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第2話 ドラゴンは寝ている

 

 長い戦乱が終わり何度目かの春が来た。


 人々は初め、平和が訪れたのをまだ信じられず、おっかなびっくり往来し、次に今までを取り返すようにせわしなく行き来した。


 身の危険を感じることなく、望む所に旅が出来るのは素晴らしい。


 しかし帝都を遠く離れた辺境の地には、自然の脅威が立ちはだかる。


 たとえ平和が訪れたとはいえ、他の地方との自由な行き来は春を待たねばならなかった。


 まだ雪の塊があちこちに残る峠の、一歩誤れば崖下に転落するつづら折れの難所で、旅の商人や旅行者のキャラバンは、この地方で最初の出迎えを受けた。


 普通ならしがみつくのが精一杯の、足場にしかならない狭い岩棚に、片膝を立てて腰掛け、下げたもう片足を揺らしている者がいる。


 一行が近づくと道に下りてきて、向うから寄って来た。


 先頭を歩くキャラバンの隊長は、ラバの手綱を握ったまま、片手を胸に当てて挨拶した。


 「直々のお迎えをありがとうございます、お殿さま」


 『殿様』は同じく胸に手を当て挨拶を返し、太陽の光が眩しいとでも言うように目を細めながら答えた。


 「今回はVIPもいると『おババ』が言ってましたから」


 「流石、千里眼は健在ですな」 


 「それが最初は、帝都を解放した『伝説の英雄』ご本人が来ると予見してしまったものだから、息子さんの方と気付いて機嫌が悪くなってますよ」


 「先にそれだけ見通せたら十分だと思いますが」


 「で、どちらにおいでですか」


 「後方です。だいぶ苦しそうです」


 『殿様』は隊長が示す方を見てから、崖下に這い下りた。


 のではなく、キャラバンに道を譲り、自分はその足元の、足掛かりもなさそうな崖を伝い、キャラバンの後方で這い上がる。


 狭い山道の岩壁に手足の生えた巨大な背嚢がへばりついている。


 のではなく、小さ過ぎる旅人が、身体に釣り合わない大きな背嚢を背負っていた。


 最後尾の旅人は岩壁に両手でしがみつき一歩一歩確かめながら歩いているので遅れていた。


 『殿様』は相手を脅かさないよう少し距離を取りながら話しかけた。


 「道が悪くて恐縮です。もう少し行くと広くなるので、あと少しの辛抱です。そしたらひと休みしましょう。荷物を私に」


 遅れている旅人の身体は小さかった。


 そして頭はデカかった。


 細くて短い両腕を一杯に伸ばして岩壁につかまり、やはり短い足を少しずつ動かしている。


 メガネは曇り、顔は汗だらけで真っ赤だった。


 「ごめんよ。ボク、足が遅くて」


 「いいえ、上手ですよ」


 『殿様』は両手を軽く拡げて旅人のすぐ後ろを歩いていたが、急に目を見開いた。遠くで鳥が一声鳴くと、先行する人々も気付いて止まった。


 「お客人、止まって。身体を低くして」


 この山にたまに吹く突風『ドラゴンの寝息』だ。


 とは言えそれほど強い風ではないので皆、立ち止まり目を閉じてやり過ごす。


 だが『殿様』の前にいた小さい旅人は体重が軽過ぎた。


 (ふわり)


 岩壁につかまったまま両足が持ち上がり、見えない誰かに引っ張られたように手が離れた。


 そのまま崖から落ちるかに見えたが、『殿様』は道から跳んで小さい旅人の足を掴む。


 一旦、斜面で踏みとどまり態勢を整えてから、旅人を小脇に抱えて、足場とも言えない足場を伝って、時に飛び移り、時に滑り、一気に山を下りていく。


 キャラバンがラバを連れながら1時間はかかろうかという険しい山道を10分かそこらで下ってしまった。


 「怪我はないですか」


 『殿様』は小さい旅人を下ろし、上から見下ろしているキャラバンの人々に手を振った。


 息が切れている様子はあまりなかった。


 「都からのお客人とお見受けします。遠路はるばる、よくおいで下さいました。私は皇帝陛下よりこの地をお預かりしている者です」


 「あ、あ、辺境獰猛候」


 「獰猛と呼ばれたのは父です。私は『闇夜の爪』の息子です」


◇◇◇


 戦乱を戦い、この辺境の地方の荒廃を防いで生き抜いた辺境獰猛候・通称『闇夜の爪』はもう居ない。


 政変勃発以来、封鎖されていた帝都が5年ぶりに解放されたとの報せに、長らく帝都に閉じ込められていた妻子と再会するため、帝都に向かう途中、渡河に失敗した。


 一旦は岸に這い上がったが、風邪を引いてあっさり急死する。


 後を継いだのは当時十三歳の次男。


 帝都生まれの帝都育ち。病弱と知られ、帝都にいた頃は館からほとんど出る事がなかった。


 少年はそのひ弱さを危ぶまれながら、父親が死んで初めて父祖の地に向かう。


 以来3年、帝都に戻っていなかった。


◇◇◇


 小さい旅人はメガネを拭いてかけ直し、下りてきた崖の高さと、自分を担いで下りた『殿様』を改めて見上げた。


 そして漸く言った。


 「あー、面白かった」




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