第7話 そして魔女が登場する
ジュニアはいつものように自分の身体ほどもある背嚢を背負って歩いている。
フードは被らず、大きなカボチャのような帽子をかぶり、大き過ぎるマントの裾の後ろを地面に少し引きずっている。
殿様はジュニアが好きなペースで歩けるよう、少し後ろを向きながらゆっくり歩いている。
「薬草に詳しいんでしょ」
「それは領内で並ぶ者はいません」
「天気予報も」
「降る雨粒の数が分かるとまで言ってます」
「イモリの黒焼きと蜘蛛を煮詰めた薬でホントの事を白状させたり」
「薬を使って秘密を無理やり暴くってのはちょっと」
「箒に乗って空を飛ぶ?」
「それは流石におとぎ話です」
「ボクが来るのを言い当てた人なんでしょ。都でも聞いた事があるの。この地方には大変な千里眼の人がいるって」
「今回は名前が浮かんだそうです。貴方はあの有名なお父さまと同じ名前だから、私たちはてっきりお父さまがおいでになると思ってしまったのです。あの山越えの日の前日ごろ、貴方の方だと気付いたと知らせてきて」
ジュニアは驚いて目を丸くした。
「間違えちゃったの?」
「案外よく間違えますよ。実にあっけらかんとね。ああいうものはデリケートな作業みたいですから。それに」
殿様の髪の毛の下で片耳がもくりと動いた。
「時々ワザと間違えたんじゃないかと思う事もあります」
ジュニアは眉間にしわを寄せて考え込んでから、やっと言った。
「ごめんね。みんな、お父さんを一目でも見たがるんだ。ボクが来たんじゃガッカリしたでしょ」
◇◇◇
「それがそうでもないですじゃ」
おババは声が雷のように大きかった。
「伝説の英雄さまがこったら所にわざわざお出ましとは、何たら大事が起きるだか、オラたち一同青くなりましただ」
訪ねた2人を両手を広げて出迎えたおババは、小さな旅人を抱きしめて頬ずりし、ジュニアを少なからず困惑させた。
「息子さまはご存知か知りませぬが、伝説の英雄さまと言えば、平和になった今でも帝都で皇帝陛下のお側に常にあって、各地で悪さする輩がいれば飛んで来てぶちのめす、と有名ですだ」
殿様はこれまで訪ねた家と同じように、家の主であるおババに聞く事もなく盥に水を汲んでジュニアに渡す。
手足を洗えという意味だった。
「天下にその名が鳴り響く伝説の英雄さまが、この地にご到来なさるとすれば、取りも直さずこの地に英雄さまが出張らねばならぬ程の変事が起こると思わねばなりましねぇだ。ハァ、どったら恐ろしい事が起きるだか。ババも流石に今度は生き延びられねぇと恐れおののきましただよ」
おババは胸の前で両手を組み合わせ、涙ぐんで天井を仰いで見せた。
「とはいえ、冥土の土産に英雄さまのお姿を一目拝むのも悪くはありましねぇだが、こねぇにお可愛らしいお客人をお迎え出来る喜びはそれにも勝りますだ。ようもお出で下されただ」
そしてまたジュニアを抱きしめる。
「おババさま、お客人はこの数日、私が連れまわしてしまいましたから大変お疲れです」
「分かっとりますだ。お客が来ると判った時からこの辺りの長と付くものが周り順でおもてなしする手筈になっとりましたのに」
と、おババは殿様を一喝すると、ジュニアに向き直って今度は優しく言った。
「いくらお子と言っても、貴方さまは伝説の英雄さまのお子で皇帝陛下のお側近くに居られるお方ですだ。間違っても失礼があってはならねぇと、それぞれ支度してお迎えの準備を整えてお待ちして居りましたのに。オラたちのご領主さまが浮浪者とおんなじなのは性分だで仕方ねぇけんど、貴方さままで、日が暮れたら野良猫みてぇにそこいらに適当に寝るこのお人に義理立てなさる事はねぇですだに。この小せぇ冒険者さまは大したお方だぁ。流石は伝説の英雄さまの息子さまだで」
「良かった……」
ジュニアはこの地に来て以来抱き続けたある疑念に対して漸く一つの結論を口にした。
「やっぱりみんな、この人の生活が変なのは認識してたんだね」
殿様を見ると脚を組んで椅子に腰掛け、おババの淹れたお茶を澄まして飲んでいる。
野宿なんて野蛮な事は考えた事もないような顔だった。
昨日は家族がPCを使っていたので、また更新が遅れました。
各エピを携帯で一気に書いてからPCに転送し、大画面のワードである程度直してからこのサイトにコピペしてもう一度添削してます。
文頭の字下げがちゃんと出来てるのか、どうも心細い。
次回のサブタイトルは今のところ「真実のシル」ですが、これもまだ迷ってます。