第4話 観光ガイドをGET
少年は話を変えた。
「ボク、十六になったら正式に皇帝陛下にお仕えする事になってるの。そしたら出かける先はいつも陛下が望む所になるでしょ。その前に自由な旅がしたかったの。ここに来るのはボクが決めたのだけど、皇帝陛下はとても喜んで下さったの」
「旅がお好きなのですね」
「好きだけど、それだけじゃないの。ボクは植物や動物の知識が他の人よりちょっと多い。地面の下に何が埋まってるかも割と分かる。だから世界中を見てまわってそういう知識を体系化した方がいいんだと思う」
少年はきちんと膝を揃えて座り、帽子に集めた草を難しい顔で噛んでいる。
「例えばこの草はもっとずっと南の方にあるのにそっくりだよ。最初見た時はびっくりしちゃった。実はこっちの方が甘い、けど渋い。葉っぱの形がちょっと違う気がするけど、やっぱり似てると思う。生えてる所が違うだけで同じものなのかもしれないの。帰ったら確かめてみるの」
少年は殿様を見上げて微笑んだ。
「ボクと皇帝陛下は都の宮殿に温室を作ったんだよ。まだ少ないけど、いろんなところの植物を育ててるの」
「その草はここでは特に名前もありませんが、この季節の子供の良いおやつです」
「南の方のは猛毒で誰も食べられないの」
「なぜ味を知ってるんですか」
殿様の顔色は分かりにくい。髭と言うには柔らかく産毛と言うには濃すぎる白い毛が顔全体を覆っているからだ。
それは辺境侯の血筋の特徴のひとつだった。
「何を食べてもお腹を壊した事がないの」
薬缶からお茶の匂いが立ち昇ってきた。少年が帝都から運んできたお茶だった。
「ボクは皇帝陛下の代わりに世界中を旅をするの。陛下とそう約束したの。誰も見た事のないものを見て、誰も触れた事のないものに触って、誰も知らなかった事を知るの。そしてそれを全部、皇帝陛下にお知らせするの」
◇◇◇
――子供の頃、友達と2人で家出したことがある。
――世界の果てまで自由に旅をしよう。
――誰も見た事のないものを見、誰も手にした事のないものを掴み、誰も知らなかった事を知ろう。
――だが旅はたった7日で終わった。
◇◇◇
「つまり貴方が見た事聞いた事は担当大臣ではなく、皇帝陛下に直接伝わるという事ですか」
殿様は額に手を当てて少し考えてから、顔を上げて言った。
「私がこの地をご案内するのをお望みでしょうか」
「陛下から、貴方はお忙しい筈だから、くれぐれもご迷惑をかけてはダメって言われてるの。でもとってもとっても見たいものはあるの」
そう言ってから少年は殿様をまっすぐ見て付け加えた。
「それが見たくてボクはここに来たの」
「私はこの地を陛下よりお預かりする者。陛下が望まれるならこの地の全てをお見せするのが私の務め」
殿様はこう言うと急に顔を背けて付け加えた。
「それに勝る責務はありません」