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"昨日振り"に出た家の外は、僕が知ってる景観とは違った。
川を挟んで山側にポツリと建っている一軒家のはずが、僕の家からある程度の距離をおいて数軒の家が立ち並んでいる。
「……橋」
「ん?あぁ。去年完成したんだ」
家の前の川に架けられた橋は老朽化していて、僕が覚えているのは新しい橋がまだ着工したての姿だ。
それが今じゃ、立派な造りの橋が出来上がっている。
「変な気分…」
「そりゃそうだろ。お前が覚えてるのは古い橋の頃だ。例えるなら浦島太郎ってとこか?」
「…………」
「冗談だよ。そんな怒んなって」
"買い出しに付き合え"
そう言った彼に連れられて出た外は少し姿を変えていて正直戸惑った。
でも僕が突き付けられた事柄を現実だと知らしめるには十分すぎるもので、嫌でも僕は自覚しなければならなかった。
浩祐さんは多分それを分かっていてわざと連れ出したんだろう。
見慣れない町の雰囲気におどおどする僕を見てニヤリと笑った。
……この人は優しくない。イジワルだ。
「お前が一番聞きたいことから教える。何がいい?」
「…………ばーちゃんは…?」
スーパーに向かってる最中。
突然切り出した浩祐さんに少し戸惑いながらも僕はもう一人の家族の事を口にした。
だって両親の事は書いてるのに、ばーちゃんの事は何にも日記に書いていなかったんだ。
ばーちゃん子だった僕にしたら、それは絶対におかしい。
僕は少し先を歩く浩祐さんの隣に並び、歩幅を合わせて黙り込む彼の様子を伺った。
「…亡くなった。二年前に体調を崩して…、それから入退院を繰り返してたけど一年も保たなかった」
「っ!……そう…なんだ…」
「最後の最後までお前の事を気に掛けてた。"穏やかな人生を送って欲しい"ってな」
「僕……一人になっちゃったんだね。家族はもう誰もいない…」
姿が見えない時点で察してはいたけど、それでもはっきり言葉にされるとやっぱりきつい。
川のせせらぎに反射してキラキラ光る水面や紅葉した山の木々が色鮮やかに染まってるのに、今の僕の目には鮮明さを失った色にしか映らなかった。
今歩いてるこの道の先には暗闇しかないんじゃないのかとさえ本気で思えるくらいショックで、いつしか僕は歩みを止めていた。
僕はなぜ一人だけ生きてるんだろう。
父さん達と一緒に死ぬべきだったんだ。
そんな考えしか浮かばずどんどん目の前が暗くなる僕を振り返り、浩祐さんは力強く声を張る。
「────俺がいる!」
「え……」
「お前は一人じゃない、俺がいるだろ?」
「浩祐さん…………。っていうか、だからあんた誰?」
自信に満ちた浩祐さんの声に純粋な問いかけをすると、彼は一瞬忘れていたかのようにキョトンと目を丸くしてからニッと口端を上げて笑った。