第5話 元勇者と帝国第1皇子 茶番
翌日の昼。アルスさんは皇帝シオン・ラクス・バオルに勇者と大臣、近衛兵が集まる謁見の間で予定通り話をしようとしていた。
「つまりアルスよ。お前は帝国が世界を統一するという偉業を止めろというのだな?」
「はい。召喚に成功した勇者様方の力が強大と言えども世界を相手にできるとは思えません。特に勇者様方は戦いのない世界から来たという話です、人を殺すことで壊れることがないとは言い切れません」
「そこは信頼することが大事であろう。のう勇吾よ」
皇帝は勇者の中で最も強力な戦闘スキル『戦闘系能力限界突破』を持つ神崎勇吾に声をかける。無駄にイケメンで女子に人気のある彼はここでもリーダーとして扱われているのだった。
「ああ。俺たちがこの世界を正しく導くべきだ。これが力ある者の使命ってことだな」
「だそうだぞアルス。お前の心配は杞憂だ」
「本当にそうお考えなのですか………」
「くどい!バオル帝国は勇者と協力して世界を統一する。これは決定事項である!」
「あはははっ」
「誰だ笑ったのは!」
ついに声を荒げる皇帝と自分の力に酔っている神崎たちを見て思わず笑いがこぼれてしまった。それを聞き笑った人間を探そうとしたので進んでアルスの隣にまで歩いていく。
「お前は昨日見つかった勇者だな。なにがおかしい?」
「おかしいですよ。世界統一なんて分不相応の夢を見る愚王と自分の力に何の代償もないと信じてる馬鹿な人間。これを笑わなくて何を笑うんですか?」
「貴様!陛下と勇者様方にその言いよう、不敬であるぞ!」
「分かってやってますから。まあ世界統一を目指すっていうなら勇者の1人くらい簡単に倒してくれますよね」
「へえ、本気かい雪白?この俺にお前ごときが勝てると思ってるのか?」
「何を言ってるのさ。僕はここにいる全員と戦うって言ってるんだよ」
「なんだと!?」
僕の挑発に簡単に乗る神崎たち。僕は右手に愛用の剣を取り出しそれを皇帝に向けて構える。すると近衛兵が僕を取り囲みアルスも僕から離れる。そして皇帝が一言
「そいつに現実を教えてやれ」
その言葉を合図に近衛兵がいっせいに襲い掛かってくるのだがあらかじめ準備していた捕縛魔法を使いあっさりと捕縛することに成功してしまった。まさかこの程度の魔法でどうにかできるとは思っていなかったので拍子抜けする。そして再び皇帝に向き合おうとしたところで体が動かないことに気が付く。
「大口を叩いていたみたいだけど所詮この程度ね。あなたこそ身の程をわきまえなさい」
「なるほど、これが天海香織のスキル『絶対停止』か。なかなか強力だね」
「うるさいわね。それに私の名前をあなたごときが呼ばないで。心臓を止めるわよ」
「それは困った。ところで天海、君はスキルが絶対的なものだと考えているのかな?」
「………何が言いたいの?」
「君の『絶対停止』は君が認識できるのならばどんなものでも止めることができる。でも認識できなければ止められるはずはないよね」
「だから何を、あ!?」
「精神魔法。悪いとは全然思ってないけど一応謝っておこう。これから僕が戦いを終えるまでの間君にはずっと悪夢を見てもらうけどごめんね」
適当に会話をしながら精神魔法を発動するまでの時間を稼いだ僕は手加減することなく全力で天海に魔法をかけた。これで魔法に対する耐性が高かろうが僕が辞めない限り魔法が解けることはないだろう。
そう考えていると神崎の剣、神楽坂の槍、御坂の斧が僕を囲むようにして襲ってきたのだがそれを結界魔法で防ぎ、カウンターで石化魔法を当て頭以外は石化させる。
「な、なんだこれは!?」
「体が、俺の体があ!?」
「………」
他に敵意を向けてくる人がいないか見回すとかなりの人が僕を化け物でも見るかのような目で見ていることに気付くが無視する。そして他に襲い掛かってくる人もいないようなので再び皇帝に向き合う。
「これがあなたの世界統一の結果です」
「な、なんなのだお前は!?」
「ただの勇者ですよ。それで、今日がバオル帝国最後の日ということでいいですね。正直この国のせいで僕は異世界に呼ばれたわけですからそれくらいはしても許されると思うんですよ」
「そ、そんなことが許されるわけ!?」
何か言おうとした皇帝に土魔法でつくった土の弾丸を軽く腹に当て悶絶させる。
「ではそういうことでみなさん」
「待ってください!」
打ち合わせ通りにアルスさんが僕を止めようとする。
「なんですか?」
「父の行いは決して許されるものではありません。しかしこの帝国の民はどうか許していただけないでしょうか」
「とはいえ、この国を残しておけばまた馬鹿な考えを持つのが出てくると思うんだけど?」
「そんなことはさせません。この命を懸けて止めてみせます!」
「ふうん。じゃあチャンスを上げようか」
「………チャンスですか?」
「そう。君、確かアルスだっけ?君が今日から皇帝になるんだ。そして何か僕にとって不愉快なことが起こればこの国を消す。ああそうだ。僕はこれから世界中を旅しようと思っているから幾らか適当に宝物庫にあるモノをもらっていくけどいいよね」
「そんなことが許されるはずないだろう!?」
禿げのおやじ(確か財務大臣だった)が声を上げるがそれをにらんでやめさせる。そして誰も物音1つ立てなくなってしばらくしてアルスさんが口を開いた。
「わかりました。アルス・クラスタ・バオルがこれよりバオル帝国二十代皇帝として即位します。父上もいいですね?」
「あ、ああ………」
「それじゃあ僕はもらうものを選びに宝物庫に行かせてもらうよ」
「………はい」
無事に打ち合わせ通りアルスさんを皇帝にし、僕は宝物庫にある『闇の黒玉』を手に入れることができる。とはいえ今回の茶番のことを蓮たちには教えておらず、ただ僕を信じて何もしないでくれと言ったので後々ひどい目に合うことになるかもしれないと恐れながら宝物庫へ向かうのだった。
神崎勇吾
性別 男性
年齢 16歳
スキル 『戦闘系能力限界突破』(戦闘に関することなら鍛えれば鍛えるほど上限なく強くなることができる。やがては星を斬ることも空間を砕くこともできると言われているがまだ鍛え始めたばかりなのであっさりと透に敗北した)
備考 ナルシスト
天海香織
性別 女性
年齢 17歳
スキル 『絶対停止』(認識できるものすべてを止めることができる。彼女が透の思考を停止していれば勝っていた。精神魔法により自分が惚れたイケメン全てに手ひどく振られる悪夢を見る)
備考 お嬢様
神楽坂春記
性別 男性
年齢 17歳
スキル 『槍術補正』(槍に関する才能の付与)
備考 神崎の取り巻き
御坂幸次郎
性別 男性
年齢 16歳
スキル 『斧の天才』(伐採からまき割りまでお任せください。実は戦闘系スキルではなかった)
備考 天海の下僕