危ないので女性の方はほぼここに住まれるんですけどね。」
「私は旅をします。」
迷わずにそう答えた。
何故だか、旅をしたら必ず、失われた私の記憶が戻ってくる。
そう、感じたのだ。
すると小林は一瞬驚いたような顔をして、
「……そうですか、わかりました。意思は固そうですね。」
と、困ったような顔で言った。
咎めるでも、悲しむわけでもなく、終始穏やかな目で私を見ていた。
強いて言うならば尊敬の目だろうか。
よくわからないけど、そんな感じだった。
「それでは、説明は以上となります。
僕は次の仕事があるのでここで失礼します。
すぐ旅に出るかもう少しここにいるかは自由なのでお好きになさってください。」
小林は最後に、自らの手で私の手をふんわりと包んだ。
「____どうか、お気を付けて。」
熱くもなく、冷たくもなく、ほわぁっと温かくて、思わず顔がほころんでしまいそうな心地よい温度だった。
「ありがとう、ございました…。
私は…今日中にここを出ようと思います。
小林さんも、お元気で……!」
彼はかぶっている帽子を一度とって、ぺこりと軽く礼をしてから歩いて行った。
その背中はどんどんと遠ざかっていって、やがて見えなくなった。
私は一度、大きく深呼吸をした。
…さあ、早く行かなきゃ。
私の中にぽっかり空いた"穴"を埋めに。
見上げると、頭の上には青い青い空が広がっていた。
そんな空を見ていたら、空っぽの私の体はその青に吸い込まれていきそうだった。
……はぁ、なんかお腹すいてきちゃった。
さっきから、控えめではあるが私のお腹はぐうぐうと鳴っていた。
とりあえず、何かを食べてから出発することにしよう。
そう決めて、私は市街へと向かった。
さっき小林が、"旅人に無料で食べ物を提供してくれる店がこの近くにある"と言っていたのを思い出した。
場所を聞くのは忘れてしまったが、辺りを歩いている人に聞けばわかるだろうと考え、私はちょうど前を通りかかった女性に声をかけた。
「___あの…すいません。
このあたりに旅人が無料で利用できる飲食店があると聞いたのですが………」
その女性は、長い髪を後ろで無造作にまとめ、わりとふくよかな体つきをしていて、片手に買い物袋を下げていた。
年齢は40代くらいで、まさに"主婦"といった出で立ちだった。
女性は私を見て、驚きを隠すように笑った。
やはり小林の言うとおり女性の旅人はめったにいないからだろうか。
「…!
ぁ、あらぁ…!
あなた、旅人なの…?
珍しいわね、こんな小さくて可愛い女の子が旅に出るなんて!
……それだったら、うちに来ると良いわ!
今帰ってお昼作るところだったのよ!
うちで良かったらごちそうするわよ?
もちろんお金は取らないわ!」
女性は嬉しそうにそう言った。
「…でも、私迷惑になりませんか?
いきなり、お邪魔してしまって…。」
「全然大丈夫よぉ。
ご飯は大勢で食べる方が絶対美味しいもの!
それに今ちょうど、あなたと同じようにこれから出発するって旅人さんも来てるのよ。」
そして彼女はにっこりと笑って、さっ行きましょっと言って私の手を引いた。